第2話
それから一か月が経った。
昼時を過ぎて、低い高さから照らす太陽の光が眩しい。
「一樹、帰ろー」
「うん」
今日は三限で授業が終わりなので、早く帰ることができる。
俺は幼馴染みの
明莉とは家が近く小中が同じなので、小さい頃から仲良くしていた。高校は離れていたが、大学でまた同じ学校——しかも同じ学部学科になった。
「明莉、また髪色変えたのか?」
「あ、気付いてくれたんだ! ど、どうかな?」
クルン、と丸くまとまったボブの髪は、太陽の光に照らされて明るめのブラウンに輝いていた。
この前まではもう少し黒っぽい茶色だったが、染め直したらしい。
「明るいのも似合ってると思うぞ」
「ほんと! よかったぁ」
明莉は満開の笑顔を浮かべる。
「っていうか、中学の頃までそんな派手な印象なかったけどな……」
「中学の頃からは変わったんだもん」
明莉は小さい身体で、目一杯胸を反らす。なんか小動物みたいだな。
中学の頃の明莉は、真っ黒のお下げ髪に眼鏡を掛けた、少し言い方を悪くすると地味っぽい見た目だった。
しかし大学に入って再開した時、明莉は見違えるように垢抜けていた。
今日も黒のキャミソールに白いシアーシャツを羽織り、下は短めのスカートといういかにも流行りっぽいオシャレな格好だ。顔もメイクをしているのか、キラキラしている。イケてる女子大生という感じだ。
「明莉はなんでそんなに変わったんだ?」
「えっ! な、なんでだっていいでしょ!」
まあ俺も大学生になって多少は見た目に気を遣うようになったし、そんなところなのだろうか。
「それよりも一樹! 今日の授業の小説書くっていう課題どうする?」
あー、そういえばそんなのもあったな。
「……まあ、なんとかなるだろ」
「一樹はどうにかなるかもしれないけど、うちは小説書いたことなんて無いから何とかならないんだって!」
たしかに初めてでいきなり小説を書けと言われても難しいだろう。天才でもない限り。
「まずは起承転結に沿って大まかな流れを考えてみればいいんじゃないか?」
「えー……むずかしいな」
「どうしても無理だったら俺が手伝ってやるから、とりあえずは頑張ってみろよ」
「うん! わかった!」
明莉は口がポカンと空いた笑顔で言う。
「……明莉、なんかめっちゃバカっぽいな」
「あーー! ひどいこと言った!」
だってバカっぽかったんだもん。
「そういえば明莉、なんで日本文学科に入ったんだ? というかバカだった明莉がここの大学受かるのも予想外だったけど」
中学の頃の明莉は、決して頭がいい方じゃなかった。
しかも、本とか文学が特別好きだったという印象もない。
「いやっ……だからなんでもいいでしょ! バカとか失礼だし!」
「ごめんごめん」
まあ深い意味なんてないのかな。周りにもとりあえず受かったから入学したって人は何人もいるし。
ただ高校の頃はほとんど明莉と会っていなかったが、一度だけラインで『志望校どこ?』と聞かれ、俺がここの大学の名前を答えると『うちも同じ!』と返ってきて驚いたのを覚えている。
明莉は高校で勉強も頑張っていたんだな……。
「明莉、頑張っててえらいな」
「えへへ、ありがとう」
……やっぱこいつバカっぽいよな。口に出したら怒られそうなので言わないが。
「そうだ一樹、近くに新しいカフェができたらしいんだけど、このあと一緒に行かない?」
「あー、ごめん。俺このあとバイトだから無理だわ。日曜とかなら暇だけど、どうか?」
「大丈夫だよ! じゃあ日曜日で決まりね!」
大学で授業を受け、友達と一緒に帰り、バイトとかもして、休日は遊びに行く。ザ・大学生みたいな生活。
——なんか、普通に生きてるな。そう感じた。
少し前までは毎日が息苦しかったが、小説を書くのを辞めたから、心の負担がほとんどなくなった。
苦虫を噛み潰すような顔をしながら文章を書いたり、必死の血眼で何度も何度も推敲をしたりする必要がなくなったから当たり前なのかもしれないが。
これで、いいんだな……。
これが今の俺が望む生活だ。
わずかに、何かが物足りない気もするけど……まあこの日常にも、そのうち慣れるだろう。
俺は一瞬だけ胸に湧いた青い気持ちを抑え込んだ。
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