第45話 始まりの日
赤と白の光が瞬き、次の瞬間、ダンジョン内に轟音が響く。
「モレッド! 」
「いかん、リッツ、オレの後ろに入れ! 」
ガウェンが飛び出そうとするリッツの前に立ち、長斧を構えて腰を落とした防御の姿勢をとる。
赤の白の光が再び瞬き、荒れ狂う魔力が広間を嵐のように駆け巡る。
その嵐の中心、拮抗する2つの魔力が2色に輝きながら押し合っている。
赤い光に包まれながら、モレッドは自身の過去を光の中に垣間見る。
遠い記憶の中、モレッドはラドームで出会った黒髪の少女ベティと向き合っている。
彼女は今よりも随分と幼く、年の頃は10歳を少し越えた程度に見える。
「え、モレッド、勇者側になったの!? トリスのやつ、あれだけ大丈夫って言っときながら、、、 」
少女はそう言うと、すっとモレッドの手をとり心配そうに見つめてくる。
「気をつけてね。 資料で見る限り今回の勇者ってろくでもないやつみたいだし、そもそもわたしたちが調停者にならなきゃいけなくなったのだって、勇者がいつまでたっても魔王と戦おうとしないせいなんだから 」
「『箱庭の管理者』がどんな無茶な条件を課してくるかわからないけど、魔王の方をなんとかして、早くモレッドを助けに行けるように頑張るからね 」
「絶対に姉弟2人で生き残るんだからね。 約束だよ、モレッド 」
(わかった。 ベティも気をつけて )
過去の自身がそう呟くのを見届けると、また、赤い光が瞬き場面が変わる。
「ふざけないで! 調停者にしておきながら、記憶と力を奪った状態でスタートさせるなんてどう考えてもおかしい! あんた達、モレッドを殺す気なの!? 」
ベティが激昂して銀髪でメガネをかけた軽薄そうな男に掴みかかっている。
少し見た目が違うが、この男はメキドで会ったトリス神父だろうか。
「ベティ、落ち着いてください。 さすがにこの条件はと私も反対したのですが、もう決まってしまったことなんです。 ここで怒りをぶちまけるより、この先どうするかを考えた方がよほど建設的な、、、 」
「はあ!? もう決まった!? それなら決め直せばいいでしょ!! 」
トリスが必死にベティをなだめるが、ベティの怒りは収まらない。
「ベティ、聞いてください。 あなた達は今後も勇者が魔王と戦おうとしない場合の保険として『箱庭』に行くのです。 なので、力が必要になるのは最悪の場合においてのみ。 加えて万に1つでもあの勇者に『箱庭』の真実が漏れるようなことがあってはいけない。 あなたの感情抑制も、モレッドの力と記憶の封印も箱庭の維持のためにどうしても必要な措置なんです 」
「はあ!? あなたまで頭がおかしくなったの!? 保険だからって力と記憶を奪う必要なんてどこにもないじゃない! そんなに情報が漏れるのが怖いんだったら、調停者なんてなくしちゃえばいいのよ! 」
その日、結局ベティの怒りは収まらず、トリスは「今からやれることがないかを探す」と言って、すごすごと帰っていった。
白と赤の光はぶつかり合いながら、その中心の2人へと収束していく。
2つの光は赤白が入り交じった球体となり、一際大きな瞬きが起きる。
そしてまた場面が移り変わる。
石造りの教会でトリスがベティとモレッドに向き合っている。
周りにはガウェンと何人かの修道服を着た女性が立っており、あれほど怒っていたベティからも表情が見て取れない。
「さて、いろいろと大変でしたが準備は整いました。 これからベティは魔王のところへ、モレッドは勇者のところへ行ってもらいます 」
トリスが口を開くと、修道女達がモレッドのところへ遊び人の服を持ってくる。
「モレッドには、後日、記憶と一部の力の封印を施した上で、無害な遊び人の少年として勇者パーティーに入り込んでもらいます。 勇者が魔王の城へと進撃する手助けをするのです。 まあ、手助けといっても、あなたの弱体化スキルはその場にいるだけで効果がありますから、後ろで遊び人ぽく振る舞っていればいいですよ 」
「トリス、指示が適当。 役に立たない指示はいらない、、、 」
ベティが小さな声で呟くとトリスが顔をしかめる。
「ベティ、あなたは感情を封印されていても口が悪いですね、、、」
「まあ、それはそうとモレッドへの指示の続きです。 今回、あなたに与えられた期間は5年間、その間に勇者を魔王の城に導き戦わせてください。 なお、勇者が逃亡したり、箱庭の住人を殺害する等の協定違反を犯した場合は、別途指示があります。 以上です 」
トリスの説明にベティがため息をつき、モレッドの手を強く握る。
「記憶を奪っておいて指示もクソもない。 トリスも管理者のやつらもバカ 」
「そこは、記憶の封印後に必要な指示と情報を渡しますよ。 ヒト族の王に天命だとか言わせておけばいいんです。 それと、上に掛け合いまして、魔王城への進撃を補佐しつつ、モレッドを守る仲間を配置するということにできました。 教会で育成中の聖女ですので、少し先になりますが 」
「間に合いもしない聖女などいらない。 私をモレッドと一緒に行かせればいい 」
「いやだから、あなたは魔王のところに、、、」
この日も散々押し問答をしたが、最後にはベティはモレッドから引き剥がされた。
(大丈夫だよ、ベティ。 きっと生きてまた会える )
別れ際、モレッドは潤むベティの瞳を見つめながら呟いた。
そして、モレッドは記憶と力を封印され、遊び人の少年としてヒト族の王都へと送られる。
王都の酒場で勇者が迎えに来るのを待つために。
ダンジョンの広間から赤と白の光と轟音が消え、あたりに静けさが戻る。
先ほどまで赤と白の魔力が渦巻いていた墓標の方へとリッツが駆け出す。
「モレッド! 大丈夫!? 」
墓標まで後少しのところで、リッツは立ち止まり、安堵の声を漏らす。
「モレッド、、、 よかった、無事で、、、 」
その視線の先、シーサーが折れた勇者の剣を見つめながら片ひざをついている。
その隣には、全身に赤い魔力を纏い、シーサーを静かに見下ろすモレッドの姿があった。
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