アステレティアンの子

響太 C.L.

プロローグ

第1話 プロローグ ①

 300万光年彼方、太陽の3285倍もの大きさを誇る巨大な恒星――ヴァリテリオン。それはヘラオプス星系を統治するカプテリオン星人の母星である。青い焔を絶え間なく燃やし続けるこの星。その中心には、まるでダイヤの環に埋め込まれた巨大な宝石のような人造星が浮かんでいた。無数の星々が橋のような構造で繋がれ、総面積1兆キロメートルにも及ぶ巨大なリングを形成している。


 そのアクアマリンのような天幕の下には、大地と海、雲、そして風が織りなす豊かな自然が広がり、そこには人々が暮らす都市が点在していた。自然の台地に築かれた町は高低差があり、階段や坂道がそれを結ぶ。黄金のドーム屋根を持つ建物や、白玉で造られた家屋群、鐘塔や望楼が美しい景観を描き出す。


 日頃の時間帯には、人々が絹製の華麗な衣服を身にまとい、広場では奏でられる音楽に合わせて男女が踊りを楽しんでいる。東屋のあちこちでは、色鮮やかな料理や香り高い美酒、茶が並び、豊かな生活を謳歌する民の姿があった。疫病に貧窮、偏見もない、まるで天国絵図のようなこの地。しかし、その裏側で繰り広げられる王族の選別は、この美しい光景とは相反する残酷な現実を映し出していた。


 王宮の闘技場では、髪の色がそれぞれ異なる7歳前後の男女500人の子供たちが殺し合いを繰り広げている。目を鋭く光らせて相手を睨み、神妙な動きで攻防を繰り返す。武器が激しくぶつかり合い、火花を散らしながら命を賭けた戦いが続く。その中で、ある少年の首が刎ねられ、またある少女の腹が斬られる。場内には鮮血が飛び散り、戦いに敗れた者たちが次々と地に伏していった。


 観覧席には大帝に仕える臣下と王族たちのみが座し、その様子を見守っている。5メートルもの大きさの玉座に座る男――白い肌に鼻筋の通った顔立ち、銅鈴のように燃える大きな瞳、赤髪と伸びた髭が特徴的だ。彼の広い額には金の縄飾りが巻かれ、その眉間には細かい紋様が彫られた楕円形の金片が輝く。胸元には三本のネックレス、腰には太い金のベルト。これこそがカプテリオン16千世大帝であり、彼は毅然とした表情で、自らの子供たちの最後を見届けていた。


 戦場の光景が映し出すのは、王族として生まれた子供たちに課せられた厳しい宿命――それが「王権継承選別祭」である。選別祭は5歳、7歳、12歳、そして16歳の生涯にわたって4回行われ、生き残った者だけが王位を継承する資格を得る。強者のみが生き残る、それが王族の宿命であり、この血塗られた伝統が今もなお続いているのだ。




 闘技場から離れた後宮の楼閣。生花を模した宝石で飾られた外観はまるで巨大な鳥籠のようで、望遠台のように王宮の一部と繋がっている。

 その中には、水色のロングウェーブの髪を持つ一人の女性が佇んでいた。菊をモチーフとした髪飾りが輝き、百合の花を思わせる清らかな美貌を持つ彼女。その美しさは、彼女を目にした男たちの理性を狂わせるほどだった。

 彼女の名は、エイデンヌス星人の皇女ハイドロリーヌ・レンネ・エイデンメートロ3世。和平と共栄のため、大帝の妃となった身である。しかし、その美しい顔には長い年月の間に喜びが失われ、哀感だけが漂っている。


 彼女は腕に一歳にも満たない赤ん坊を抱いていた。自身と同じ水色の髪を受け継いだ、元気そうな男の子。彼女は少しでも息子に勇気を養わせようと、闘技場の戦いを映し出す映像を見せていたが、赤ん坊は血生臭い戦いには見向きもせず、楼閣の中に飛び込んできた小動物を楽しそうに目を追いかけていた。


「ダメなのよ……ネプリュティオ。君は戦いを知らなければならないの。」


 眉を強く顰めたネプリュティオは、母に抗議するかのように「オギャー、オギャー」と大声で泣き出した。


ハイドロリーヌは映像の音量を上げた。


――ガキーン! チャキーン!!


「きゃあああ!」


「わあああああ!!」


 金属がぶつかる音、打ち負けた子たちの断末魔の叫び声――その喧騒に反応して、ネプリュティオの泣き声はさらに一段と大きくなった。


 耐えきれなくなったハイドロリーヌは映像を切った。映像が止まると、ネプリュティオの泣き声は徐々に小さくなり、彼女が「よしよし」と腕をゆっくり揺らすと、赤子は疲れたのか、安らかに寝落ちした。


 ネプリュティオを揺り籠に寝かせたハイドロリーヌは、そのまま寺院へと向かった。巨大なドームの下には広大で真っ白な聖堂が広がり、壁から静かに水が滝のように流れ落ちている。高い天井からは外の日差しが差し込み、聖堂中央の祭壇を神々しく照らしていた。

 祭壇に座するかんなぎは、白漆のように滑らかな肌と、法螺貝を思わせる大きな鋭い耳を持つ。銀糸のように艶やかな長髪が流れる彼女は、十面体の冠を戴き、その表面には精緻な紋様が光のように走っている。白を基調とした装束に、紅の刺繍が施された披肩をまとい、胸元と肩には白銀の金属パーツが鎧のように取り付けられていた。その中央には左右対称に半円形の宝玉が輝いている。

ハイドロリーヌは巫の前に座り、揺り籠を浮かせて置くと、深々と頭を下げた。巫は厳かな声で問いかける。


「汝、皇妃ハイドロリーヌよ。今、何用でこの場を訪れたのだ?」


ルーミン様、どうか我が子ネプリュティオの未来を占ってください。」


「皇妃よ、汝も知っておろう。大帝の子の未来を占うことは禁忌であると。」


「もう耐えられません……。これまで産んだ子たちが全て命を落としてきました。この子だけは、どうか……お慈悲を。」


「王法を犯せば、想像もつかぬ苦しみが待つ。それでも構わぬというのか?」


「はい。その覚悟はできております。どうか我が子の未来を導いてください。」


「良かろう。」


巫は目を閉じ、詠唱を始めた。すると、ネプリュティオが柔らかな光に包まれ、巫の冠にも共鳴するように光が走った。


「この子の運命は、兄姉たちと同じく、カプテリオン帝国の安寧と繁栄を支えるために人柱となるであろう。」


ハイドロリーヌの目から涙が流れた。


「……死が待つ未来なのですか?」


「そうだ。しかし、この子にはもう一つの未来もある。星の海を流放させれば、たどり着いた星で天寿を全うし、子孫は繁栄するであろう。やがてその血筋から、大帝にも匹敵するほどの存在が現れ、その星に希望の焔ラーヌスを灯すだろう。」


「希望の焔?」


「我がヴァリテリオン帝国は、無数の星々に希望の焔を灯し続けてきた。それがこの子のもう一つの運命だ。しかし、天寿を全うする未来では、母である汝とも永遠に離れ離れとなり、愛する者たちを見送り続ける孤独な人生を歩むことになる。」


「それでも、この子には人として豊かな人生を送らせてやりたい……。」


「そう願うのならば、覚悟せよ。この子の未来を変えたとしても、王族の血が背負う闇の呪いがいずれ子孫に襲いかかるであろう。」


「もしネプリュティオを流放させた場合、帝国はどうなるのですか?」


巫は答えず、沈黙が場を支配した。凍りつくような空気の中、ハイドロリーヌが再び問いかけた。


「……まさか、帝国が滅びるのですか?」


「滅びはせぬ。しかし、ネプリュティオが倒すべき者は生き残り、やがて反乱を起こすであろう。長きにわたり続いた安寧は崩れ、星の海は再び戦火に包まれる。

だがその果てに、この子の血を継ぐ者が現れ、戦乱を終焉へと導くだろう。」


「16000代にも及ぶ帝国の安寧が……崩れると申すのですか?」


「我らにとっては災厄の兆しに映るかもしれぬ。

だが、この無限に広がる星の海には、いまだ名も知られぬ数多の星々が息づいておる。我らが見守らぬ世界に生きる命たちにとっては、それは滅びではなく、

新たな始まり、民の皆は安らぎや自由や無憂な幸をもたらす光明となるやもしれぬ。」


 ハイドロリーヌは静かに聖堂を後にし、王宮の寝室へ戻った。

 そこでは、幼きネプリュティオが小動物と戯れ、無邪気に拍手を打ち鳴らしている。

 そのあどけない笑顔を見つめるうちに、ハイドロリーヌの胸には一つの決意が固く芽生えた。


――この子が王族としての運命を背負わぬのならば、せめて人として長く生きさせたい。


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