第47話 目覚め


「リッツ、ありがとう。 ぼくは、、、 」


 モレッドが話そうとすると、リッツが口に指を当ててしーっと小声で呟く。


「モレッド、あのね。 私、夢を見たんだ 」


「夢? 夢って、、、 」


 リッツは眠るクルルを撫でながら、話を続ける。


「うん、それはね、こんな夢だったの 」



 リッツは先ほどまで見ていた夢の話を始める。

 その夢は身寄りのない小さな男の子と女の子が意地悪な大人によって離れ離れになってしまう悲しい話だった。

 始めは「どうして今、夢の話を? 」と思ったモレッドだったが、聞いているうちにモレッドが勇者の墓標で見た失われた記憶に酷似していることに気付く。


 そして、部屋の外で聞き耳をたてている教会の人間の存在にも気がつき、あくまでリッツが見た夢の話としての会話を続けることにする。


(記憶の中でのトリス神父の言い方だと、『箱庭とその管理者』についての情報はかなり厳重に管理するべきものみたいだな。 リッツはその辺も夢の中で聞いているのかもしれないけど、知らないことにしておく方がよさそうだ)


 2人はリッツの夢の話をし終わると、治療室を出て再びエレナが眠る部屋へと向かう。


 エレナを治療するシーサーと思い出話をしていたガウェンに教会の人間に見張られていたことを伝えると、ガウェンは自分の私室で眠るといいとモレッド達を連れて行った。



「ここなら監視の眼はないし、大声でも出さない限りは教会の人間にも聞かれないから、普通に話して大丈夫だぞ。 何か伝えたいことがあったのか? 」


 ガウェンがモレッドとリッツを交互に見ながら質問をすると、どう言おうかと迷っているモレッドの横でリッツがすぐに返事をする。


「ガウェンさん、リッツはモレッドが勇者パーティーに入った理由を夢で見て知りました。 たぶん知っちゃいけない『箱庭』って言葉も 」


 ガウェンは一瞬険しい表情をしたが、すぐに表情を緩め、リッツに諭すような口調で語りかける。


「そうか、夢に見たのか。 竜は夢の中で人に思いを伝えることがあると言うし、その白竜の子がリッツに何かを伝えたかったのかもな。 ただな、その夢の話は他のところではするなよ。 『箱庭』という言葉も絶対に言ってはいけない。 夢の内容を詳しく聞くつもりはないが、知っているというだけで命を狙われる内容だと思ってくれ 」


 リッツはブルッと身体を震わせながら、青い顔をして「はい 」と小さく返事をする。

 その様子を見たガウェンは怪訝な表情でリッツに問いかけた。


「まさかとは思うが、教会の人間に監視された状態でこの話はしていないよな? 」


 リッツは慌てて、治療室でのモレッドとの会話をガウェンに説明する。


「ふむ、まあまずい言葉は使っていなさそうだし、そこまで別物の話になっていれば大丈夫だろう 」


 ガウェンにそう言われ、2人はほっと胸を撫で下ろす。


「じゃあ、今夜はこのままここで寝ていてくれ。 明日、エレナが目を覚ましたら、今後の話をしなければならないからな。 しっかり身体を休めておけよ 」


 そう言ってガウェンはシーサーとエレナのところに戻っていき、部屋にはモレッドとリッツの2人が残された。


「モレッドは、エレナさんが目を覚ましたら勇者を追いかけるの? その、、、勇者と戦うの、、、? 」


 リッツは怯えを含んだ表情でモレッドへと問いかける。


「うーーーん、正直なところ、自分がどうしたいのかよくわからないんだ。 でも、サイオンを追いかけようとは思ってる。 元パーティーメンバーと戦いたくなんてないし、まずは会って話をしてみたいんだ 」


 モレッドがそう言うと、リッツの表情がぱあっと明るくなり、モレッドの両手をとってブンブンと上下に振り回す。


「そっか、そうだよね! まずは話してみないとね! 」

「よかった、記憶が戻ってもモレッドは優しいモレッドのままだね。 リッツはちょっと不安だったんだ。 記憶が戻ったことで、モレッドが別人みたいになっちゃったらどうしようって 」


 ほっとした表情のリッツにモレッドが微笑む。


「うん、たぶんほとんど変わってないと思う。 記憶を失くしてはいたけど、それで性格や考え方が変わったわけじゃなかったし、スキルや職業に目覚めた時だってぼくはぼくのままだったから 」


 リッツは「そうだね 」と言って微笑み、また嬉しそうな顔をする。


 その夜、2人はモレッドの記憶のことや、聖都までのことを話しながら眠りについた。



 そして、翌日、2人はガウェンのライオンの咆哮のような大声で飛び起きる。


「ガハハハッ! 起きろ、モレッド! リッツ! 」


 顔を洗いながらまだ眠そうにしている2人の肩をバンバン叩きながら、ガウェンはまたガハハと笑っている。


「ほらっ、しゃきっとしろ。 シーサーのやつが夜通し回復呪文をかけてたから、たぶん今日にもエレナが目を覚ます。 さっさと飯を食ってエレナのところに行くぞ! 」



 2人が支度を整え、エレナの部屋に行くと、げっそりとしたシーサーが椅子に腰掛けていた。


「やあ、モレッド、、 リッツ、、 おはよう、、、 」


「おはようございます、シーサーさん。 夜通しの治療、お疲れさまでした。 えっとエレナの様子はどうですか? 」


「ああ、呪いによって破壊されていた魔力回路もあらかた修復できたよ。 体力の方は少しずつ戻していくしかないが、そう時間はかからずに目覚めるんじゃないかな 」


 今にも床に崩れ落ちて眠りにつきそうなシーサーに労いの言葉をかけながら、モレッドは眠るエレナの顔を見る。

 シーサーの言うとおり順調に回復しているようで、昨日より顔色がよくなっている。


 モレッドが手を伸ばしたその時、エレナの眼がゆっくりと開く。

 その青い瞳はモレッドのことを呆然と見つめていた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る