銀に光る双眸
「
烈焱の火龍が吐き出した炎の中に消えた部下の名を口にするゼリシュエだったが、そこはもうもうと黒煙を立ち上げるばかり。
「これで龍の姉妹の楔は解かれたぞ、ゼリシュエ。まだ世迷い事を続けるかのう」
「あれほど怨嗟を振りまいていた龍と手を組むとは見下げ果てたものだな、ルシィ。だが、この体が龍の使役者であることは変わらぬ事実。俺がこの男の中に入っている限り龍は俺を攻撃できん。むしろ俺の命令を聞く最強の手駒だ」
「これ以上兄様の体で品位を貶めるような発言はお控えくださいまし」
「ぬっ、これは……!」
こちらは水龍の化身、碧玉の神通力だ。ゼリシュエは水の中にいるようであり、手足は排水溝に吸い込まれるが如き力に囚われている。テリヴルヒの敗北でうっかり油断していたとはいえ、
「この俺をこうまで容易く絡め捕るか!」
近寄ってくるヴァイクロン兵を切り伏せながらルシファリアは碧玉の
ゼリシュエは彼女を
紅玉は憎たらしいが、碧玉のことはむしろ可愛いとすら思っている。この者が魔星を授かり、我が腹心となってくれれば魔王軍は安泰なのじゃが!
ゼリシュエの前に和装の女が出現した。それが碧玉の仕業であることは見抜いているのだが、美しい女の姿に一瞬見とれてしまった。かつて世界中で浮名を流したゼリシュエであるので、関係を持った女の一人かと思ったが、覚えがない。
だが心の奥底に封じ込めたもう一つの人格は明敏な反応を示した。
「か、……さん……」
なに? よく聞きとれなかったが、ゼリシュエの意識にそんな声が届いた。それはこの体の元の主、ケンプ・アメミヤだ。
まったく小癪な水龍め、今時の女は魔剣に喉元を貫かれたぐらいでは堪えないらしい。いずれこの報いを受けさせてやるが、今はアメミヤの意識を抑えねば。
しかし、止まらない。このアラヤシキの手を煩わせるとは、それほど思い入れの強い女なのか!
「その方はケンプ・アメミヤの母。そして
「なに……?」
「兄様の意識が沈んでいく寸前、姉様はわずかに母親を呼ぶ声を聞いたと言っておりましたの。伊予様は兄様を身籠りました故にお役目を退かれましたが、それまでは雨宮一族において最も霊験あらたかな巫女でした。つまり、龍の使役者だったのですわ」
「なんだと……」
ケンプの沈みかけた意識に一つの情景が浮かんだ。故郷、
伊予が龍の使役者を退いた時、
龍の機罡獣である
ここで頭角を現したのが雨宮香織。後に
香織は生まれた時から鋼玉の声を聞くほどに
「そんなにいうなら
その日からまだ物心も付かない継之助が巫女の修業に参加することになった。巫女とは、と頭を抱える香織の思惑はともかく、彼女もまだ若かった。うまくいかないこと、できなかったことを他責に任せる態度も見受けられた。
――だいたい、あんたが生まれたせいであたしがこんなこと言われるんだ!
そんな
だが、そんな継之助もまた、心の中にふつふつと負荷を抱え込んでいたのである。
香織が十四歳、継之助が九歳の時だ。いつもの如く修行に明け暮れ、音を上げる継之助を香織は叱責した。するとそれまでの我慢が爆発したのか継之助が怒り散らかし、猛然と香織に襲い掛かってきたのだ。
「な、何だ! この人外な膂力は――ッ」
いつもの癇癪とはわけが違う。黒い髪と青い
「おやめ、継之助! また物置小屋に放り込まれたいのかい」
言ってみるも結果は火に油。全力で抗うが手も足も出ず、散々に打ち据えられて膝を屈し、ついに香織は死を覚悟する。あわやここまでか、と思われた時に彼女を救ったのは若干六歳の妹、詩織であった。
「――!」
離れで一人読書に
実はこの時、既に詩織の
「え⁉ し、詩織⁉」
詩織も夢中だったので覚えていないが、離れから一瞬で香織の目の前に出現したのだ。姉の驚きは大層なものだったが、幼い妹は銀髪銀眼で暴れる従兄に果敢に立ち向かった。
「兄様! どうかお気をお鎮めになって……」
香織を背後に詩織は両手を前に突き出す形で神通力を用い、狂暴化した継之助の体を抑え込んだ。そして幼い体で必死に呼び掛けるのだが、継之助は悪鬼羅刹に憑かれたよう。火山が噴火する勢いで魂力を吹き出す継之助に詩織の抵抗も限界だ。
「継之助! 詩織まで手にかけようってんなら、このあたしが容赦しないよ」
幼い妹に触発された姉が意地を見せ、半ば折れた木刀で立ち向かう。だが憎しみの権家と化した継之助の力が勝り、姉妹共々無慈悲な力の前に翻弄された。
「姉様、このままでは兄様の体も……」
肥大化する力は継之助にも多大な負担をかけ、このままでは誰もが力の奔流の中に滅してしまう。
「
ケンプ(継之助)と意識を共有するゼリシュエは彼の見る夢を興味深く鑑賞していたが、この絶体絶命の場面に介入した超常的な存在には思わず声を出した。彼らの前に現れたものこそ、カノンの機罡獣。蒼穹の覇龍であった。
龍の神通力が三人を包み込み、別次元の異空間へと誘った。
「ふふふ、これは面白い。水龍め、アメミヤに自我を取り戻させ、この俺を追い出そうという腹であろうが、そう思い通りにはいかんぞ。まったくどいつもこいつもアラヤシキを甘く見過ぎている。最後に笑うのが誰なのか、とくと見ているがいい」
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