第8話 人工信仰
協会支部にある貸出部屋。必要最低限のものしか無かったその部屋に、不釣り合いな可愛い小物が飾られるようになった。
今、私がお湯を注いでいるティーポットもそう、フェートさんにおすすめしたものだ。三人でティータイムにでもと思ってたけど、ちょっと思ってたのと違ってしまった。
でも、二人が話を聞いてくれるって言ってくれた時、凄く嬉しかった。
私が困った時、いつもシュウゲンは親身になってくれる。
協会に入会を希望した時も、色々と相談に乗ってくれた。それに、孤児院育ちでなんの取り柄も無かった私と、協会での役割を一緒に考えてくれて、特別待遇を望んでいなかったアンナ様を説得して、世話役に推薦してくれた。
どうしてそこまでしてくれるのか…もちろんわかってる、私だって同じ気持ちだし。
でも、この気持ちを言葉にしてしまっても良いのかわからない。だって、シュウゲンは本当はこの街を出て国境なき何でも屋に参加したいはずだから。
それなのに…
「何があったか話せるか?」
フェートさんと入ってきたシュウゲンは、席に着くと優しく問いかけてきた。
「う、うん…でもそんなに深刻な話でもないんだよ、心配は心配なんだけどね」
そう前置きしてから、二人に何があったのかを説明した。
孤児院にいた時からの友達が、去年の夏にノヴァネクス共和国の第二都市に行ってから、音信不通になってしまっていた。
それが、何日か前に雪割市で見たって人がいて情報をくれた。
友人は最近、他国で流行ってる新興宗教の布教活動してたって。
それで時間がある時に、布教活動をしてる人を探していたらあのビラ配りに出会った。
それで、話を聞いてみたらなんだかよくわからない、はぐらかされた感じ。
「なるほどな」
「だから、私が危ないめにあってるとかじゃないんだけど、孤児院を出た後も仲良かった友達だからちょっと心配で」
「その友人が新たな信仰に目覚めることに、違和感はありますか?」
「孤児院の子たちはみんなアンナ様の事が好きだったから…でも、不自然って訳でもないです。神人様が沢山いらっしゃった時代は、良くあることだったみたいなので」
「では、その新興宗教というのはどういうものなのでしょう?」
「詳しくは知らないんですけど、世界大戦後に生まれた信仰で、神人様が退去なされた心の穴を埋める為にできたそうです。その心の隙に入り込むやり方がいろんな所で問題になってるって聞きます」
「結構、過激な人もいるってのも聞きます。全員が全員というわけじゃないんでしょうけど…まぁそこが怖い所ですよね」
「そこ?過激な人物がいるという話…ですか?」
「え、いや全員がって所です」
過激でない人物も居ることが怖い…?
「なんて言えば良いんでしょう…同じモノを信仰しているのに全然違う答えになるのって不思議なんです」
なるほど、実在する神人を信仰してきた人たちは、信仰の解釈幅が非常に狭いのだろう。
そういった人達からすれば、実在しない何かを信仰した結果、全く違う解釈をする人達の、得体が知れないのは当然かも知れない。
「でも、アンナ様がいる雪割市で、あんなビラ配ってるのは初めてみました」
それが偶然なのか、何者かの意図したものなのか気にしておく必要がありそうだ。
「雪割市はやはりアンナさんの信仰者が多いのですか?」
広場にあった銅像からも分かりきった事ではあったが、話の流れがそちらに向いたのでそれに倣い他の情報が出ることに期待する。
「そうですね、アンナ様が転居かれてから、自然と増えていった感じです」
「それで計画の為に長い間雪割市にいるから、たまに神人様を独占するなって国外から批判がくるんですよ。だからアンナ様も計画の合間を縫って儀礼訪問に、アルマを連れて行ってますね」
「不安定な時代なので、誰かに寄り添って欲しい気持ちはよく分かります…でも、やっぱり人の弱みに漬け込んで入信させる新興宗教のやりかたは、善くないと思います」
「洗脳みたいなものはあるのですか?」
フェートの質問に、二人は顔を見合わせてから説明してくれた。
まず、人の心に働きかけるやり方として、単純に言葉を使ったものとマナや術式を使うパターンに分かれるという。
このマナを使うやり方、他者の体内マナに干渉して洗脳するという行為はタブー中のタブーだという。思想信条など関係なくほぼ全ての国で違法であり、国際条約も制定されている程だ。
なので、幼い時からその違法性を親や学舎で何度も何度も教わり、また体内マナへ干渉されないように、対抗手段も同時に教わる。
そうなったのも、過去に洗脳術式が編み出されたことで人間不信になり社会が機能しなくなってしまったかららしい。
なので、こういった話を人前ですること自体、あまりいい事では無いそうだ。
「あっ…なんでもありません」
色々説明してくれていた二人が、何かに気が付き漏れ出た言葉を濁す様に口に手を当てる。
「大丈夫ですよ…私も同じ事を考えていたので気にしないでください」
フェートは二人が何に気が付いたか、聞くまでもなかった。この世界においてはタブーかも知れないが、自身にとって優位性になり得る話なので、礼に失するなどということは無い。
とは言ったものの、この世界の常識の内側に居る二人には気まずい状況の様なので、話を変えてやることにする。
「そろそろ話を戻しますが、結局どうしましょうか?」
話を聞くに、あのビラ配りが私への直接的な工作員とは思えないので不用意に動く必要はない。あり得るとすれば、転生計画への妨害に側近のアルマが狙われたという線だが、それにしては雑な仕掛けに見える。
「皆さん、まだ忙しいはずなんで、個人的な話を報告してもいいんでしょうか」
アルマが躊躇するのも理解できるが、些細な情報でも報告を怠れば、大きな見落としに繋がることもあるだろう。上に立つ者が有能であれば、そう言った些細な情報も上手く取捨選択出来るはずで遠慮する必要はない。
「では、現状報告と今後の段取りを聞きに、アンナさんとダン支部長に会う予定があるので、その時に私の方から耳に入れておきましょうか?」
アルマは少し迷う素振りを見せるも、やはり不安だったようで提案に了承してくれた。報告に関してはこれでいいとして、アルマの身辺に関しては言わなくてもシュウゲンが請け負う筈…ああ、シュウゲンの身辺警護の提案にはアルマも素直だ。
話が一段落付いたので、紙袋から買ってきたパンとジャムをテーブルの上に並べ、食事を始めるように促す。
「ありがとうございます、いただきます」
「俺このサンドイッチ好きなんですよね、流石フェートさん」
二人がサンドイッチを、頬張る姿を見ながら飲む紅茶は既に冷めきっていたが、その時感じた香りは量子メモリの二次記憶領域に格納されていった。
雪割市某所
特に薄暗いと言うわけでもない、小綺麗なアパートメントの一室で、二人の男が部屋の隅で密談していた。
「どうしてそうなる?」
「わ、分かりません…」
「こうならない様に、孤児を利用したのでは?」
「…孤児院からの友人だと」
バカ言え…あの女は個人で流車が持てるほどの厚待遇、アンナの側近中の側近だぞ。わざわざ、幹部が直接動いたのは何故だ。
旧天文台消失の隙をつかせてもらったのは確かだが、まだ小規模なビラ配り程度の活動でなんら違法性は無い。
にも関わらず、幹部を寄越して圧を掛けてくるとは…
そもそもこの街の連中、あれだけの事件が起きてるのに批判的な人間が少なすぎる。計画に対して不信感を覚えたりしないのか?
「やり辛いったらありゃしねぇ…」
「そ、そうですよね」
「まぁいい、とにかく先ずは司祭様に指示を仰ぐから、今は大人しくしとけ。孤児どもは外に出すな」
「分かりました」
「それと、いつでも撤収出来るように準備はしとけ」
この街を任されたは、認められたからであって決して使い捨ての尖兵にされたからじゃねぇ。
偉そうにしていた男は、大きめの舌打ちをすると乱雑に扉を開け導師に報告する為、第二都市に向かった。
翌々日、あれからやはりというか、特にこれと言った動きは見られなかった。
シュウゲンとアルマは普段通り、今も協会で仕事をこなし、私生活にも支障は無さそうだ。
それら含め現状報告する為に、ダン支部長の執務室で席に着くところである。
「どうも、フェートさん。なかなか会えず、すみません」
「いえ、問題ありません。こちらは順調ですよ」
転生計画に携わっている者を見かける度に、山場の一つを迎えていることが容易にわかる。予定外の仕事を多分に増やしてしまったことは、申し訳なく思うが結果で返すので許して欲しいところだ。
「その様ですね。聞いていますよ、落涙草の除草作業で活躍なされてると」
「セーフティエリアが去年よりも確保出来そうで、市長も喜んでましたよ。もしかしたら来年の春の収穫祭には、萌水湖まで行けるかも知れないとね」
ダンの言い方が皮肉めいたものだった事から、それが何を意味するものかは予想できた。本当に収穫祭をする訳もなく、雪が解けて落涙草が成長するまでの間に一気に山狩でもするのだろう。
「萌水湖、私が先行して確認して来ましょうか?」
「確かにそれも考えはしましたが、フェートさんに何かあっては本末転倒なので…」
アンナの曖昧な返答にダンが空かさず、萌水湖を調査したい理由を補足してくれる。
先ず、そもそもの話だが落涙草の突然変異が、怪異であると断定出来ていない。かなり薄い線だが、自然な進化ということもあり得る。
それらの判断基準になる、怪異の定義として最も重要なのが何かと言えば、核となる何かが必ず存在するという事だ。
そして、その原因となる存在を排除出来れば、怪異は収まるのだが、残念ながら全てが元通りという都合の良いことにはならないのだ。
突然変異した落涙草自体は残ってしまうというのが大方の見立てで、除草自体は解決後も続けなければならないのだ。
それでも、常識外れの力が消失すれば、時間はかかっても元通りになる可能性が出てくる、そう言った事から調査を進め怪異と断定出来るなら、そうしたいのだ。
では、この落涙草の突然変異という怪異の核が、何処にあるのか。それは、落涙草の群生地として観光地にもなっていた萌水湖が、生息域の拡がり方から最も有力視されている。
ただ、厄介なのが怪異の核というのが、怪異によって全く異なり、また怪異全体の危険度と核の危険度にも大きな差がある事がしばしばだ。
そんな未知の脅威がいる可能性が高い場所に、フェートを送り込むのを躊躇するのは当然だろうが、本音を言えば、落涙草の毒をものともしないフェートに、誰もが期待し始めている。
アンナの返答が歯切れが悪いのもそういう事だろう。
「この街を出るまでの間、やれるだけの事をしたいと思ってます。なんでも遠慮せずに言って下さい」
フェートに気を使わせたとでも思ったアンナとダンは、何とも言えない笑顔で感謝しながら、特に命令することは無かった。
話のターンがこちらのにある内に、アルマの話をさせてもらうことにすると、市の方からも布教活動を確認していると、既に報告済みだった。
ただ現状、この街での彼らの活動に違法性は無く、表立って調査する訳にもいかないそうだ。
「本当に信じてる人達も居ますから、頭ごなしに非難は出来ませんし…」
「それに何より、隠れ信者が権力者側に居る事も想定しなければならない状況ですので」
結局、協会も同じ様に市内で出来る事は無いということだが、アルマが不安なら協会支部の貸出部屋を使っても良いと了承を得た。
「アルマには私の方から言います…」
況を鑑みれば致し方ない所ではあるのだが、アルマのそれに気づかなかった、そして気を遣わせてしまったことに、アンナは深く悔いていた。
「いま、どうしてます?」
「シュウゲンが警護に当たってます」
「それなら心配ない。いや、それはそれでぇ、」
アンナの気を紛らわそうとしたダンだったが、空気が読めてないことに気付き、直ぐ様言葉を飲み込んだ。
「因みに、捜索願い的なものはあるのですか?」
「余程身分の高い人物か大規模な事件性でも無い限り、個人を公的に捜索することは殆ど無いですね」
アンナの付き人と言えど、いち協会職員の友人の捜索は無理だそうだ。
「では、せめて友人の似顔絵をロビーの掲示板に貼らせて欲しいのですが」
「もちろん、良いですよ。それにそのビラ配りの見た目が分かるのなら、市の方にも渡しておきましょう」
ダンがデスクから紙とペンを持ってきてくれたので、その場で人相書きを作成し始める。
二人はフェートが今この場で描くと思っていなかったし、絵自体の上手さは知っていたが、それを全く同じに複数枚、あっという間に描き上げるフェートの技術に脱帽した。
「後は、こちらで掲示と配布をしておきましょう」
「絵描きで大勢できそうですね」
後に、噂を聞き付けた写本屋の女性が首都からやって来て、フェートを挿し絵担当に引き抜こうとしたのは、雪が辺りを覆った後だった。
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