ザ・フェクツ・ジスト・ビガン!

継之助つぐのすけ!」

「兄様ぁ」


 すでに龍は消え、三人はバラランダの甲板に人の姿で立っていた。ふう、とケンプが深呼吸をすると、銀色に変わっていた髪の毛は元の黒に戻る。それは二人の姉妹も同じで、彼女たちの赤と青だった髪も黒くなっていた。

 もう魂力ヴェーダは残されていない。あるのはお互いの無事だけ。三人は引き合うようにしてひとかたまりとなった。


「この馬鹿、最初から素直になれってんだよ」


「ここまで、本当に長かったのですわ」


 しばらくの間抱き合い、改めて再会を喜んだ。碧玉は涙を流していた。そんな時間が続いたところで、ケンプが一旦区切った。


「ところでさ」


 なんだい。なんですの? 左右の耳の近いところで同時にそんなことをいわれる。ケンプは弱い力で従姉妹を押し離し、んっ、んっと喉の調子を整えた。


「……このあとどうするか、考えているんだよな?」


 このあと?


 そう言われて龍の姉妹は、ここがヴァイダムの超秘密兵器の只中であることを思い出した。周囲はすでに一騎当千の魔戦士ディアゲリエによって囲まれており、逃げ出すいとまもありはしない。

 ふわりと戦天使が翼を広げて三人の前に降り立った。


「ゼリシュエは消え、あわやヴァイダムの内乱、分裂といった危惧は回避されたのじゃ。その意味では感謝しておるぞ、龍の姉妹」


「礼はいらないよいくさ天使! それより、そこの物騒な連中に道を開けるよう命令してくれないか。帰ったらビールでも差し入れるよ」


「お題は解放軍に請求いたしますので、どうぞご遠慮なく」


「アメミヤの野郎はどうするんだ?」


「聞いてねえな、こいつら」


「そやつは今や憎き龍の使役者カルタ。我らが真に総力を以て倒すべき機罡戦隊のひとり。何を迷うことがあるのじゃ」


「総員、攻撃用意!」


 魔剣将軍デビラーが号を発すると、魔戦士ディアゲリエの頭上に各々が宿す魔星が浮かび上がった。破壊の波動が最高潮に達し、この迫力たるやゼリシュエやテリヴルヒも遥か後方に置いて突き抜ける勢い。沈黙したバラランダもこの魂力ヴェーダに当てられて息を吹き返さんとするありさま。

 

「撃ち放て!」


 ドカン! ドカン、ドカン!


 ところが巻き起った爆発は魔戦士達を吹き飛ばし、ケンプ達を絶妙に外していた。それは研ぎ澄まされた感覚を持つ優れた射手による攻撃で、的確に魔戦士だけを狙って放たれていたのだ。


「敵襲だと⁉ どこから撃って来た!」


「気ぃつけや! 上から何か来るでっ!」


「あれは……⁉」


 まさに彼らの頭上からまっ逆さまに魔力モビルが降下してきた。鉄の鷲と名付けられたアイアドラである。解放軍ツヴァイハンダーに強奪されたものに間違いないが、まさか引き返してくるとは!


 アイアドラは狼狽する魔戦士たちの前に強烈な風を吹き下ろしながら降り立ち、胸部の開口部ハッチを開いた。


「シモン⁉」


 渡りに船、九死に一生。紅玉、ケンプ、碧玉は魔力モビルの伸ばした掌に飛び乗ると、そのまま操縦席に運ばれた。


Ayeアイ, folksフォークス, oor weeウー ウィー bird'sバードゥズ aboot tae tak's affアバウト トゥー テイク オフ. It's a bit crampedイッツ ア ビット クランプド, an' nae seatsアン ネー シーズ tae be seenトゥー ビー シーン, butバット hae aヘイ ア grand flightグランド フライト !」

(ご搭乗のお客様、当機はまもなく離陸いたします。狭いうえ座席もありゃしませんが、快適な空の旅をお楽しみあれ)


「相変わらず北訛り(のグランディア語)だな。なんだか安心するぜ」


「摑まってな」


 再び強風を巻き起こし、アイアドラは力強く飛翔した。操縦席には物凄い荷重がかかり、何等なんら強化服も身に付けていないケンプは歯を食いしばってこれに耐えねばならなかった。対して龍の加護を持つ姉妹は話ができる程度に余裕があった。


「それにしてもシモン、いいところへ来てくれたね」


「ああ、紅玉ルビー。私の無線機にバラランダから通信が入ったんだ。助けて、とな」


「そんな出自不明な情報を信じて来てくださったのですか、バイパー軍曹? 一体誰が……」


「カーバンクルは友達なんだろう、碧玉サファイア


 それを聞いた姉妹は悶絶するケンプを挟んで相好を崩し、頼りになる仲間をこれでもかと誉めそやした。

 ここでアイアドラが速度を落とし、荷重がある程度軽減されると、ようやくケンプが口を開いた。


「で、カーバンクルはちゃんと連れてきたのか?」


 途端に姉妹の顔が硬直し、しばらく機内は魔力マナモビルのエンジン音だけが響いた。


「……詩織。あんたの宝筐ほうきょうに入っているんだろう?」


「い、いえ。姉様がもう助けたものかと……」


 しん、と気まずい雰囲気が操縦席コクピットに充満する。操縦桿を握るシモンが声をかけた。


The fecht'sフェクツ jistジスト bigunビガン !」

(戦いはこれからさ!)



 飛び去っていく機影をルシファリアは苦々しく睨みつけていた。奴らが目指すのは連合軍の駐屯地であることは想像に難くない。そこに残りの機罡戦隊を集めようとしていることも。


 腹立たしいのは、追いかける力がない自分だった。魂力ヴェーダしぼみ、鎧も翼も虚空に消えた。空翔けるいくさ天使が聞いて呆れる。


 他の者達も一様に疲れて座り込む者までおり、シェランドンに至ってはバラランダの甲板に大の字になっていびきをかいていた。


「天元術士の悪巧みを潰えさせた。そう思えば悲嘆にくれることはありませんよ」


 ルシファリアの横には黒人紳士、黒豹騎のギルバンが寄り添った。彼は続けた。「それに、我々はまだ魔王に見捨てられたわけではありません」


 目くばせを受けたアロウィンが手に籠を持ってルシファリアに近づいた。ひざまずき、それを恭しく首魁に差し出す。中に入っている不思議な鳥は額の宝石に光を灯し、両の手羽で格子をつかんでいた。


「……すでに茶会の時には本体も起動しておったのか。或いは最初から凍結などしておらなんだか。本当に食えんやつじゃが、仲間に置いて行かれる間抜けさには同情してやらんでもない」


「一つ、言っておきたいことがあるんだ」


「おう。言うてみい」


「魔王軍にはボク以上に狡猾な人間がいるってこと」


「ねえ、ルシィ。悪い報告があるんだけど」


 ヴェロニックとギャルガがルシファリアの元へ重い足取りでやってきた。テリヴルヒのことだ。「どうもアレッサスのコアブロックで脱出したみたいなのよね」


「あの状況で考えにくいけど、ブロックごと転移したみたい」


「そういえば、あの三バカ共の体も消えている。せめて最後ぐらい戦士らしく葬ってやろうと思ったのだがな」


 デビラーの頭には最悪の事態が想定された。ゼリシュエはアメミヤの体から放逐されたが、はたしてその霊魂は冥界に帰ったのか。なにしろ千年も魔力マナモビルの中に閉じこもっていたような男である。その執念は計り知れない。


「……近い将来、また出合うことになりそうだな」


「その時は素直に敵であってほしいものだ。変に味方面みかたづらされては面倒極まりない」


 ギラザンガやグレンザムにとって雄敵と一戦交えることは望むところであるが、厄介なのは獅子身中の虫だ。ジャハンナムのように内部分裂を起こし、身内同士で争う愚はおかせない。


 朝焼けを背にしてルシファリアが彼らに向き直った。その顔には迷いがなく、新たな決意が滲んでいる。


「まんまとカノンの機罡獣共に出し抜かれたことは腹立たしいが、所詮は大事の前の小事。ヴァイダムは目下西方社会オクシデント侵攻作戦の只中であることを忘れるな。新たな攻撃編成は後日伝える。それまで各員は英気を養い、体調を整え魂力ヴェーダの回復に務めよ。我らの戦いはこれからじゃ」


 居並ぶ魔戦士ディアゲリエ各々おのおのに腕を振り上げ、大声を揃えた。 ――ゴー・ヴァイダム!


「……ゴー、……ダム……」


 シェランドンがむにゃむにゃとつぶやいた。空気を読まない大男を蹴飛ばそうとする魔戦士に、ルシファリアは放っておけと言い放つ。


「せいぜい今は夢を見てるがいい。この先は鬼哭啾々きこくしゅうしゅう*たる激戦じゃ」


 そして解散を命じた。






*鬼哭啾々きこくしゅうしゅう 成仏できない霊魂がこの世をさまよい、泣いているさま。悲惨な状況や恐ろしい気配をあらわす。

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