ロイ 第7章②:恋はあせらず

 夜の静寂が丘を包み込み、ロイとトリアは小高い草地に佇んでいた。

 満天の星々が二人の頭上で瞬き、月光が大地を銀色に染め上げている。

 ロイは腕を組み、目の前のトリアをじっと見つめた。


「……さて、ここで何をしているのか、そろそろ話してくれないか?」


 落ち着いた声音で問いかけるロイに、トリアは視線を彷徨わせた。

 ずっと隠してきた特訓を、いま明かすべきなのか。

 しかしロイの真摯な瞳に射抜かれ、彼女は心を決めた。


「私、自分の中にあるセレスティアの力を目覚めさせたいんです。その……前に一度、力を使えたことがあって……」


 囁くような声でそう告げ、トリアは小さな拳を強く握りしめた。

 ロイの反応に、彼女の心臓が早鐘を打つ。


「セレスティアの力だって? お前が? いつ?」


 ロイの驚きの声が、夜の静けさを揺らした。

 彼は眉を寄せ、トリアの表情を探るように覗き込む。


「……シャドウベインの、列車襲撃の時、です」


 確かにロイにも覚えがあった。

 あの時、敵の返り討ちにあって絶体絶命の危機に陥った時、不思議な力が自分たちを守り、癒してくれたことを。

 そのおかげでチームが勢いを取り戻し、勝利を手にしたことも。


「あれはお前の力だったのか……けど、どうして特訓なんかするんだ?」

「……あの力は、私の意思では使えないんです」


 そしてトリアは深く息を吸い、思いの丈を告げた。


「だけど私も、ロイの力になりたい! ジャンカルロを説得するために、あなたと共に立ちたいから!」


 その言葉に、ロイは絶句した。

 トリアの瞳に宿る決意が、彼の心を打ち抜いたのだ。

 ロイの胸に、奇妙な感情が込み上げた。


 自分のためにここまで真剣になってくれる人がいる。

 彼女がそこまで思ってくれていたのかと、胸が熱くなる。


「本気なんだな」


 ロイは柔らかな笑みを浮かべ、静かに告げた。


「なら、俺も協力しよう」


 その予想外の言葉に、トリアの目が大きく見開かれた。


「え……本当に?」

「一人で抱え込む必要はないだろう。特訓に付き合わせてもらうさ」


 ロイの申し出に、トリアの胸が高鳴った。

 喜びと同時に、申し訳なさも込み上げてくる。


「あの、でも、ロイの時間を取らせちゃうのは……」


 トリアが遠慮がちに言うと、ロイは優しく首を振った。


「俺の意志だ、気にするな。それに、お前の中に眠る力を、俺もこの目で確かめたい」


 その言葉に、トリアは感謝を込めて頷いた。


「ありがとう……」


 二人は丘の頂へと歩を進め、トリアは静かに膝をついた。

 夜露に濡れた草の感触が、彼女の緊張を優しく溶かしていく。

 ロイは少し離れた場所から、静かに見守っていた。


 トリアは両手を胸の前で組み、瞳を閉じる。

 深く息を整え、心の底から願いを込めた。


「どうか私に力を……ロイの役に立てますように」


 微かな風が草を揺らし、月明かりが一層強まると同時に、彼女の周囲で薄い光の輪が一瞬だけ広がった。

 ロイはそれを見逃さず、目を細めて観察した


 しかし、それ以上の変化は起こらなかった。

 トリアは目を開け、落胆して肩を落とした。


「私には無理なのかな……」


 その呟きに、ロイは静かに歩み寄り、彼女と同じ目線の高さまで腰を落とした。


「焦ることはない」


 彼の声は、夜風のように優しく響いた。


「結果が出るまで共に歩むことも、仲間の務めだからな」


 その言葉に、トリアの瞳が潤んだ。

 彼の温かさが胸に染み入り、こみ上げる想いを必死で押し留める。

 これ以上優しくされたら、自分がどうにかなってしまいそうだった。


「やっぱり私、ロイのことが……」


 言葉に出せない想いを抱き、彼女は顔を伏せた。

 ロイは、夜空を仰ぎ見る。


「それに俺は手応えも感じた。一瞬の光の輪……お前の力は確かに目覚めかけたんだと思うぞ」


 その言葉に、トリアは息を呑んで顔を上げた。


「本当に?」

「ああ、大切なのは諦めないことだ。俺もここにいるから、共に挑戦していこう」


 差し出されたロイの手を、トリアは迷うことなく握り返した。

 彼女の心に新たな希望が灯った。


「うん、必ず!」


 トリアの声には、喜びと共に凛とした決意が宿っていた。

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