第45話 陰キャ先輩と夢の終わり Ⅵ
俺の言いたい事は全部言った。
途中面と向かって言った事のないような恥ずかしい事も言ったけど、そんな事今更どうだっていい。
白井先輩の持っている催眠アプリは本物で、それが先輩を傷付けている事は分かって。
それに対して嘘偽りのない本当の事をぶつけて反論できるなら……どんな隠し事だってぶつける。
それ位には……この人に暗い顔を浮かべて欲しくなくて。
その位には……今の生活が気に入っていた。
だからこそ、言うべき事は余すことなく全部言った。
だけど俺の考えを言葉に乗せるだけではまだ足りない。
催眠アプリという非現実的な力の影響を致命的な形で受けていない事を証明するには、結局その全てが無かった場合の俺を。
即ち全ての催眠が解除された俺を用意するしかない。
そうする事で初めて本当の意味で、俺が自分の意思で此処にいる事を先輩に信じさせる事が出来る。
……俺自身も信じきる事ができる。
情けない話ではあると思うのだけれど、俺は俺が語った持論を百パーセント信用出来てる訳では無い。
確かに俺は惰性で野球を続けていた。
催眠アプリの影響で高校入学以前の記憶までもが改竄されているという事が無ければそれは間違いない。
本気で戦っていた武藤みたいな熱が俺には無かった。
だからどこかで辞めても良い理由を探していたのも事実だ。
だけど辞める理由を探す事と……それがチームスポーツにおいて良くない事だと分かっていても、惰性で半端な気持ちで良ければ程々に続けていきたいという舐め腐った気持ちは多分両立すると俺は思う。
少なくとも俺があのままの生半可な気持ちで野球を続ける事が咎められないのだとすれば、きっとそのまま野球を続けるという選択も俺にとっては間違いでは無かった筈だ。
だからこそ、アプリを消す事で俺自身に証明したい。
あの日先輩の勧誘によって生じた感情の揺れ動きが、俺の生半可な気持ちに正しく勝っていたんだと証明したい。
「じゃあ先輩……お願いします」
大丈夫だ。
……事実文芸部で過ごした五か月間は楽しかった。
俺は別に楽しめという催眠を受けていた訳では無いから、この感情は本物の筈だから。
そうさせるだけの熱が、あの日あの場所に有った筈なんだ。
「……う、うん。ちょっと待ってて」
そう言って先輩はスマホを操作する。
アプリを消す。
その操作にかかる時間は催眠アプリだろうと普通のアプリだろうと変わらない。
アイコンを長押しして削除する。
ただそれだけの動作。
もし時間がかかる要素があるとすれば、それは一歩踏み出す勇気を決める覚悟だけ。
そして俺も覚悟を決めて提案して、先輩もそれに頷いたんだ。
「じゃ、じゃあ……消すね」
先輩はこちらに画面を見せてそう言う。
「ええ」
そして俺が頷いたのを確認してから、その指は削除ボタンへと伸び……こうなった原因である催眠アプリは削除され。
……催眠アプリを、今の自分の作り出した原因だと捉える自分を知覚できた。
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