第4話 陰キャ先輩とおまじない 上

 あれからしばらく穏やかな時間が流れた。

 その穏やかさは受験勉強の際に利用していた図書館の自習室を思い起こさせる。

 まああいう場程周囲の迷惑にならないように、と言った形で気を張らなくていい分、良い意味でより穏やかだったと言っても良いかもしれない。


 それあこの文芸部という部活動において。

 白井陽向という先輩にとって良い事だったのかと言われると話は変わって来るが。


「……」


 ゆっくりと。本当にゆっくりとだけど最初の章を読み終えた頃、俺はふと部室の入り口に視線を向ける。

 俺が入ってきて以降、その扉は開かない。

 だからこそ凪のように穏やかな空間が形成されていたんだ。


 つまりは結局あれからも、新入部員になる可能性のある見学者が来ていないという事なのだ。


 その事に対して、他人事ながら不安になってきてしまう。

 だからこそ自分の読書のキリも良かった事も有り、なにやら小説投稿サイトに投稿する用の原稿をノートパソコンで作成していた先輩に声を掛けた。


「先輩」


「……ッ!」


 ちょっとびっくりしたようにガタガタと椅子を鳴らしながらこちらを向く先輩。

 いや、ちょっとかこれ。


「ど、どう? お、面白いか?」


「ええ。凄い面白いですよ。でなきゃ今の今まで集中して読んでませんって」


「そ、そうか。良かった」


 そう言って安堵の表情を浮かべる先輩。

 だけど状況は全然安堵できるような物ではない筈だ。


「そ、それで、どうした!」


「いや、その……余計なお世話かもしれないですけど来ませんね、見学者」


「よ、余計じゃない……大事な事、だから」


 しゅんとした表情を浮かべる先輩。

 そんな先輩にふと思った事を呟く。


「部員、二人以上いないと駄目なんですよね。せめて幽霊部員でもいいから一人入ってくれればいいんですけど」


「……」


 キミは入らないのかというのが伝わる様な悲し気な視線が向けられる。

 ……なんかすみません。


 そしてそんな視線を向けた後、先輩は言う。


「幽霊部員、駄目……出て欲しいってのもあるけど……文芸部は成果物出さないとだから。サボってたら内申点とか、落ちる」


「……じゃあ部活見学を幽霊先に探してる奴らは、幽霊部員をしても比較的大丈夫な部活を探しているのか」


「ひ、筆頭は雲を見る会だ」


「雲を見る会?」


 そう言えばリストに有ったなと思いながら、そう言葉を返すと先輩が解説してくれる。


「つ、月1で雲を見る……それだけの会。活動の写真一枚取って出すだけ……」


「あ、ありなんですかそんな部活」


「む、昔の帰宅部志望の生徒と、大変な部活の顧問になりたくない先生が……結託して作った、らしい。だから幽霊部員……というか帰宅部志望は、み、みんな雲を見る会に入る」


 大空にとんでもない大穴が空いている。

 それが許されるなら、絶対部活入れという校則いらんでしょ。

 ……とにかく、そういう部活があるせいで。


「だから基本……文芸部には、幽霊部員、来ない」


「……そうですか」


 それは残念で……気の毒だ。

 一番意欲のある生徒が来そうな初日でこの閑古鳥だ。こうなってしまえば最早直接勧誘にでもいかなければならない気がするが……多分、申し訳ないけどこの先輩には厳しいだろう。


 ……廃部まっしぐらだ。


 そんな風に思いながら、だからと言って自分が入ってやる訳にもいかず、そして何か建設的なアイデアを出す事もできず。

 そんな静かな部室に気不味さを感じ始めていたその時だった。


「あ、あの! け、圭一郎君!」


 先輩がガタっと音を立てて立ち上がった。

 その手にあるのは、先程の催眠アプリの画面が表示されたスマホ。

 そして縋るような声音で言葉を紡いだ。


「……ぶ、文芸部……どう。入らない……か?」

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