第29話 偶然、たまたま
「オガ先、用事って何?」
週明けの月曜日、いつも通り授業を終えて部室に行こうとした所を担任の鬼道先生に呼び止められて俺は職員室に連行された。
「その呼び方するなって言っただろ……まぁいい。 お前とは話しておきたいがあったからな」
自分の席に座ったオガ先は近くの空いていた教師専用の回る椅子を掴むと俺に寄せてくる。ここに座れというわけか。
「なんですか? 来週の大会に向けた作戦会議すか? それなら月ヶ瀬先輩も一緒の方が良いでしょ?」
俺は渡された椅子に座りながら聞いてみる。
「職員室でそんな話をするか馬鹿……おっと、生徒に馬鹿なんて言葉使うのは良くないな。今のは冗談だ、忘れてくれ」
携帯のボイスレコーダーアプリでも起動してやろうかな? でもオガ先がいなくなったら部活の顧問がいなくなってしまう……それは困る。
「今から離す内容はあまり他の人には聞かれたくないから、ここで話させてもらう」
それなら個室の方が良いのでは? と言いかけたが、他の教師達も俺とオガ先の会話を盗み聞きするような人がいるようには見えない……というよりも全員自分の仕事で手一杯に見えた。皆様、お疲れ様です。
「まず一つ目は校内で広まっている噂に関してだ」
「それって俺が有栖川を連れてったやつ?」
「半分そうだな」
「半分?」
「あれから噂に尾ひれがついて、お前が休みの日にまで有栖川を無理矢理連れまわしているなんて話が出ている」
「……あー」
「おい、嘘じゃないのか?」
「いや、嘘ですよ。 ただそれもまた中途半端に事実なんで……」
俺は少し前に有栖川とデッキを作る為にカードを買いに行った事、その際、同じ学校の生徒たちに絡まれている有栖川を助けた事をオガ先に説明した。
「なるほどなぁ……それでこんな話が出来上がったわけだ」
「俺は別にいじめとかの被害にあってないけど、何かまずいんすか?」
俺が問いかけるとオガ先は上半身を軽く倒して前傾姿勢になる。
「噂が親御さんたちにまで広まっていてな……噂を信じた一部の大人からその生徒を退学にしろって話が出ている」
「……まじ?」
ヒュウっと呼吸の音が鳴ると同時に心臓がしぼんだのを実感する。これは流石に笑えない。このままだと俺、退学になるの?
「俺からはその話は嘘だと伝えている。 根も葉もないデマで一人の人生を終わらせるつもりはない」
ヤダ、オガ先カッコイイ……
恋する乙女のようなポーズをとるとオガ先は嫌そうな顔をする。そこは照れても良いんだよ?
「まったく、お前がうちの高校に来てから色々と変わったもんだよ」
オガ先は頭をガシガシと掻きながらため息を吐いた。
「たかが一人のカードゲームオタクが学校に何か影響を与えていますか?」
噂に関しては擁護できないが、他に何かやらかしたつもりはない。
「俺が聞きたかったのはそこだよ。 天野、お前、月ヶ瀬に何をしたんだ?」
「……月ヶ瀬先輩に?」
俺の疑問にオガ先はそうだ、と力強く肯定した。
「お前が入学する少し前、あいつは突然カードゲーム部なんてものを作った。 校長の孫娘という権力を使ってな」
それは以前先輩からも聞いていた。でもそれと俺に何が関係あるのか。
「俺は入学式の日に偶然、先輩にカードゲーム部に誘われたんですよ。 あの日、俺が学校に持ってきていたカードをたまたま先輩が拾ってくれて、それで声をかけられたんです」
「偶然、たまたまねぇ……」
オガ先は両手を頭の後ろで組みながら回転椅子の背もたれに体重をかけてぐるりと一回転する。
「天野、本当にそう思うのか?」
「……どういう意味です?」
「先日、有栖川が部活に入ろうとするまで……正確には部活が廃部になりかけるまで、カードゲーム部はお前と月ヶ瀬の二人しかいなかった。 なぜだ?」
「それは他に入部希望者がいなかったから……」
「そうだな。 そもそもカードゲーム部なんてもの、認知しているのは教師と生徒会ぐらいだ。 入学式の日に行われた部活紹介でもなかっただろ?」
「そうでしたっけ?」
「お前、もしかして……春の部活動紹介の時に寝ていただろ」
オガ先が呆れた様子で俺を見てくる。高校に入学したら学業以外の時間をカードゲームに費やすつもりだった俺は部活動紹介の時、確かに爆睡していた。
「あの時、カードゲーム部という部活動は一切その存在を公開していなかった。 結果、誰も知ることなく部員は二人だけになった」
「それで今俺たちは廃部の危機に面しているわけですね」
「そうだが、俺が言いたいのはそこじゃない」
「?」
俺は首をかしげる。結局この人は何が言いたいのか。
「なぜ月ヶ瀬はお前だけを部員にした?」
「それはだから、俺がカードゲーマーだって先輩がカードを拾って気づいたからで……」
「天野、お前は道端にカードを落とすほどの間抜けなのか?」
「オガ先、俺の事馬鹿にしてる?」
「逆だ。 お前ほどのカードゲーマーなら、カバンからカードを落とすなんて行為ありえないと、そう考える」
それは……確かにそうだ。ゲームのカード落としちゃった! はよっぽどありえない。命の次に大切なデッキを地面に、ましてや高校入学式に校内で落とすなんて愚行を俺が犯すとは思えない。
「入学初日にカードを学校に持ってくるやべぇ奴なのに変わりはないけどな」
「オガ先、俺の事馬鹿にしてる?」
「している」
この教師一回殴っても許されるよね?
「話がそれたな。 俺は月ヶ瀬があらかじめカードを持参した……もしくはお前のカバンから取り出したと見ている」
「そんな事出来ます?」
「月ヶ瀬ならやれそうじゃないか?」
それは……否定しない。先輩なら常人には出来ないことを簡単にやってのけてしまいそうだ。
「でも、なんの為に?」
「お前を部活に入れる為だ。 そしてそれは俺の質問内容だろ」
「あ……」
「月ヶ瀬涼子。 あいつは俺が担任をしていた一年生の頃から周囲に超天才と呼ばれていた。 周囲の人間は皆、彼女を尊敬していたよ。 けど……いや、だからこそ俺は気掛かりだった」
「教師が生徒に嫉妬ですか?」
「んなわけあるか阿呆。 心配してたんだよ」
普通に教師に罵倒されているんだが……それよりも気になる発言をしたので聞き流す。
「心配?」
「今のお前は知らないかもしれないが、去年の月ヶ瀬はもっと固い奴だった。冗談の一つも言えない、周囲から真面目で優等生でいる事を強いられているような、そして自ら演じているような人間だった」
「月ヶ瀬先輩が?」
それは意外だった。部室で会話する先輩は優しくて面白い人という印象が強い。ジョークを言えない先輩など想像もつかない。
「お前が来てから月ヶ瀬という人間は変わった。 だから俺はお前が何をしたのか気になっていたんだよ」
「別に何もしていませんよ。 俺はただ毎日部室に行って先輩と会話してカードゲームをしているだけ……オガ先だって俺がそういう人間って知ってるでしょ?」
「そうか、そうだな……そうだよな」
オガ先は何かに納得したように三段活用納得をする。いや、勝手に自己完結しないでほしい。
「俺とお前も知合ってまだ三年も経っていないが、お前がどういう人間なのかは他の奴らよりは一番理解している」
「急に気持ち悪い事言うなぁ」
オガ先の言う通り、俺はカードゲームを始めた最初の頃にオーガというプレイヤーと出会っていた。そうか、もうあれから三年になるのか……
「それと同時に、俺はあいつらに同情するよ……」
「あいつらって誰です?」
「……令和の天然記念物め。 俺が学生の頃ならお前は問題作扱いされていたからな」
「勝手に人を問題児にしないでください。 訴えますよ」
「今頃部室ではおそろしい展開になっていたりしてな……」
オガ先は背もたれから離れると笑いながら椅子を回転した。俺の質問無視したよこの人。
「俺からの話は以上だ。 青春に励みたまえ」
オガ先はシッシッと手を下から上にあげてもう行けというサインを送る。この人本当によくこれで教師やれているな……
俺は職員室を出て廊下を歩く。周りの生徒達からの視線は相変わらず……いや、より一層強くなっている気がした。
「あれ……そういえば」
どうして先輩は俺を部活に誘ったのか、オガ先が勝手に理解していたその理由について聞き忘れていた。
今更職員室に戻るわけにもいかない。面倒だし、直接先輩に聞いてみるとしよう。
そう決めた俺は渡り廊下を歩いて反対側の校舎の三階、カードゲーム部のある部室へと歩き始めるのであった。
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