¥3 STYLISHな男のSTYLISHなMOVE

 コップを片手に振り返る。


「すいません、お水をいただきたいのですが」


 突然話しかけられた店員(サボっていた人です)は一瞬驚いた顔を浮かべると、不機嫌そうに壁に貼られた注意書きを指さした。


 「うち、水のおかわりはセルフです」


 まさに無愛想。

 しかし、これは予想通りの反応でした。

 そして、面倒くさそうに奥へと消えていく。

 これも予想通り過ぎて、なんともはや……


 ええ、ですが私にとって最も厄介なのは実は彼でした。


 暇を持て余した人間とは時に予想外の行動をします。

 それならば表舞台から去って頂くこれにこしたことはないのです。

 さて、この無駄にも思える重要なやりとりに割いた時間は40秒。

 しっかりと働く女性店員2名は忙しなく厨房とホールを行き来するが配置に変更はなし。

 しかし、先ほど雑誌を2冊手にしていた男性客は雑誌はまだ途中だというのに、他者をまるで顧みない不機嫌そうな舌打ちと共に立ち上がる。


 「ち、今週も一歩休みかよ。この作者休載しすぎだっての……」


 愚かしい……

 この男は、この崇高なる味を追求したラーメン屋に漫画を読みに来たというのでしょうか?

 ここは漫画喫茶でもネカフェでもないのですよ?

 この魅惑的な香り漂う空間にありながら、何も感じる事も無くただ休載しがちな漫画に文句を付ける以外に抱く感情はないというのでしょうか嘆かわしい。

 雑誌を片手に、目線も上げず、打放しコンクリートの床をぶらぶらと歩くその姿、実に不快です。

 この一杯のラーメンが生み出す情熱を知ろうともしない輩に腹立たしさを覚えキツいお灸を据えてあげたいところですが……

 ここが路地裏でなかった事を感謝しなさい。


 と、まあ些か私らしくも無く怒りを滲ませてしまいましたが……

 私から見てどんなに愚かしくともそれもまた人の有り様なのでしょう。

 兎にも角にも今重要なのはこの望まぬ来客をどういなすか、その一点に尽きると言うことです。

 カウンターとテーブルの幅は97.7cm。

 詳細を語るならカウンターの座席とテーブルまでの幅は最深部で51.3cm。

 そこを通る男性は身長174.2cm、肩幅は39.2cm。

 日本人の身長における肩幅平均値より0.8cmほど狭め。

 すなわち、人にも物にも当たらぬ安全MARGINは12.1cmしかありません。

 大仰な避け方も下手な足踏みも悪目立ちする。

 すなわち、この狭い空間をいかに目立たずに通り抜けるのか……

 ふふ、もし今の私を見ている誰かがここに居たのなら、あるいはそれを神と呼ぶのかも知れませんが、私が置かれている今の危機的状況を喜々として見ていることでしょう。

 まさに、


 THE END


 と。

 ふふ……

 おっと失礼。笑いが込み上げてしまいました。

 いえいえ、馬鹿にしたわけではございません。

 そう思うのも致し方ないこの状況。

 しかし――


 No problem


 この事態とて、私の想定の範囲内。

 そう、この戦場と化した『ラーメン屋 大王』で起きる全ての事象は、決して私の手のひらの中から逃れることは出来無いのです!

 知りなさい……そして畏怖するのです!

 これがかつて、琉球王国を侵略した外来勢力に恐怖の記憶を植え付けた王家秘伝の奥義、


 御殿手うどんでいです!!


 

 ※

 御殿手うどんでいとは、かつて琉球王国の王家長男にのみ伝承を許された歩法であるらしい!

 たかが歩法術、されど歩法術!!

 正中線のぶれないその歩みは、距離感を命とする戦闘において幻惑にも等しい動きを生み出すとかなんとかこんとか。

 琉球王国が数多の外敵から侵略を受けた際、その脅威の歩みに壊滅的悲劇を受けたとかどうとか!!

 Wikipediaにも記載されてないので、詳しく知りたい方はそれらしい書物を自力・・で集めていただきたい!!



 目線も合わせず傲慢に通り過ぎようとする男。

 今にも互いが正面衝突しようとしたその瞬間!


 ……

 …………

 ………………


 いや、すいません。いささか大仰に煽りすぎましたね。

 何も起きてはいないのです。

 ええ、何も。

 何故なら、何事も無く私は彼をすり抜けたのです。

 ええ、例えるならそうですね――

 『J〇J〇の奇妙な冒険』の第二部、『柱の男』が『ナ〇ス軍人のマルク』を触れながら通り過ぎたシーン、とでも言えば良いでしょうか?

 ま、私は彼の肉を食べるような真似はしてませんがね。

 とにも、そういうことです。

 この狭い空間、誰に気が付かれることも無く、気配を悟らせることも無く、そう、当事者であるこの『雑誌の男』すら今起きた事態に気が付くことも無く私は通り過ぎた。

 ふふ……

 地味ですが、これが私が体得した究極の歩法術なのです。


 出口はレジ横。


 しかし、手慣れないLADYたちは私が無造作に出口に……

 そうでした最後の関門がここにはあるのです。


 ですが、ここはOLDBIRDかんこどりのざわめく店でないのです。

 すなわち、最難関は最難関たり得ないということです。


 ガランガラン――


 少々無粋な音色を奏で開く扉。

 そう、私にとって最難関とも言えたのがこのドアベルです。

 ですが先ほども語りましたが、ここはOLDBIRDかんこどりとは無縁の店。

 そう、他の入店客が奏しDOORBELLは私にとっての福音。

 喧噪に疲れた店員、今か今かとSHEETを待ちわびる客がDOORへと振り返ることは無い。


「いらっしゃいませー」


 振り返らずとも分かります。

 今声を上げたLADYは、こちらに目を向けることも無くMANUAL的に挨拶をしただけ。


 その接客、NOT ELEGANTです。

 ノットではありますが、今はNICE COMMUNICATION SKILLと褒め称えさせていただきます。


 入店客をELEGANTにTHROUGHしすりぬけて私は退店出来たのですから。


 ラーメン屋 大王――

奇をてらわない凡庸な店名ながら、その味はまさに至高と言える一品でした。

 ごちそうさまでした。


 ※MISSION COMPLETE 

 KUINGE 達成率100%

 本日のMONEY HUNT ¥920(税別)

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