第40話 事故物件の後始末

「……来たわね」

「……ああ」


 翌日よくじつの夕方――、全てが終わった幽子ゆうこ麗華れいか連絡れんらくを取り家にもどるよう指示しじした。

 自分をおびやかす悪霊あくりょうはもういない。


 麗華はむねでおろしタクシーに乗る。

 それから約十五分後、彼女は武山邸たけやまてい帰宅きたくした。


 門の前でタクシーをりると非常ひじょう憔悴しょうすいした様子ようすの一郎と幽子が、すわりながら彼女を出迎でむかえた。


「お二人ともお疲れ様です。それで、本当に私の家は……?」

「何とか浄化じょうかできたわよ……」


「ありがとうございます! あの、非常にお疲れのようですけど……」

後始末あとしまつに昼までかかったからね……」


「ゴミはめずにこまめに出しなさいよ? まったく、焼却炉しょうきゃくろまで何往復おうふくしたことか……」

「…………! す、すいません、お手をわずらわせてしまって! ……ゴミ、出したんですか?」


「出したよ。俺の運転で」

車庫しゃこのトラックを使わせてもらったわよ。勝手に使ってまずかった?」


「……いえ、大丈夫です」

「霊があばれて色々こわれちゃってね」


「PCや機材きざい、ベッドに部屋のドアなんかは完全に再起不能さいきふのうよ。にわに出しておいたから後で確認して。あそこにならべてあるから」


 そう言って幽子が庭の一角いっかくした。

 来客用らいきゃくよう駐車場ちゅうしゃじょう、そのすぐそばに今言ったものが並んでいる。


 PCや撮影さつえい用の機材はまだ原型げんけいとどめているが、ベッドとドアは元の形が分からないほど粉々こなごなだった。


「あのゴミ、早いところ捨てた方がいいわよ。悪霊って不浄ふじょうなものや場所を好むから」


「ゴミは溜めずに、掃除そうじ頻繁ひんぱんに。それが俺たち一般人にとって、最良さいりょう防霊術ぼうれいじゅつなんだってさ」


「そうなんですね。では、これからはそうさせていただきます」

「それじゃあ中に入るけど、結構けっこうショック大きいかも」

「ある程度ていど片付かたづけたけど、覚悟かくごはしたほうがいいよ」


 そう言われて身構みがまえた麗華だったが、家の中に入ってみて少し拍子抜ひょうしぬけした。

 たしかにらされてはいたが、充分じゅうぶん許容範囲きょようはんい内だった。


 自分が逃げ出した時よりも壁紙かべがみがれていたり、絨毯じゅうたんやぶれていたり、ガラスがゆかころがっていたりはするがそれだけだ。


 あれだけ大きな黒いもや怪物かいぶつと戦ったのに、家が半壊はんかいしていない。

 それだけで充分だ。


「さっきも言ったけど、部屋のドアは片づけたからね」

「霊が投げた衝撃しょうげきで壊れちゃって、どうにも直せなかった」


「そういうことなら仕方しかたありません。気にしないでください」

「ベッドも真っ二つだから片づけたけど、今夜るとこどうするつもり?」


「そうですね…… 二日続けてお世話せわになるのももうわけないですし、今日は実家に帰ろうと思います」


 部屋の中を確認しながら麗華が答えた。

 客間きゃくま布団ふとんなどは無事だろうが、こんな荒れてた家に住みたくない。


 多少通学時間はびるけど、都内の実家から通うのがベストだろう。

 明日にも業者ぎょうしゃ手配てはいして、早速さっそく修繕しゅうぜんを始めよう。


 壊れた配信用の機材なども買わないといけないし、やることが多い。

 いつもよりストレスがたまるだろうし、美容のためにも体調管理かんりに気を付けないと。


「この度はありがとうございました物部もののべさん。それで、報酬ほうしゅうの方なのですが、いくら払えば……?」


「ああ、それなんだけど実は彼女、陰陽師おんみょうじと言ってもまだ見習みならいでさ」

免許めんきょまだ持ってないのよ。だから金銭的きんせんてきなものは受け取れないの。ごめんね、言ってなくて」


「いえ、そんなこと……」

「それでね、武山さん。お金をもらうことはできないけど、お金の代わりになるものをいただきたいなあって思うんだけど……ダメ?」


「もちろんかまいませんよ。むしろもらってくれたほうが気が楽です。命をかけて除霊じょれいをしてくれたんですから」


「ありがと♪ それじゃ早速だけど武山さん、一緒に来てくれる?」

「あ、はい。でも、どこへ?」

「すぐにわかるわ」


 麗華の背中せなかを幽子が押す。

 心なしか背中を押す手に力が込められているように思える。


「あの、物部さん。ちょっと聞きたいんですけど、物部さんが欲しいお金の代わりになる報酬って――」


「気にしない気にしない。すぐにわかるわよ。ね、一郎くん?」

「……ああ、そうだな」


 そう答えた一郎の声はどこか重いような気がした。

 麗華は幽子に押されるまま階段を下り、そのまま一階おくにある風呂場へとみちびかれる。


「え? お風呂場……? 何で……?」

「すぐにわかるわ」


「で、でもタオルとか用意してないし……」

「気にしない気にしない」


「そ、それに、何か変なにおいが……」

「気にすんなって言ってんのよ! いいから入れ! あんたにはれたにおいでしょ!」


 前になかなか進もうとしない麗華にとうとう幽子がキレた。

 背後から首根っこをつかみ、前方に向かって思いっきりばす。


「一郎くん! 開けて!」

「はいよ!」


 幽子の合図あいずで一郎が脱衣所だついじょのドアを開ける。


「キャアアアァァァァッ!」


 麗華はそのまま空中を飛び、すでに開いていた風呂場の中へ。


 ――ドボォォォン!


 湯船ゆぶねたたまれ、大きな水しぶきを上げる。


「ゲホッ! ゲホゲホッ! いきなり何するんですか!? いくら命の恩人おんじんでもうったえます……よ?」


 湯船から上がり、風呂場にある鏡を見た時、麗華は気づいた。


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 血……血血血血血血血ィィィィッーー!?」


「落ち着け。それはきみの血じゃない」

「あんたがそこに保管ほかんしてたヤツをぶっ込んだのよ」


 幽子がサウナを指ししめす。

 サウナのドアが開いていた。


「え……? あ…………?」

「ナイフ、注射器ちゅうしゃき、ロープに麻酔ますい。サウナとか大嘘おおうそじゃない」


「実家が美容びようクリニックで自身は医学部。注射器のあつかいはお手の物ってわけだ」

「あ、ああ…………ああああぁぁぁぁぁぁーーっ!」


 見られた。

 見られてしまった。


 絶対に見られてはいけないものを。

 知られてはいけないものを。


 真っ赤な液体が入ったびんもてあそぶ幽子目掛めがけて麗華が奇声きせいを上げて突進とっしんする。


 大事なものを取り戻すべく手を伸ばすが、簡単にいなされた挙句あげく、再び真っ赤な湯船に投げ飛ばされる。


「返せ……返せえええぇぇぇぇぇーーっ!」

「別にいいわよ。全部話を聞いたらね」


 幽子は近くにくだんの瓶を置くと、ゆっくりと麗華に近づいた。

 彼女の目の前でしゃがみ込むと、右手でかみの毛を引っ張り上げながらドスのいた声でせまる。


「あんた、何の目的でこんなもの作ったわけ?」

「……………………っ!」


「これ、全部犬の血でしょ? ゴミ袋に入ってた犬のミイラもあるし言いのがれはできないわよ?」

「………………」


埋葬まいそうする前にしっかりと写真もった。無かったことにはできないぞ」

「………………ッ!」


 麗華が無言で目をらした。

 幽子は軽くほおを引っぱたいて、再び視線を自身に向けさせる。


「ねえ武山さん、動物虐待ぎゃくたいって立派な犯罪よ? どうしてこんな残酷ざんこくな虐待したのか説明してもらえる? さもないと……私があなたを虐待するわ」 


 明らかな霊障れいしょうがあった後だし、異常な動物虐待の証拠しょうこもある。

 いわばここはいわくつきの事故物件じこぶっけんだ。


 なので、今ここでなら人知れず彼女を始末しまつしても証拠は残らない。


「悪霊に人権はない……けど、悪人に人権はある。私ね、常々つねづねこれおかしいと思っているのよ。悪霊に人権がないなら、悪人にも人権はないとすべきでしょう? 悪い奴は始末されて当然。ねえ、そう思わない? 武山さん?」

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