39 新しい装備

 ――出発は今日の昼。全員それまでに準備するように。


 ファニのそんな言葉を最後にブリーフィングが終わると、それぞれが闘いの準備をするために、野営地を奔走しだした。

 薬草やアイテムをありったけポーチに詰め込む人。愛用の剣を研ぎ直す人。魔法の攻撃力を増すため、杖を握って精神統一をしている人。

 兎にも角にも、野営地は一気に賑わいだした。


「俺が、盗賊の頭を……」


 そんな中で俺は、一人心臓をバクバクと大きく鳴らしながら、確かめるように呟いた。

 ファニに大物喰らいジャイアント・キリングを任された俺は、高揚と緊張がないまぜになっていた。

 任された。盗賊の頭の討伐。俺はそれを、どうやって達成するのかを考える必要があったのだ。

 

 何十という盗賊と、何百という魔物を操る、荒野の帝王と言っていい人物。

 そんな奴が、剣戟入り乱れる戦場キャラバンのど真ん中に現れるはずはない。

 いるとしてもはるか後方。ファニの言う通り、多数の人と魔物に守られて、鎮座しているはずだ。


 けれど、俺に大物喰らいを任命した後、ファニは言った。

 曰く、どこに隠れて居ようと、絶対にキャラバンの全容を見れるような、高所に潜んでいるはずだ、と。

 

 モンスターテイマーの特徴らしい。どんな上級クラスだろうと、戦わせるような複雑な操作は、魔物を見ながらでないと無理なんだとか。

 同じ上級テイマーのロロンもそう言っていたので、恐らくこれに間違いはないだろう。

 つまり、こちらからも絶対に見つかる場所にいるということだ。


 それを見つけ、狙い、撃って、討つ。

 それが俺に任された、唯一の仕事だった。


 正直なところ、成功するかどうかはわからない。

 今までにやったことのないタイプの仕事だ。

 ただ確かなのは、成功させなければ、俺もファニたちも死ぬかもしれない、てことだ。

 

「……準備しなきゃな」


 自分にかかった緊張を振り払うように、俺はそんなことを言った。

 と言っても、今更できることなんてほとんどない。


 荒野ここに出発する前と同じように、鉄くずで弾を作って、ウォーミングアップがてらに何度か試射するだけだ。

 それだけで済むことだが、逆に言うとそれ以上にできることはないのだ。

 他に何かあるとするなら、なんだろうか。わからないが――


「レン!」


 と、不意に名前を呼ばれた。

 その方向に目を向けると、メルシーが何やら袋をもって、こちらに向かって走ってきているのが見えた。


「おはよう」

「あ、あぁ、メルシー、おはよう」


 彼女の挨拶に、俺はなんとかそう絞り出せた。

 うーむ、昨日のことがあるからか、どうにも気まずい気持ちになってしまう。


「聞いたよ、昼頃にまた、戦いに出るんだよね?」

「まぁ、ね。今はその準備中ってところ」


 まあ、準備とは言っても、弾を何個か作るくらいだけど。

 なんてことを思っていると、メルシーはどこか、緊張を伴った笑顔を俺に見せた。


「あ、あのね。よかったら……よかったらなんだけど、見て欲しいものがあって……」

「え? あぁ、そりゃ全然いいけど……」


 俺が言うと、メルシーはパッと喜んだ顔になって、意気揚々と袋の中に手を突っ込んだ。

 何だろうと思っていると、彼女は袋からそれ・・を取り出して、俺に見せた。


「これは……ベルトか?」


 そう、メルシーが見せてきたのは、革で造られた、幅の広い薄茶色のベルトだった。

 しかし見たところ、ただのベルトではない。

 

 小さい円柱状の金属――恐らく鉄か銅のどちらかだろう――が、ベルトの帯全体に差し込まれていて、ゴツイ印象を受ける。

 更に言うと、まるでナイフの鞘のような長方形の革袋がつけられていて、それが特に目を引いた。


「そこについてるホルスター、開けてみて」

「ホルスター?」

「ベルトの横に付いてる、革の袋みたいなやつのこと」

 

 メルシーが嬉しそうに、鞘のような袋を指さした。

 なるほど、これはホルスターと言うらしい。

 彼女に言われるままホルスターの金具を外し、中を見てみる。

 

「これは……金属?」

 

 するとそこには、俺がはじく魔法で弾として使うような金属が、たくさん入っていた。

 それだけじゃない。弾のひとつひとつも、俺が自前で作ったのとは比べ物にならないくらい、精巧な円柱型をしていた。 


 改めてみると、ベルトの帯についているこの金属も、ホルスターに入っている者と全く同じ形をしている。

 ということは、こちらも装飾ではないってことだろうか?

 

「これは一体……?」

「ほら、昨日レンが魔法を使ってた時、発射するものをポケットから出してたでしょ? これなら、もっと出しやすくなるんじゃないかなって思って」

「出しやすく……てことは、これ全部、はじく魔法の弾用の?」

「ふふん、大正解。私、中級の『裁縫』スキルと低級の『金属加工』スキル持ってるからさ、昨日夜なべして、ベルトと一緒に作ってみたの」


 そうやって笑うメルシーの目には、僅かに隈ができていた。

 なんでそこまでして、このベルトを……。


「ねえレン、よければ、それ貰ってよ」

「え、いいのか?」

「だって、そのために作ったんだから」


 ……正直、かなり驚いていた。

 メルシーが――誰かが俺のために、こんなすごいものを作ってくれるなんて。

 今までの生活では想像もできないことだったから、俺は言葉が詰まってしまった。


「……どうしたの、レン? ひょっとして、迷惑だった?」

「あ、あぁごめん、こんなふうに人から物を貰うの、慣れてなかったから」


 不安そうに俺の顔を覗くメルシーに、俺はとっさにそう言った。


「少し、つけてみていいか?」

「う、うん! つけてみて!」


 メルシーに許可をもらい、俺はベルトを自分の腰に巻く。


「……すごい」


 つけた瞬間に、そのベルトの性能の良さを実感した。

 素晴らしい着け心地だった。

 

 重心を調整しているのか、重いベルトにもかかわらず、身体の一部のように違和感がない。

 くわえて、ホルスターや差し込まれた弾も、身体の動きを阻害しないように、綿密に配置されている。


 極めつけは、このホルスターだ。

 余計な動作アクションを一切必要とせず、まるで吸いつくかのように、一瞬で弾を右手に込められる。

 そして――


「メルシー、ちょっと撃ってみていいか?」

「うん、うん! いいよ、試して!」


 メルシーに言われてから、人が誰もいない方向に振り向き、遠くを見た。

 百メートルほど先に、まさに的にはうってつけの、枯れた細木が見える。


「よし」


 意を決して、俺は気の方向に、身体を向けた。

 一瞬の静寂。


 動作アクション


 弾を取る。

 右手に込める。

 狙う。

 魔法をかける。


 破裂音。残響。 

 そして、やまびこのような反響。


 その直後、遠くで、か弱い木の破砕音が聞こえた。

 同時に見えたのは、狙った細木が、真っ二つに折れた様子だった。


 当たった。


「……す、すごいねレン、あんな遠くのを」


 メルシーがそんなことを言った。

 でも俺は、正直今、そんな言葉はほとんど耳に入らなかった。

 なんたって、これは凄い、本当に。


「メルシー、このベルトと弾は凄いぜ! 撃つまでの時間が半分以下だ! 精度も格段に上がってる! すげえ発明だこれは!」


 俺は思わず、大はしゃぎでメルシーの手を取った。

 だって、メルシーの作ったこのベルトと弾は、本当に素晴らしいものなのだ。


 ずっと、実はずっと、考えていた。

 もっと早く狙えないか。もっと高い精度で撃てないか。そんなことをずっと。

 でも、自分の作る不格好な鉄くずじゃ限界があったし、ポケットにそれを入れるぐらいしか、速く撃てる方法もなかった。


 それがまさか、メルシーが一気に解決してくれるなんて!

 本当に、すごい装備を手に入れてしまった。


「へぇ、え!? ……あ、ありがとう」

「……と、わ、悪い」


 しまった、メルシーの顔を見ると、真っ赤にしてそっぽを向いている。

 何をやってるんだ俺は、いくらテンションが上がったからって、女子の手を無断でとって振り回すなんて。


「その……マジでごめん」

「い、いやいいよ。その……喜んでくれて、私もうれしい……あ、そうだ、もうひとつ」


 すると、メルシーは気まずくなりそうな雰囲気を振り払うように、そう言って懐をまさぐった。

 正直、話題を変えてくれるのは、俺としてもありがたくて、ホッと胸をなでおろした。


「はい、これ」


 彼女は俺に、ひとつのとある箱を差し出してきた。

 これは……。


無味無臭プレーンの、魔草巻?」

「そ、ここじゃ、素材が無いから、数本しか作れなかったけど」

「……自家製だったのかい、あれ?」

「びっくりでしょ?」


 メルシーは得意げに言った。

 なるほど、道理で彼女の露店以外に売っていないわけだ。


「……ねえ、レン」


 するとメルシーは、どこか寂しそうな顔で、続けた。

 

「必ず、戻ってきてね。私まだ、アナタに何も償えてないんだから」

「……ありがとう」


 俺はそれだけ言った。

 償う必要などない、と言うべきだっただろうか。

 わからない。ただ無粋な気がして、言わなかった。


 さて、兎にも角にも、これで準備はできた。

 気づけば、陽も高くなり始めている。

 そろそろ、仕事の時間だ。


 行こう。

 俺はベルトを締め直して、ロロンの馬車へと向かった。

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