第43話

「こんなことして、どうなるか……分からない訳ないでしょ」


 紅月の声は震え、嫌なものがせり上がってくるように胸が詰まる。そんな紅月を白瑛は鼻で笑った。


「もちろん」


 綺麗な顔に張り付いた笑みが禍々しい。白瑛の口から出た蠱毒という言葉に、その場にいる者は割れた甕の理由を察し凍りついた。


「妃たちをそうやって殺したの⁉」


 紅月の中に怒りがかっと湧き上がる。


「なんで……なんでそんなこと。白瑛はこれからじゃない」


 薄暗い後宮書庫から出て、寵姫の世話係としてきっと出世をしただろう。なのにこのような大それたことをして、どうしたのか。


「私のこれから……それに何の価値がありましょう。私はずっと死んだようにして生きてきました。そこの、皇太后に男でなくされてから」


 紅月はちらりと背後の皇太后を見た。皇太后は紅月の視線に、小さく首を横に振った。


 その様子を見て、白瑛はくすりと笑い、部屋の中央に進むと、椅子に腰かけた。


「せっかくだから私の昔話でも聞いてください。……最後だから、ね」


 ぞろりと白瑛の背後に百足が蠢く。足を組み、深々と椅子に身を預け、白瑛は過去を振り返るように天井を仰いだ。


「私の一族は謀反を企んだ咎で一族郎党処刑されました。今となってはそれが本当なのか、冤罪なのか、確かめる術もありませんが……。私は首謀者の末っ子の八男でその頃は七歳。何が起きたのか、わかりませんでした。処刑の理由は後から周りから聞いたものです。何も分からぬまま、父が、母が、兄弟たちが、皇帝の前に引き出されて命を刈り取られていくのを悲鳴を上げて見ていました。その時、当時の皇后が、私を見て綺麗な顔をしている、殺すのは忍びない、と言ったのです」


 それはきっと、言葉通りの幼子が殺されることに対しての言葉だったのだろう。だが、それが白瑛の運命を変えた。白瑛は処刑されなかった。その代わり宮刑を受けた。


「死ぬほどの痛みと苦しみを受けましたけど、私は死ねませんでした。こうして、私は宦官として生きていくことになりました。同輩にはいじめられ、上の者や妃や女官からはおもちゃにされ……私の人生は死ぬよりも苦しかった」


 白瑛の頬に一筋の涙が伝った。そして深く息を吸い、紅月をじっと見た。


「ある日、変わった妃が後宮書庫にやってきて、蠱毒のことを調べたいといいだしました。そして私は知ったのです。この呪術があれば、苦しみの元凶の皇太后を殺すことができる……と」


 紅月は愕然として目を見張った。


「私が……? 白瑛、私がいけなかったの」


 自分がきっかけを作ってしまったと知って、紅月の顔は青ざめた。


「そして自分で試してみたのですが、蛇には噛まれるし、影から蠱毒を放っても何度やっても狙い通りに殺すことができないしで、困りました。でも捜索が入っても私ではなく別人が捕まって、やはりこれはなんとしてもやり遂げるべきだと思ったのです。……私の命と引き換えに」


 白瑛がゆらりと立ち上がった。彼の背後の百足が天井まで届くほどに体を伸ばし、こちらを向く。


「話すぎましたね。では処刑を始めましょうか。あの時とは立場は逆ですけど」


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