第38話 武山邸再び

 武山邸たけやまてい到着とうちゃくした二人はあずかかっていた鍵で玄関を開けると、真っ先に麗華れいかの部屋へと移動した。


 玄関げんかんホールから階段を上り二階に上がった瞬間、幽子と一郎は重苦おもくるしい気配けはいを感じ取る。


「何だ、これ……? 俺でもわかるくらいやばい雰囲気ふんいきだぞ」

「ものすごいうらみが二階をおおっている……武山さん、一体何をやったのよ?」


 そこに居るだけで気分が悪くなる。

 一郎はき気をこらえながら幽子の後に続いた。


「大丈夫、一郎くん?」

「……ああ、まあ、このくらいなら何とか」


「車で待ってることができればいいんだけど」

「そこをおそわれたらどうにもできなそうだよな。ロクもいるけどこれはさすがに……戦闘力は普通の犬とそう変わらないし」


 ――キュ~ン。


 影の中から申し訳なさそうなごえが聞こえた。

 二人は「気にするな」と、影に向かって声をかける。


「部屋の調査が終わり次第しだい結界けっかいを作るわ。もうちょっと我慢がまんしてね」


 そう言い、幽子は麗華の部屋のドアを開ける。


「これは、想像以上にひど有様ありさまね……」

「どれどれ………………うわぁ」


 麗華の部屋は、二人の想像の三倍は酷い状況じょうきょうだった。


 身代わりだったシロクマ人形は耳、鼻、目、手、うであしすべてバラバラに引きちぎられ、部屋のあちこちに部位ぶい散乱さんらん

 胴体どうたいからはみ出した綿わたはまるで臓物ぞうもつのように見える。


 彼女が使っていたPCや配信用の機材きざいは、鈍器どんきなぐられたかのようにグシャグシャだ。

 これではもう使えない。


 麗華が毎日使っているであろう大きな鏡は全体にヒビが入って使用不可能。

 ベッドも真ん中から真っ二つにされており、とても眠れるとは思えない。


 そして、何より印象的いんしょうてきなのは――

 部屋のゆか天井てんじょうかべきざまれた大きな爪痕つめあとだ。


 こんな巨大な生物は地球上に存在しない。

 間違まちがいなく黄泉よみの世界の何かだろう。


「何の爪だよこれ……?」

「多分だけど犬ね。うらみのねんで相当大きくなってる」


「最近何かと話題わだいくまですら喰い殺せそうな犬だな……」

「ここまで大きいとできちゃうかも……」


「それだけのことを武山さんはやったってことか」

「うん……でも、何をすればここまで恨みを買うのかしら?」


「考えられるのは動物虐待ぎゃくたいだよな」

「それは確定でやっているでしょうね。裏庭うらにわのワンちゃんたちのおびえ方もそれで説明がつく。けど、ここまで恨まれることとなると内容が想像もつかない」


「裏庭の犬たち、何とかしてやりたいな」

「ええ、そうね……かといってそのままがせばまた保健所ほけんじょだし」

「親父にたのんで飼い主を探してもらうか」


 事情を知って、その上で大切にしてくれる新たな飼い主を探すのは簡単かんたんなことじゃない。

 だが、犬たちのためにもそうするべきだ。


 せっかく命が助かったその先で、地獄じごくを見るのは可哀想かわいそうすぎる。

 あの犬たちは今まで充分じゅうぶん苦しんだのだ。


 なら、これから先は幸せにならなければならない。

 そのために、自分たちのできることをしよう。


「さて、気を取り直して……と。とりあえずベッドのあたりに結界をって……と」


 幽子が口紅くちべにを使い、床に大きな紋様もんようえがく。

 最後にパンッ――と柏手かしわでを打つと、一気に部屋の空気が浄化じょうかされた。


 特に紋様のある一区画いっくかくがまるで神殿しんでん、もしくは神社じんじゃの中にいるような神聖しんせいさを感じる。


「よし、休憩場所きゅうけいばしょ確保かくほ完了。次は持ってきた身代わり人形を……ここら辺かな?」


 幽子は結界の反対側に身代わり人形を置いた。

 そして人形をかこむように、新たな紋様を床に描く。


「それは?」

捕獲ほかく用のわな。そろそろ日がかたむいてくるから、喰い殺しに来た時のためにね」


「捕獲用……やっぱりサンドバッグにするのか?」


「んなわけないでしょ! 車の中でも言ったけど、私は罪のない人を苦しめる悪霊あくりょうや人外をイジメてボコして精神的にめて、『死んだ方がマシだ!』『殺してくれ!』って思わせた上で、感謝かんしゃされながら残酷ざんこくに虐殺するのは大好きだけど、思いっきり罪のある人間を恨んで化けて出てきた霊にそんなことしないわよ!」


「お、おう、そうか……じゃあ、何でつかまえるんだ?」

「武山さんに何をやられてそうなったのか教えてもらうため。あの人、絶対に言わないでしょうし、被害者本人から教えてもらうのが手っ取り早いから」


「なるほど。でも、恨みでこんなに巨大化した相手だぞ? そもそも会話が成立するのか?」


「させてみせる……って言い切れればかっこいいんだけど、正直五分五分ごぶごぶってところね」

「失敗した場合は?」


「いつもみたいに力で解決……あーっ! でも今回それ本気でやりたくないわ! 私動物好きなのにーっ!」


 説得が失敗した時を想像し、幽子は頭をかかえた。

 そして軽いストレス解消かいしょうのために、セットした身代わり人形(鏡の悪魔)を一発殴った。

 グエッ――と、かえるのような声を上げる人形。


「ここでできるのはこれくらいね。一郎くん、他の場所も見て回るけど付いてくる?」

「ああ、もちろん。付き合うよ。で、どこに行くんだ?」


「お風呂場と裏庭」

「その理由は?」


「状況から見て、武山さんが何かをした可能性が一番高い場所がその二つだから」


 風呂場のサウナ。

 裏庭のドッグラン。

 どちらも麗華が何かを残してる可能性は高い。


「一郎くん、どっちから行きたい?」

「裏庭。外だし空気的に少しはマシだから」

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