陰キャ先輩の催眠アプリで友達になる訳が無い
山外大河
一章 陰キャ先輩と催眠アプリ
第1話 陰キャ先輩と邂逅
「文芸部ねぇ……まさか真っ先に足を運ぶのが此処になるとは」
高校入学から三日間、新一年生は放課後の時間を利用して各々興味がある部活動の見学を行う事となっている。
特別な理由が無ければ必ず何かしらの部活動に所属しなければならない我が校においては重要な時間だ。
ある程度入る部活動を決めている者であればこれからの部活動に臨む心構えをするいい機会になるだろうし、幽霊部員になるつもりならば姿を消しやすい部活動を精査する絶好のタイミングとも言える。
そんな部活動見学初日、中学三年間野球に打ち込んできた俺は文芸部の部室前に立っていた。
野球部では無く運動部ですらなく、文芸部だ。
「……さっさと目的済ませて野球部見に行こう」
俺は別に文芸部の見学に来た訳じゃ無い。
この時間帯でないと面倒くさい野暮用がある文芸部の部室が空いていないから、仕方なくこのタイミングで此処に来たのだ。
そして野暮用を済ませる為に部室の引き戸を開く。
「すみません、卒業した前部長の弟なんですが、姉の忘れ物を取りに……」
簡潔に用件を告げながら一歩部室に足を踏み入れた所で、思わず目を見開いた。
視界にショートボブでアホ毛が目立つ小柄な女子が映った。
どうしようもない野暮用を押し付けてきた姉貴曰く、文芸部には二年女子の部長が一人だけとの事だから彼女がそうなのだろう。
結構可愛い。
可愛いが……とはいえそれだけで目を見開いて言葉を失う事は無い。
視界に映ったのは……耳元に届いたのは、異様な光景とか細い声音だ。
「……大丈夫大丈夫大丈夫、できるできるできる、ウチはちゃんと見学者の後輩と部長らしくコミュニケーションが取れる。大丈夫大丈夫大丈夫」
ぶつぶつぶつぶつと自己暗示でも掛けるように、スマホの画面を覗き込みながら呟き続ける部長さん。
こちらの声も聞こえない位に集中しているその有様は、流石に驚いて目の一つや二つ位見開くと思う。
ちょっとホラー入ってるって。言葉聞き取れてなかったら人呪ってるような光景だぞ正直。
……このまま一歩下がって扉閉めてぇ。
申し訳ないがなんとなく関わりにくそうだし。
まあそんな訳にもいかない。
やるべき事をやらなくては、家に帰ってから姉貴にシバキ倒される。
俺は諦めて小さく咳払いしてから改めて声を掛けた。
「あの、すみません」
……ぶつぶつぶつぶつ。
「あの!」
「ひゃいッ!?」
これまでの暗い声とは真逆の可愛いマスコットキャラみたいな悲鳴を部長さんが上げる。
よし、ようやくこっちに気付いたな。
「ようやく反応してくれましたね」
「い、いいい、何時から……ッ!? 何時からそこに……ッ」
「三十秒程前ってところですかね」
「……ッ!?」
先輩は声にならない声を上げた後、少々前のめりになって俺に言う。
「じゃ、じゃあ今見た事は……誰にも……言うな! わ、私は立派な先輩……やりたい、から。き、キミには手遅れでも……他の新入生には……ッ」
……まあさっきみたいなのを見せられたら威厳も何も無いからな。俺も逆の立場なら他言して欲しくない。イマイチそっちの立場の感覚が分かんないけれど。
だから他言する事は無いだろう。
というかそもそも。
「ええ。俺も見なかった事にします。安心してください」
俺は文芸部に入部しないのだから、この人を先輩として慕う誰かにそんな話を投げかける機会が巡って来る可能性はかなり低い。
……そう、俺は入部しないんだ。
速い所目的を済ませよう。
そう考えていると、先輩は固い動作で頭を下げて言う。
「あ、ありがとう……」
そしてゆっくりと頭を上げてから、メンタルを整えるように軽く深呼吸をしてから俺に言う。
「し、しし、新入生だな! よ、ようこそ、ぶぶ、文芸部へ!」
……深呼吸しても特に変化ねえな。
やる必要あったか?
でも、どうであれマジで頑張っている先輩にこんな事を言うのは、なんとなく酷な気がしたけど、言わなくちゃいけない。
「すみません、俺見学に来た訳じゃ無いんです」
「……へ?」
理解できない。
そんな風に間の抜けた表情を浮かべた先輩は、何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべて数歩後退って、部室の隅であまりにも弱そうなファイティングポーズを取る。
「け、けけ見学じゃないなら……キミ、な、何を……何をしに……ッ!」
えーっと、俺不審者みたいな扱いされてない?
なんか猫に威嚇されているみたいな感じになってるんだけど。
……いや、猫じゃないな。
小動物感はあれど、その手の圧は無い。
なんかこう……袋のネズミというか。そんな感じっぽいな。
この場合猫は俺だなぁ。
で……とりあえず不本意ながら怪しい奴だと思われてるのは事実な訳で、その辺はどうにかしないとな。
俺は別に良いけど、早めに無害である事を伝えないと先輩のメンタルが持たなそう。
なんか手足ぷるぷる震えてるもん。
そして俺は最初に言った言葉を改めて伝える。
「卒業した前部長。赤羽美琴。分かりますよね。俺はその弟です」
自分の身分を明かし、そして目的を告げようとした時、先に先輩にアクションがあった。
「あ、赤羽先輩の……弟……ッ!」
ガードが固くなった。相変わらず弱弱しい小動物みてえだけど。
……で、身分を明かしたのにこの様子という事は。
「……一体どんな振舞いしてたんだ馬鹿姉貴」
姉貴は部長さんに対し、可愛い後輩。一杯可愛がったと言っていた訳だけど、それもしかして
……いや流石にそこまでの無法者ではないとは思うけど、だとしても申し訳ないな。
「すみません、去年一年間ウチの姉が迷惑をおかけしました」
素直に謝っとこう。
この一回の謝罪で足りるかな? 足りねえかもなぁ。
今度時間ある時菓子折り持ってもう一回謝りに来るか。代金姉貴持ちで。
「い、いや……ご家族から謝られるような事は……されて、ない。と、というか……
その感じキミはまとも、だな。本当に姉弟?」
「反面教師って奴ですかね」
「……凄い説得力だ」
納得するように頷く先輩。
これで納得された事を果たして喜ぶべきなのか……。
「えっと……あの傍若無人な馬鹿が居て、この部室の治安とか大丈夫でした?」
「だ、大丈夫、だった。辛うじて。程よく治安が悪い……って感じ」
大丈夫じゃなさそうなんだけど。
やっぱり菓子折り持ってこなきゃ。
金出せよ馬鹿姉貴。
……とはいえ、そんな程よく悪い治安を演出した姉貴と比較された事が功を制したのか、先輩は少し警戒を解いて一歩こちらに歩み寄って来る。
よし、姉貴がやべー奴だったから俺の人畜無害なまともさが立証されたぞ。サンキュー姉貴。
そして相変わらずおどおどした様子で先輩は聞いて来る。
「それで、け、見学希望者じゃないなら……何しに?」
ようやく本題に入れる。
さっさと終わらせるか。
最初はびっくりしたものの、なんだかんだ面白い人ではあるから話している分には楽しい訳だが、時間が押してる。
自由に見学していいとはいえ、周りの元運動部連中を見る限り大体決め打ちで見学をしに行く訳で、そしたら大体同タイミングで見学スタートだ。
新しいチームメイトとの交流もあるだろうし、先輩方や顧問の先生からの説明みたいな物も、興味がある奴が全員揃っている前提で行われるかもしれない。
とにかく俺も早くそっちへ合流だ。
「姉貴が部室に忘れ物したらしいんで、取って来いと」
「パ、パシリだな!」
「まあそんな所です」
「き、キミも大変だな……」
先輩も大変だったんだなぁ……。
「えっと、それで、わ、忘れ物って……なんだ」
「こ〇亀の74巻と131巻らしいです」
「えぇ……な、なんでそんな物……しかも半端。えっと、どこだろ……」
「姉貴曰く本棚のどっかにカバー差し替えて入れてあると。漫画持ち込んでるのバレないようにカモフラージュして置いといたらすっかり忘れてたみたいで」
「そ、そういえば小難しそうな本を楽しんで読んでいたのって、そ、それか……」
「それですね。そんな訳なんで本棚物色しますけど……構いませんか?」
「う、ウチも手伝う。今はウチがぶ、部長だから……此処の責任者だし」
「ありがとうございます」
そんな訳で馬鹿の置き土産の捜索開始。
そして開始して……苦戦しながらふと思う。
……俺以外、誰も来ない。
……正直部外者ながら心配になるな。
今頃各々興味のある部活を見学しに行ってる筈で、そのタイミングで誰一人として見学に来ていない。
確か新一年生の入学後に最低でも部員が二人以上いなければ、部活として認められなくなって廃部、みたいな事を誰かが言ってた気がするけれど。
まさしく廃部危機なんじゃないか?
だって部長さんしかいないんだろう、この部活。
だからと言ってじゃあ俺がって手を上げる訳ではないけど。
とはいえ…………まあ全く惹かれない訳ではないが。
中学三年間、地獄のように苦しい練習に耐えてきて。
そこまでの全力をこれから三年間もやっていける気がしなくて。
強豪校からの推薦を蹴って近所の学力に見合った学校に進学したのは、きっとそういう理由もあって。
だから、そんな程度なモチベーションなんだから、気軽そうな文芸部に全く揺らがない訳ではない。
可愛い先輩もいるし。
俺が文芸部に入れば確実に廃部阻止って意味でも、ドロップアウトという選択は決して悪いような物ではないように思える。
まあ、思えるだけだ。
「お、あった74巻」
「こ、こっちも有った。131巻と、何故か191巻も」
「何故だ……」
言いながら置き土産を預かり捜索終了。
この場でやるべき事は、まだ名前も知らない先輩にお礼を言う事位。
「ありがとうございます。助かりました」
「お、お安い御用だ…………と、ところで」
先輩が緊張するように体を震わせながら俺に言う。
「の、喉でもか、乾かないか? ……えっと、折角だし少しゆっくり……見学って感じで……」
言われながら部室に入って来た時の事を思い返す。
正直何をやっていたのかはイマイチ分からないが、先輩なりに新入生を文芸部に勧誘しようと頑張っていたのだろう。
今だって、目に見えて頑張っている。
姉貴という共通の話題のおかげである程度会話しやすくなっているものの、やはりそれでもこの先輩はコミュニケーションがあまり得意では無さそうで。
そんな中頑張って此処に引き留めようとしている。
……それは伝わるんだけど。
だからといって、それで天秤は傾かない。
「すみません、実は俺別の部活見学に行こうと思ってて……流石にそろそろ行かないとなんで。これで失礼しようかと」
「あぅ……」
希望を絶たれたというように、声にならないような声を上げる先輩。
……罪悪感が半端ない。俺何も悪い事してない筈なのに。
これは少しでも早く動かないと、本当に出ていけなくなる。
そう確信して、もう一度会釈した俺は踵を返して部室を出ようとする。
そんな俺を……先輩が呼び止めた。
「あ、あの!」
「……」
流石に無視する訳にもいかず振り返ると、そこには焦った表情の先輩が……ぐにゃぐにゃとしたカラフルな画像が映し出されたスマホをこちらに向けていた。
「や、やっぱり……見学だけでも……ッ」
なんなんだあの画面。なんで俺そんなの見せられてんの? マジで何それ。
それに対し首を傾げそうになりつつも……ひとまず先輩の方へと足取りを向けた。
……まあ部活動の見学期間は一応三日あるんだ。
この人には姉貴が世話になったというか、迷惑を掛けた訳だし。
お望み通り見学をしていく位の事はするべきなのかもしれない。
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