第37話 チーム戦!その④

 続く五回戦 俺〇 有栖川× 先輩〇

 これでチームとしては四連勝だった。


「これは次の試合に勝てたら本戦かな?」

「ですね。 本戦に出たらその時点で景品があるみたいなので、なんとか勝ちたいすね」

「おいおい天野君、目指すは優勝に決まっているだろ?」


 ここまで無敗の先輩はバシバシと背中を叩いてくる。いつもは何気なく接していたけど、この人もしかして俺の想像をはるかに超える実力者じゃないか……?


「有栖ちゃんはそろそろ天野君のご褒美に応えないとね」


 月ヶ瀬先輩の一言で有栖川はビクッと震えた。目には見えないけど今の一言は確実に有栖川の心にグサリと刺さったな。


「つ、次こそは勝つわよ!」

「私と天野君の二人がいれば大丈夫だから期待はしていないよ」


 先輩はからかうように有栖川に話す。先輩に対して有栖川もギャーギャーと言い返しているのを見る限り、闘志はまだ燃え尽きていないようだ。

 最初の大会に出た時なんかは小学生相手にガチガチに緊張していた有栖川だったが、ここまでの連戦を超えてずいぶんとたくましくなったものだ。


「よし、次の対戦も頑張ろう!」


 俺の声に先輩と有栖川は「おー!」と意気込む。次の試合に勝てば決勝トーナメントに進出する。先輩は普段通り、有栖川はいつもよりも気合十分といった様子だ。次の試合に勝てば決勝トーナメントに進出すると意識して緊張しているのは俺ぐらいだった。


 そして第六戦、ついに俺が考えないようにしていた最悪の事態が発生してしまった。


「負けました……」


 俺の発言を聞いて隣とその奥に座っていた有栖川と先輩が対戦中にも関わらず、驚いた様子でこちらを見てくる。

 二人がびっくりするのも当然だった。第六試合は開始わずか一分で俺と対戦相手の試合は終わったのである。


「こ、これは勝利を喜ばない方が良いっすかね?」


 対戦相手の男性が申し訳なさそうにそうつぶやいた。


「いやー、こういうデッキを握っている時点である程度覚悟はしていたので……しっかりと決め切ったのは見事です。 対戦ありがとうございました」


 俺が手を差し出すと相手も「あざっす」と言って互いに握手をした。勝者を称えるのを忘れてしまったらカードゲームは楽しめない。相手の勝利に乾杯、俺は完敗である。


「まさかフラグを見事に回収するとはな……」

「?」

「あ、気にしないでください」


 結論から言えば何もできずに負けた。コントロールデッキはこれがあるから怖い。

 相手を見るタイプのデッキゆえに、このデッキは他のデッキに比べてカードの種類が多い。種類が増えれば当然安定性は下がってしまう。この試合では初手の手札で何もできずに相手に一方的に攻められて敗北したわけだ。


 対戦が早めに終わったので隣の試合を眺める。ここまで毎試合時間ギリギリで終えていたせいもあって何気にチームメイトの対戦を見るのは初めてだった。

 一番奥の月ヶ瀬先輩は優勢、有栖川は……おぉ、こちらも盤面では勝っている。

 相手側の展開があまり芳しくない一方で有栖川は順当に場を広げて体制を整えていた。


「これで、番を返します」


 有栖川が自分のターンを終えて相手の番に移る。相手は山札からカードを引くが、表情は曇る。俺と同じようにあまり良い手札ではなさそうだ。


「……これで番を返します」


 特に大きな動きは見せずに相手の番が終了する。有栖川はこのチャンスを逃さずに攻め始めた。


「私のターンを終わります……あ」


 有栖川がボソッと声を漏らした。それは何かの間違いに気が付いたような反応だった。俺は彼女の手札をこっそりと確認すると……なるほど、この有栖川の番、もう少しだけ動けたみたいだ。


「俺の番、ドローします……よしっ」


 相手のターンに回り、小さな安堵の声が聞こえる。そこからの展開は怒涛の勢いだった。

 とてつもない爆発力で盤面を構築し、一ターン前まで劣勢だった状況を五分……いや、やや有利にまで巻き返していた。


「わ、私の番ドロー!」


 有栖川のターンが回って来る。先ほどの有栖川のプレイは決してミスと呼べるほどのものではない。落ち着いて試合を進めれば十分に勝機はある。


「えっと……」


 しかし、有栖川はさっきのプレイングを引きずっているのか、今の状況を把握しきれていないように見えた。このままでは……まずいな。


「……少しだけプレイを速めてもらってもいいですか?」

「すっ……すみません」


 相手側の選手の声を聴いて有栖川は萎縮しかける。この試合の有栖川のプレイ速度は指摘されるほど遅いわけではない。相手側を責めるつもりはないが、今の有栖川にその言葉は想像以上に効いてしまう。


「負けました……」


 有栖川の隣、月ヶ瀬先輩の対戦卓の方から男性の声が聞こえてくる。視線をそちらに移動すると先輩の対戦相手が頭を下げていた。この試合でも先輩は勝利したようだった。


 月ヶ瀬先輩は俺の方を一度見てくる。俺は首を横に振って自分が負けて、有栖川も劣勢に立たされている状況を伝えると先輩はすぐに有栖川の盤面を確認した。

 現在チームとしては一勝一敗、これでチームの命運は有栖川に託された。他の相手チームの二人も対戦中の選手を見守り、より一層、真ん中の試合に注目が集まっていた。


「あの、聞こえていましたか? もう少しだけ早くしてもらえませんか?」


 相手側の選手が再び有栖川に声をかけてくる。いくらなんでもそこまでせかす必要はないと有栖川の味方だからか、相手に納得がいかなくなり始めた、その時だった。


「すみません、残り時間は何分ですか?」


 月ヶ瀬先輩は手を挙げて店員さんに確認を取った。


「残り時間は十三分ですね」

「私達の対戦と奥の試合はかなり早めに終わったみたいですね」


 店員さんの言葉に対して一言ありがとう、と返し終えると先輩は対戦相手に話しかける。


「そ、そうですね。 後は真ん中の二人の試合次第になると……この盤面なら後二ターン前後で決着がつくかな」

「それなら、まだ時間に余裕はありますよね?」

「え? えぇ……そうですね」

「だ、そうだ。 有栖ちゃん。 相手チームの方も時間は十分にあると言ってくれている。 焦る必要はないよ」


 先輩は有栖川に声をかけた。その言葉を聞いて対戦相手側の選手は顔をしかめて有栖川の表情は明るくなる。

 流石は月ヶ瀬先輩、相手から言質を取って有栖川を冷静にさせた。試合を終えてすぐに機転を利かせるその判断力と行動力に俺は思わず見入ってしまう。


 そこから有栖川は見事に立て直し、形成を逆転させた、そして数分後……


「……負けました」


 相手側が敗北宣言をした。第六試合の決着である。


「か……勝った? わ、私、勝てたの?」


 有栖川は目を大きく見開いていた。状況を飲み込めていないようだ。


「勝ったよ。 おめでとう」


 俺の言葉を聞いてようやく勝利を実感した有栖川は笑顔のまま体を震わせて喜びをかみしめた。彼女にとっては初勝利である。彼女を見ていると俺も同じくらい嬉しくなった。


「大袈裟な……」


 対戦相手の選手から声が聞こえてくる。負けた悔しさから出てきた言葉なのはすぐにわかった。有栖川は動きを止めて不安そうに顔を上げる。


「彼女は今日の試合、初勝利なんですよ。しかもカードゲームを始めて間もないんです。 嬉しかったら喜ぶのは当然でしょ?」


 俺は相手の選手の目を見ながらはっきりと告げた。年齢的には二十代後半ぐらいだろうか? カードゲームに年齢は関係ない。マー君やユー君のような子供でさえ最後は相手を称えて試合を終えているのに、大人が情けない態度をするなよと、俺は怒りをあらわにしかけた。


「やー、すみません。 こちらもつい熱くなってしまったみたいで……初勝利ですか。 本当におめでとうございます。 こいつ大きな大会でも結果残してたするんすよ。 そんな相手に勝つなんて将来有望っすね!」


 俺の対戦相手が割って入るように有栖川の対戦相手の肩を組みながら話しかけてくる。有栖川は慌てた様子でありがとうございます、と言葉を返した。対戦チームのリーダーは有栖川の相手に謝罪を要求し、それに応じた選手が素直に頭を下げていた。


「……リーダーとしては彼の方が一枚上手かな?」


 いつの間にか俺の隣に来ていた月ヶ瀬先輩が笑いながら俺に声をかけてくる。


「べ、別に俺はリーダー代理ですし……」

「私も君と同じ行動を……いや、もしかしたらもっと酷い発言をしていたかもしれない。 そうなる前に君が前に出てくれたのは助かったよ」

「先輩でもそういう風になるんすね」

「なるに決まっているじゃないか。 それぐらい有栖ちゃんは頑張っていた。 私だって一人のカードゲーマーで、普通の人間だよ」


 先輩は恥ずかしそうに視線を逸らした。同じ部員が誰かに傷つけられるのを許さない。先輩はカードゲーム部の部長だなと改めて実感する。


 全試合が終了し、その後決勝トーナメントの対戦表がボード版に発表された。カードゲーム部は見事に予選を勝ち残り、本戦に出場していたのを見て俺たちはハイタッチで祝杯をあげた。


 このまま優勝まで一直線! 石神高校として堂々のチームデビュか⁉



 ……けれど、現実というものは時に無常で、本戦の一戦目で俺と有栖川は負けてしまい、カードゲーム部はベスト八で今日の大会は幕を閉じた。


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