第18話 有栖川さんは引きが強い

「たっっか!」


 ショーケースに並べられているカードを見て有栖川が叫んだ。うーん、見事なフラグ回収である。


「そこに並んでるのはハイレアリティのやつだから、同じ効果でもこっちならだいぶ安いぞ」

「そ、それでも一枚で七百円もするじゃない」

「一つのデッキにそのカードなら四枚は必要だな」


 俺の言葉を聞いて有栖川は石像のように固まった。彼女がカードゲームに対して知識がないのはわかっていたが、ここまで予想通りの反応をしてくれると見ていて楽しくなってしまう。


「……天野ってもしかしてお金持ち?」

「んなわけあるか。 俺も月のお小遣いでなんとかやりくりしてるんだ」


 お嬢様の月ヶ瀬先輩や大人のオガ先は欲しいカードをすぐに揃えているが、一般庶民の俺の場合、過剰に余ったカードや自分が使わないカードを売ったりして手に入れたお金で必要なカードを揃えている。


「これとこれと……あとあれも四枚あったほうが良いな」

「……今月新作の服を買う予定だったのに」


 有栖川は財布を握りしめながらつぶやいていた。どんなカードゲームでも一からデッキを作るとなると意外とお金かかるんだよなー。


「……さすがに一枚七百円のカードとかは無理だが、あのあたりのカードなら俺も沢山持ってる。 だから買わなくていいかな」

「え、でも一枚百五十円とかだよ? ジュース一本の値段くらいするし、これを四枚買ったらそれこそ、さっきのカード一枚と同じくらいになるよ?」

「そのあたりのカードは売っても大した金額にならないから後でやるよ。 有栖川がせっかくカードゲーム初めてくれるなら、俺も出来る限り協力はしたいしな」


 カードゲーム初期投資を抑える方法として経験者に頼るのはあるあるだ。経験者の方も一人でも同じ趣味を持ってくれるなら……と今の俺みたいにカードをくれる人も少なくない。


「ありがとう。 私てっきり一枚三十円くらいだと思ってたよ」


 駄菓子か、と思わず突っ込みかけたが、あながちその金銭感覚は間違っていない。


「それはパックで勝った場合の一枚当たりの単価だな」

「パック?」

「ほら、あそこに売ってるだろ?」


 ショーケース売り場から少し離れた場所にあるダミーカードに視線を送る。


「あ、あれコンビニとかで売ってるの見たことある」


 コンビニでカードが買えるのは良い時代だよなぁ……俺は腕を組んでうんうんと頷いた。しみじみとしながら俺は有栖川とパックのダミーが陳列されている売り場の前までやってくる。


「色んな種類があるんだね」


 そうなんじゃよ、ここ最近はこうやって普通に色んなパックを選べるようになったけれど、時代によってはそもそも買うことすら出来なかったんじゃ……などと俺は心の中で引き続きカードゲーマー老人みたいになっていると有栖川がパックのダミー一つを手に取った。


「ここに描かれてるのって、さっき向こうで買おうとしてたやつだよね?」

「そうだな」


 ショーケースで眺めていたカードは彼女が今手に取っているパックから一定の確率で出てくる。


「これが一つ約百五十円……ここから出たら五百円ぐらい安く済むじゃない」

「おっと、その先は地獄だぞ?」

「え?」


 有栖川はパチクリと瞬きをする。パックの中に目的のカードが封入されている可能性はある。しかし、ショーケースにパックよりも高い金額でカードの単品が並べられているにはわけがある。それは封入率に応じているのだ。


「パックは宝くじみたいなものだからな。 確実に手に入れたいなら単品買いを勧めるよ」

「なるほど……でも確率はゼロじゃないのね?」

「それは……まぁ」


 ネットのフリーマーケットサイトでサーチと呼ばれるレアカード抜きみたいな事をされていなければゼロではない……なんでフリーマーケットではそんな事をするんだろうね? 転売ヤーと詐欺師は全員滅べばいい。


「これ買ってみるわ」


 有栖川はパックのダミーを持ってレジに並んだ。すぐに購入を終えてこちらに戻ってくる。


「これ、ここであけて良いのかしら?」

「店内で開封オッケーの張り紙もあるから大丈夫だろ」


 買った商品をその場で開けるのを良しとしているお店もあればダメな所もある。ここは大丈夫なようだ。


「なんか、少し緊張するわね」

「わかるよ。 パックを剥くのってドキドキするよな」


 有栖川は緊張した様子でパックを両手で持つ。そこで俺は彼女の指先、爪の部分にネイルが施されている事に気が付いた。高校では禁止されているはずなので有栖川は今日の為にここまでお洒落をしていたらしい。


「あれ、このカードどこかで見たような……」


 彼女の指に気を取られていた俺だったが、有栖川の声を聴いて俺は視線をカードの方に移す。


「なっ……これ、このパックのトップレアじゃないか!」

「トップレア?」


 俺は彼女とともに最初に見ていたショーケースの前に戻る。そして彼女が当てたカードと同じカードを指し示した。


「さっ……三万円!」

「気持ちはわかるけど、声が大きい!」


 周りの人々がなんだとこちらを見てくる。有栖川は慌てて口を閉じた。


「こ、このカードそんなにするの?」

「お店で買おうとするとそれぐらいするな。 売れば多分二万ぐらい返ってくる」

「に、二万……」


 有栖川の目が一万円札になっていた。


「そのカードを売れば必要なカードを余裕で揃えられるな」

「……っは」


 我に返った有栖川は手にしているカードをじっと見つめなおした。


「……やめとく」

「いいのか? 欲しかった服も買えるかもしれないぞ?」

「そうだけど……今日の記念に、とっておく」


 有栖川は大事そうにカードを見つめながらそう言った。初めて買ったパックでトップレアを引いたら俺も売らないかもしれない。お金よりも大切なものはあるものだ。


「それなら保管用にローダー……保護ケースも買った方が良いか」

「そこまで予算はないかも……私は別にこのままでもいいかな?」

「なん……だと?」


 雑に保管すればカードに傷がついて価値が下がってしまう。いくらなんでもそれはカードゲーマーとして見過ごせなかった。


「なら俺が有栖川の分を買うから、そこに入れてくれ」

「え、でも……」

「いいから!」


 俺の圧に根負けして彼女から分かった、と了承をもらえたので俺はローダーを購入し、カバンに入れていたカードを保護するスリーブとともに彼女に渡した。


「ありがとう、天野からのプレゼント、大切にするね」


 彼女は頬を赤くして嬉しそうにローダーとスリーブを受け取った。これであのカードも綺麗な状態で保存されるだろう。まったく、やれやれだぜ。

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