毒入り素材を食べてみたらVRMMOの味覚データが進化した件

 エルドラの広場に立つ小さな屋台で、ミカは今日も冒険者たちに料理を振る舞っていた。

「はい、ドラゴンステーキ。焼き加減はミディアムで、特製ソースもかけておいたわ」

 ミカは自信たっぷりに皿を差し出す。


「すげぇ……肉汁のジューシーさがリアルすぎる!」

「これ本当にゲームなの!?なんでこんな味がわかるんだ!」


 冒険者たちが目を輝かせて食べるのを見て、ミカは満足げに頷いた。


「それが私の仕事だからね。このゲームの味覚データをいじるのは、実世界の料理より手間がかかるのよ」


「ミカさん、次はもっと甘い系の料理お願いしてもいいですか?疲れてると甘いものが欲しくなるんだ」

「甘いものね……よし、蜂蜜パンケーキを作るわ。でも、少し時間をちょうだい」



 その日の夕方、ギルド「セントリア」のリーダー、ロイドが屋台にやってきた。


「ミカ、また来たぞ。今日も例のスープ頼むよ」

「例のスープ?また体力強化のやつ?ロイド、さすがに飲みすぎよ」

「今回はちょっと違うんだ」


 ロイドが椅子に腰掛けながら、真剣な顔で続ける。


「実は『幻の味覚素材』を探すクエストを受けたんだ。でも、料理人の力がないと進まない場所がある」


「料理人の力……それって食材を見極める能力のこと?」

「それだけじゃない。このクエスト、食べなきゃわからない謎が出てくるらしいんだ」


 ミカはその話を聞いて、興味をそそられた。


「面白そうね。素材を食べて味覚データを収集するなんて、私の専門じゃない」

「だろ?だから頼むよ、一緒に来てくれ」


「ふむ……」ミカは腕を組み、少し考えた後、笑顔で答えた。

「いいわ。手伝ってあげる。でも、私の作った料理もちゃんと食べてもらうからね!」



「ここが霧の湿地帯か……思った以上に不気味ね」

 ミカは足元を見ながら呟いた。湿地帯の水面には薄い霧が漂い、奇妙な植物がところどころに生えている。


 ロイドが前を歩きながら振り返る。

「最初の素材は、この辺りにいる『湿地草モンスター』だ。こいつを倒してドロップアイテムを手に入れるんだが……」


「でも、そのドロップを試食するのは私の役目なのよね?」


「そうだ。頼んだぞ」


 しばらく歩くと、草のようなモンスターが現れた。ロイドたちが手早く撃退し、ミカにアイテムを渡す。


「これが『湿地草の実』……見た目は普通の種みたいね」

 ミカはそれを手に取り、試食する前に慎重に観察した。


「食べるのか?なんか、見てるだけでまずそうだけど」

 ロイドが眉をひそめる。


「食べなきゃデータがわからないでしょ?それに、現実でこんなのも試したことあるわよ」

 そう言うと、ミカは湿地草の実を口に入れた。


「うっ……苦い!」


 ミカの顔が歪むと同時に、画面に「毒状態」の警告が表示される。

「やっぱり毒か……でも、これでデータは取れたわ」


「味覚データ『湿地草の渋み』を登録しました」


「すげぇな……苦いのに嬉しそうな顔してるじゃないか」

「これは職人としてのやりがいってやつよ。それにしても、あとで甘いものが欲しくなりそうね」


 湿地草の実の試食を終え、味覚データを登録したミカとロイドの一行は、ダンジョンの奥へと進んでいた。


「次の素材は、ここのボスモンスター『霧のキングトード』が持っているアイテムだ。攻撃範囲が広いから気をつけろよ」


「……それ、倒した後に私がまた食べるんでしょ?カエル系の味って、リアルでもちょっと苦手なのよね」

 ミカは苦笑しながら、霧の中にうごめく巨大なカエルの影を見つめた。


「安心しろ。お前が戦う必要はない。俺たちが片付ける」

 ロイドが胸を叩いて自信を見せると、ミカは小さく頷いた。


「じゃあ……おいしい素材が出るように祈っておくわ」


 キングトードは巨大な舌を使い、遠距離から冒険者を攻撃してきた。ロイドたちはその攻撃をかわしながら、順調にダメージを与えていく。


「行けるぞ!あと少しだ!」


 ロイドが叫んだ瞬間、キングトードが霧を吐き出し、視界を完全に遮った。


「くっ、霧のせいで攻撃が当たらない!」

「霧を晴らせる道具はないの?」

 ミカが尋ねると、ロイドが首を振った。


「そんな便利なもん、普通はない」


「普通は……ね」


 ミカは笑みを浮かべながらアイテムバッグを開いた。そして、湿地草の実を取り出し、小さな鍋に放り込む。

「まさかお前、その毒入り実を使うつもりか?」

 ロイドが驚いて尋ねるが、ミカは楽しそうに答えた。


「毒としてじゃなくて、成分を活かすのよ。この霧を中和するためにね」


 鍋で湿地草の実を煮込み、特製のスモークポーションを作り出したミカ。

 それを霧の中に投げ込むと、しばらくして霧が徐々に薄れていった。


「見た?料理はただのステータス強化だけじゃないのよ」


「すげぇ……」


 霧が晴れると同時に、ロイドたちがキングトードに最後の攻撃を叩き込み、見事撃破した。


 キングトードが落とした素材は、「ぬめりのある黄金の卵」という謎のアイテムだった。


「また嫌な感じの素材ね……でも、やるしかないか」


 ミカが黄金の卵を手に取り、ためらいながら口にする。


「うっ……生臭い!でも……後味は意外とクリーミー?」


 同時に、画面に新たなメッセージが表示される。


「味覚データ『黄金卵のコク』を登録しました」


「これでまた新しい料理が作れるわね」


 黄金卵を使った即席料理でパーティを回復させたミカは、次の素材を求めてダンジョンのさらに奥へ進むことを決める。


「本当にお前、ただの料理人か?なんか、冒険者以上に頼りになるんだけど」

 ロイドが呆れたように言うと、ミカは肩をすくめた。


「料理人はね、素材を見極めて活かすのが仕事。どんなピンチでも、材料さえあればどうにかなるのよ」


「……次の素材も頼むぞ。毒じゃないことを祈るけどな」

「さて、どうかしらね?」


 ミカの冒険はまだまだ続く――。


 ダンジョンの深部に近づくにつれ、空気が変わった。湿地の冷たい霧は薄れ、代わりにスパイシーな香りが漂い始める。


「次の素材はこの辺りにあるはずだ」

 ロイドが地図を確認しながら呟く。


「香りがすごいわね……これ、食べられるのかしら?」

 ミカは周囲の植物を見渡した。その中で、赤く輝く果実のようなものが目を引く。


「おそらく、あれが『燃える果実』だな」


「燃える果実?名前からして辛そうなんだけど……」

 ミカがため息をつきながら果実を手に取ると、ロイドが注意を促す。


「慎重に扱えよ。それ、燃えるだけじゃなく爆発するって話だ」


「爆発!?何それ……調理どころじゃないじゃない!」

 ミカは呆れた顔で果実を眺めた。


「まぁ、とりあえず爆発しないように気をつけて調理するわ」


 ミカは即席で作った小さな鍋を取り出し、燃える果実をスライスして水に浸した。


「なんかすごいな……そんなの現実でもやってたのか?」

 ロイドが興味津々に聞くと、ミカは笑みを浮かべた。


「現実で爆発する果実は扱ったことないけど、スパイスの調合なら慣れてるわ。辛味を引き出しつつ、食べられる形にするのがコツよ」


 鍋から立ち上る香りに、ロイドは思わず鼻を鳴らした。

「辛いの苦手なんだけどな……」


「食べるのは私だから安心して」


 完成した料理を一口食べたミカの顔が一瞬歪む。


「っ……辛い!これ、飲み物なしだと無理!」


 彼女は水筒を取り出して急いで口をすすぐ。しかし、その直後、画面にまた新たなメッセージが表示された。


「味覚データ『燃える辛味』を登録しました」


「これでまた一つ進化したわね」


「お前、本当にすげぇな……俺には無理だ」

 ロイドが感心している横で、ミカは鍋を片付けながらつぶやいた。


「料理ってね、ただの作業じゃないの。素材をどう活かすかを考えるのが面白いのよ」


 燃える果実を使った料理には、敵に対して特定のデバフ効果を与える力があることが判明した。


「つまり、これを敵に使えば、動きが鈍るってこと?」

 ロイドが確認すると、ミカは頷いた。


「ええ。辛味は刺激だから、目に入れば視界も狂うし、動きも遅くなるはずよ」


 次に進む道を遮るように現れた一団のモンスター。ミカは燃える果実を混ぜたスープをボトルに詰め、それを敵の中心に投げ込んだ。


 ボトルが割れると同時に、モンスターたちは体を震わせ、動きが鈍くなる。


「これが料理の力よ!」

 ミカが得意げに言うと、ロイドが笑いながら剣を構えた。


「お前の料理があるなら、俺たちの勝ちは確定だな!」



 ダンジョンの最深部には、「炎の花冠」を持つ巨大なボスモンスターが待ち構えていた。その花冠を料理に使うことで、味覚データの進化が完成するという。


 しかし、このボスは絶え間なく炎を撒き散らし、近づくことさえ困難だった。


「これ、どうやって素材を手に入れるの?」

 ミカが困惑する中、ロイドが提案する。


「お前の燃える果実スープを使えば、ボスの動きを止められるかもしれない」


「でも、そんなにうまくいくかしら……」


「やってみる価値はある」


 ミカは燃える果実スープを改良し、ボスの動きを妨害する「特製辛味スープ」を完成させた。それをボスの正面に投げつけると、モンスターが一瞬動きを止める。


「今よ、ロイド!」


 ロイドたちが一斉に攻撃を仕掛け、見事にボスを撃破する。


「炎の花冠」を使った料理を作ったミカは、味覚データがさらに進化したことを実感した。


「これでまた一歩前進ね。ありがとう、ロイド」


「お前がいなきゃ、絶対にこのダンジョンはクリアできなかった」


 ミカは笑いながら言った。


「これからももっと色んな素材を試して、誰も知らない味を作ってみせるわ。それが私の冒険よ!」


 彼女の挑戦は、まだまだ続く――。

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