第13話 すれ違い

 宿場町に、フェート達が到着する数刻前。


「朝から仲良しだねぇ。はい、これ、アルマに手紙来てたわよ」

「ありがとうごさいます」


 一通の手紙を受け取り、差出人を確認したアルマの顔から、先程までの清々しさが消え失せた。


「シュ、シュウゲン!」


 持ち場に移動し始めていたシュウゲンは、突然大声で呼び止められ、驚き振り返った。


「どうしたんだ?」

 アルマの表情を見たシュウゲンは、すぐに駆け寄り何があったのか尋ねる。


 そんなシュウゲンに手紙の差出人が、音信不通になっていた友人からだと伝え、恐る恐る封筒を裂き、中身を確認した。


『助けて………』


 それは、洗脳が解け正気に戻ったことがバレてしまったと、助けを求めるものだった。


「ど、どうしよう…」


 シュウゲンは慌てるアルマに何を言うべきか、口の中で言葉を紡ぎ呑み込むという動作を何度も繰り返した。


 これが、罠の可能性である事に、当然気が付いていた。

 だが、これも呑み込んだ。


 自分なら何とか出来るという慢心が、無かったとは言い切れない。

 アルマに頼られた事に、浮かれてしまった事は否定できない。

 エレ姉やフェートさんに、劣等感を感じていた事は隠しておきたい。


 それでも、だから、結局、口から出たのはこの言葉だった。


「助けに行こう」

「うん!わたし、流車とってくる」


 シュウゲンの言葉に後押しされたアルマが、足を縺れさせながら走り出す。


 友人を救う為、二人を乗せたクロムゾンレッドの流車が、雪割市を飛び出していった。


 ーーーー


 宿場町にある協会支部の受付には、誰も居らずフェートは受付カウンターにあるベルを無視し声をかけると、奥から不思議そうに中年男性が出てきた。


「おおう、どうした?そんなでかい声出さなくてもいいだろ」

「すまない、エレ・グラッシュの代理で来た。街道外れの廃坑道の件です」


 フェートは、手短に何があったか報告を済ませた。


「そうかそうか、それなら良かった。いやー助かったよ、ほら、どこも人手不足だろ?最初はうちに依頼が…」


 中年男性は聞いてもいない言い訳を、ダラダラと始めそうになったので、フェートは打ち切らせてもらう。


「それよりも、表に停まっていた流車は、」

「あれか?雪割市の奴が停めてったぞ、なんか人を探してるって」


「どこにいったか分かりますか?」

「ああ、ほら、最近流行ってるって聞くだろ。神人様以外を信仰する…」


「二人は、何処に、行ったか…わかりますか」

「え、あ、本街道を左に…」


 フェートの使った剣幕が、中年男性に無駄話をさせずに道のりを引き出させた。


 行き交う人々には申し訳ないが、風を巻き上げ走り抜けていくと、東西、南北に延びる二本の本街道が交差する広場で、エレが待っているのが見えた。


 フェートはスピードを緩めること無く走り抜けることを示唆すると、エレもそれに気付き並走してくれる。


「何かあったのか?」

「アルマ達が狙いの可能性が出てきました」


 怪訝そうにするエレに、協会支部にアルマの流車が停まっていたこと、それがどう繋がるのか、去年の暮れにあったことを説明する。


 恐らくこれは、アンナとエレの接触に対して何かしらの手を打ちたい反対派と、神人の後釜を狙う新興宗教団体が、利害の一致を見せた結果だ。


 恐らく、去年の出来事から目を付けられていたアルマがターゲットとなり、新興宗教団体はアルマを消しつつ、反対派にも恩を売り、両者はアンナの妨害ができる。


 そして、それをエレというリスクが居る中、実行するのはアルマ達が人質として機能し、エレにも対抗できると踏んだのだろう…


「場合によっては、エレも対象でしょう」

「わたし…というより何でも屋が、だな」


 国境なき何でも屋は、各地で新興宗教団体に探りを入れているので、良い印象を持たれていない。また、弱者救済という面でも被る為に、彼らにとって目の上のタンコブといったところなのだ。


「フェートの推測、当たってるかもな」


 第一次転生計画が成功し、実際に動き始めたことで、これまでは遠巻きに見ていた組織が直に動き始めたのかもしれない。

 

 これから、世界情勢は少しづつ苛烈になっていくのだろう。

 その流れを作る悪意ある者たちなのか、この扉の向こうにいる人物に聞かせて貰おう。


 協会員から教えてもらった場所には、大きめの採光窓が付いているレンガ作りの建物があった。

 辺りを警戒しながら扉を開くと、部屋の中には長椅子がずらりと並び、その先に立っていた男性が、こちらに振り返った。


「おや、どうなされました…!?」

「ああ、わたしの連れが来てたはずなんだが見てないか?」


 エレが司祭と思しき男性と話し始めたので、フェートは部屋の中を勝手に見て回らさせてもらう。


『あの男、隠しているな』

 呼吸、心拍、皮膚電気活動、複数のバイオフィードバックが、エレに取り繕う男性の心情を詳らかにしている。


 フェートは男性を横目に、部屋の奥に進んで行くと、破損している長椅子に気が付いた。

 明らかに経年劣化ではない、ごく最近、強い衝撃が加わったものだ。


 その付近の床から、奥の本棚まで点々と続いているものがあった。

 それは、争ったであろう時に付着した血液で、必死に拭き取った様だが、フェートには視えていた。


『血中成分が、特定の光を多く吸収する事を、知らないのだろう』


 本棚の前まで行くと、血痕が本棚と床の間に挟まれる様に、不自然に付着していた。


「すみません、この本は手に取っても良いですか?」

「えっ、ええ、まぁ……いや、そこの棚、最近、建付けが良くないので離れて読んでください」


 司祭は、あまりいい顔をしなかったが、怪しまれないようにしたのか、手に取ることは許可してくれた。


 このやり取りの意味をエレは察し、司祭との話を中断して、こちらに近づいてきた。


「何か分かったか」

「はい、直近で争った形跡が本棚まで、それとあの裏に地下に繋がる通路が視えています」


 エレは、隠し扉となっている本棚とフェートを交互に見比べると、何かを納得し、急に声を荒げた。


「お前が、あいつ等がここに居るって言うから来たのにいねーじゃねぇか!何度目だよ!」


 エレは唐突に何のことだか分からないことを叫び、フェートに向かって拳を振り上げていた。


「!…この角度は、」


 フェートは避ける事も、耐える事も出来た。


 だが、エレの放った拳が何を物語ったのかを理解したフェートは、その強烈なインパクトを利用しながら後方へとぶっ飛ぶ。


 申し分のない質量と速度が、隠し扉となっていた本棚を破壊し隠された通路が露わとなった。


「ちょ、ちょっと、何やってるんだ!」

 二人の高速の連携が見えなかった司祭は、何が起きたのか理解できず、怒声をあげることしか出来ずにいた。


「いや〜すまない司祭さん、ついカッとなっちまってよ。ちゃんと弁償するから、デカい穴も空いたみたいだしな?」


 そう言いながらエレは、その身でフェートを司祭から遮り、後ろ手に先に進むようにハンドサインを出していた。


 それよりも早く、フェートは辺りに舞う埃を更に巻き上げ、薄暗い地下通路に続く階段を駆け降りていた。


 地下通路には、所々明かりが設けられていたが薄暗く、いくつかの分岐が存在し迷路状になっていた。


 明らかに、地上の敷地以上に広げられた地上通路は、恐らく違法に建造されたものなのだろう。


 その人を寄せ付けない作りの中でも、フェートは迷わない。


 床の劣化具合から見える利用状況、最新の人の出入りの跡、風の通り道、音の反響、そして血痕。


 それらの全ての状況を分析し、正しいルートを推測するフェートは、立ち止まることなく更に加速していく。


 そんな中、フェートはふいに、通路の曲がり角に出来た暗闇に向かって、投擲ナイフを放り投げた。


 それは、あまりスピードが乗っておらず、カチンと音を立てて地面に落ちた。


 それに、どんな意味があったのか。


「見えているぞ」


 フェートは、そう言い残し通り過ぎて行く。


 これは、警告だ。


 投擲したナイフの軌道スレスレに、『隠れ蓑』の術式で、闇に潜むものが居たのだ。

 しかし、マナや術式の恩恵を得られないフェートとて、それが光の屈折や反射、吸収など、最終的に物理現象に帰結するのであれば問題なく対処出来る。


 前置き無く、首筋をなでる様に飛来した投擲ナイフに、首の皮一枚切り裂かれた男は、部外者の排除どころか、立ちすくみ後を追いかけることすら出来なかった。


 見張り役がいたことを考慮すると、正解のルートを選んでいる可能性が高くなってきただろうと考えていたところ、今までにはなかった重厚な作りの扉の前に到着した。


 中に、5人…と、もう一人の人間が跪き囲まれていた。

 フェートは躊躇することなく、我々流の特大物理ノックをかまし、吹き飛んだ扉ごと入室する。


 突然の破砕音に、全員の視線がその原因である侵入者に集まり、部屋の中に居た一人だけが、その見覚えのある人物に、息も絶え絶えに口を開いた。


「ヘぇ…ェぇほ、hあん」


 きっと、私の名前を呼んだであろう人物が、誰なのかは入室前から想定出来ていた。


 そして、その人物が助けを求め手を伸ばしたのを目にした瞬間、形式上中立判定としていた他の五人の、敵味方識別判定が切り替わる。


 それは旧来の敵味方識別装置:IFFから、質問、応答という工程がAIの台頭によって省かれ、セルフ・インタロゲーション・モードを搭載した機体にのみに許された自律識別評価。


 IFF : Mark F モード09

  ーー人型、5…敵性評価…オールレッド

 共通脅威性評価システム:CTSS

  ーーデータ不足……暫定評価…評価基準値未満


「何だ、おまッッ!?」

 無意味な煽り文句を聞く気も無いし、アルマが人質になっていることを、脅させるつもりなど無い。


 一番手前にいたお喋りな男との間合いを、一瞬で詰め、一撃で意識を刈り取った。


 殺しはしない。重要な情報源であり証人である。

 無論、それだけではないが…


 こちらの巡航機動を、全く追えていない男達は、目の前で仲間の一人が地面に倒れ込んだところで、慌てて戦闘態勢に入った。


 慄き後ずさる様に距離をとった一人が、こちらに手を向け大きく息を吸い、呼吸を調える。

 恐らく、術式の展開準備だろう。

 しかし、フェートとの間に他の三人が位置取ってしまい、狙いを定められずにいた。


 そんな連携という言葉を知らない三人は、何か叫びながら、独りよがりな攻撃を繰り出そうとしていた。


 一般的な成人男性の運動の力と比べれば(地球人類比)、確かに強力で鋭くはあるが、この程度であれば軍用アンドロイドは歯牙にもかけない。


 一人目の男が繰り出す拳が伸びきるよりも早く、右ストレートでカウンターで入れると、そこに被るタイミングで二人目がナイフを振り下ろそうとしていた。

 それを、半身一つで躱し、掌底で顎を強打する。


 二人が倒れてしまっているにも関わらず、そのまま背後に回り込もうとしている三人目。

 フェートは、それとは逆方向に体をひねり回し、その勢いで左ハイキックを三人目の頭部に衝突させた。


 後方で一人残された男は、邪魔だった三人があっという間に倒れてしまった事に動揺していたが、流石に術式を使用する人間は警戒すべきで、真正面から接近したりはしない。


 左右にフェイントを掛けこちらを見失ったところで、間合いを一気に詰め、管理し易いように他の男たちの所に蹴り飛ばした。

 吹き飛んだ男が意識を失ったことは確認し、シュウゲンの所に駆け寄る。


「シュウゲン、大丈夫ですか」

 フェートは片膝を付き、シュウゲンを抱き支えると、負傷の具合を細かく確認する。


 この表現が適切でないことは分かっているが、あえていうなら幸いにして、あの男たちの悪意がシュウゲンを痛めつけ弄ぶことを優先したが故に、命に係わる程ではなかった。


 とは言え、全身の打撲に切り傷、出血、脱臼、数か所の筋繊維の断裂や不全骨折、その痛みにシュウゲンは、息絶え絶えになっている。


「フェート、だいじょうぶ…なのか?」

 最低限の応急手当をしていた所に、小走りで入ってきたエレが、フェートからシュウゲンへと視線を移し心配しながら側に寄ってきた。


「はい、直ぐ様には」

「そうか…、シュウゲン辛いだろうが、アルマの居場所だけ、分かるか?」


 痛みに耐えていたシュウゲンも、二人の顔に安堵し力が湧いたのか、震えながら何処かを指差そうとした。


「…いや、もう大丈夫だ」

 力を振り絞るシュウゲンの手を、優しく制止するエレは立ち上がり、部屋の隅に視線を送る。


 そこには、こちらをにこやかに睨め付ける黒ずくめの男が、扉枠に寄りかかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る