番外編:お家初訪問
はぁはぁはぁ。
はぁはぁはぁはぁはぁ。
こんにちは。
朝から息が荒くて止まらない真咲藤和です。
だってだってだって。
「あいちゃん家にお呼ばれですよ! きゃあああああ! どうしよう! きゃあああ!」
自分の部屋のベッドに寝転がって、ぐるぐると布団を体に巻きつけた。
いもむしみたい。
いや、だってね。
彼女のおうちに行ったらやらしい事できるかなとかそんな風に考えているわけじゃないんですよ、俺は。
あいちゃんとやらしい事は大好きなホテルでもちろんできるしね。
そういうんじゃないんですよ。
ただ単にあいちゃんのお部屋の中に入れるっていうのが嬉しいの!
今日の目標は、あいちゃんのベッドに腰かける事。
気合いを入れて、いつもよりおしゃれに気を付けて家を出た。
百貨店で大人気のバームクーヘンの手土産を持って。
第一印象は重要なわけですからね。
あいちゃんとは最寄りの駅で待ち合わせにしている。
駅前まで行くと、可愛らしい私服姿のあいちゃんが柱にもたれてぼんやりしていた。
可愛いなぁ、俺のエンジェルは。
小さな身長でぺったんこのサンダルなんて履くものだから、俺よりも随分小さい。
近付いて行って手を振ると、あいちゃんが気付いてにこやかに手を振り返してくれた。
「待った?」
「ううん、全然。もう行く?」
「……う、うん」
「あ、嫌なら後からでもいいですよ? それか外に遊びに出てもいいですし」
「いやそういうわけじゃなくて、緊張しちゃって」
あいちゃんが首を傾げる。
こてんと傾げるその仕草もすこぶる可愛い。
「緊張? 親もいないので大丈夫ですよ」
「えええええ。あいちゃんパパとママいないの?」
「ふふ、はい。今日は日曜なのでお出かけしちゃいました」
「俺とあいちゃんの2人!? どうしよー、心の準備ができてないよ」
俺があたふたしている様子をじっくり見ると、あいちゃんはほのかに笑った。
俺の手を優しく掴んで、少し前を歩きだす。
みっともなく慌てている俺を連れて、あいちゃんは歩きだす。
えへへ。
あいちゃんの手はぬくもりでできてます。
俺の手は下心でできてますよ、もちろん。
「藤和は訳わかんないです。親がいるから緊張してるのかと思ったらそうじゃないみたいだし」
「違うよ、もっと根本的な事ー。家に行くっていう事実に緊張してんの」
「なにそれ。期待しても普通のマンションですよ?」
「だから違うってー。そういう事じゃなくて、ああもうあいちゃんの分からず屋っ」
ふんっとそっぽを向いた俺に、斜め前を歩くあいちゃんが小さく噴き出すように笑った気配がした。
あいちゃんはいつも機嫌がいいけど、笑顔を見ると幸せな気持ちになれる。
あいちゃんの笑顔を見ると、心に余裕が出来て、ああ今日の空は青いなとか、鳥が鳴いているなとか、そんな事にも感動できるようになる。
だからエンジェルなんだ。
彼女は俺の心のオアシスなんだ。嘘じゃないよ、冗談じゃないよ。大げさでもなく、ほんとの事。
どうやらあいちゃんのお家に着いたらしい。
一軒家ではなく、マンション。
マンションの中に入って、一緒にエレベーターに乗り込むと緊張は完全にマックスとなった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。冷静でいれるかな。こんなに緊張した事なんてあいちゃんと初めてホテルに行った以来だ。
「今日ね、家に来てほしいって言ったのは、ケーキを焼いたの」
「ケーキ?」
「うん。お菓子作りが元々趣味で、今日はシフォンケーキを焼いたから藤和にも一度食べてほしいなとずっと思ってて」
「そうなんだ。可愛いエンジェル」
「ケーキは食べれます? 甘いの大丈夫だったよね?」
「うん、食べれるよ。楽しみ~。あああ、だけど胸が痛い。緊張で胸がつぶれる」
「藤和って可愛い」
あいちゃんはたまに失礼です。
俺が胸を押さえて、苦しんでいるのに、けらけらと笑って可愛いなんて言ってうっとりします。
俺の痛みには無関心な様子です。
あいちゃんが扉を開けて、中に入れてくれた。
最初の一歩。
ゆっくりと足を踏み出して、玄関へと入る。
エンジェルのマイホームにお邪魔します!
「おじゃましまーす」
「はーい。どうぞー」
あいちゃんはスリッパでパタパタと廊下を歩いてリビングらしき場所へと行ってしまった。
初彼女の家に初お家訪問という事で、幸せを噛みしめている俺を置いて。
スリッパに履き替えて、いそいそとあいちゃんの後を着いて行くと、甘いいい香りが漂ってきて、すんすんと鼻を鳴らす。
そういやケーキを焼いたって言ってたもんね。
ていうかエンジェル宅!
いい香り!
あいちゃんの香り!!
すごく落ち着く。あいちゃんと一緒にいることに慣れたしまった俺は、この香りだけでも落ち着いてしまう。
「藤和。ソファに座ってて下さいね」
「ありがとー」
すーーーはーーー。
あああ、俺ここに住みたい。むしろ婿養子とかどうかな? あ、俺長男だからダメかもしれない。でも住む! 絶対婿養子になる!
「あいちゃん。結婚したい」
「また突拍子もない事言って」
「まじで結婚したい。てかここに住みたい。無理ならせめて香りをお持ち帰りしたい」
「きもい事言うのやめて」
呆れた様子のあいちゃんもおかまいなしです。
今日の俺はあいちゃんに失礼な事を言われても全然傷つきません。アドレナリンが大放出してます。
コトンと音を立てて、シフォンケーキのお皿が置かれた。
あいちゃんも同じ皿を持って、ソファの隣に座りこむ。
ケーキの横には、おいしそうな生クリームが乗っていて、なんだか幸せな味がする。
あいちゃんが奥さんだったら、こうしてたまにケーキを作ってくれたりするのかもな。
やっぱ早く結婚したいな。
「いただきます」
「あ、はい。おいしいかな? 口に合うか分かんないけど」
「おいしー!」
「ほんとですか? よかったぁ」
あいちゃんは安心したようで自分もケーキを食べ始めた。
てか、日曜の午後に彼女の家でケーキ食べてる俺なんて、一年前の自分じゃ想像もできなかったな。
こういうのを多分幸せって言うんだろうな。
「マイエンジェル、ラブラブー」
「だからエンジェルって呼ばないでってばぁ。最近クラスのみんなからもエンジェルとか呼ばれるようになったんですからね」
「ふむ。ようやくあいちゃんがエンジェルだってみんな分かったのか」
「ふむ、じゃないよぉ!」
ぷんすか怒るあいちゃんの肩にぽすっともたれかかる。
俺がかすかに笑うと、あいちゃんは仕方ないなというように、俺の髪を優しく撫でてくれる。
「あー、俺おみやげ持ってきたの。ご両親への挨拶も考えてきたし、あいちゃんが紹介してくれるって言ったからさぁ」
「ごめんなさい。急に出かける事になって。両親に会いたかったんですか?」
「うん。あいちゃんを育ててくれた人に会ってみたいよ。当然でしょ?」
あいちゃんは少し綻ぶように笑って、「じゃあ来週も家に来て下さい」と言ってくれた。
胸の中で幸せで満タンになる。
「あいちゃん。ちゅうして」
「え、ええー。ここで?」
「うん。ここで。いいじゃん、ちょっとだけちゅう」
「~~もうっ」
あいちゃんは赤い顔を近づけると、俺の唇に小さくちゅっとキスをくれた。
すぐに離れていこうとするあいちゃん。
それを逃がすまいと、後頭部に手を置いて俺はキスの続きをする。
「んんっ……」
「エンジェル、愛してるよ」
「……ぅん、私も」
あいちゃんの真っ白な小さな手を握って、甘いキスを交わし続けた。
あああーー。
なんなら、俺がお嫁に来ようかな。
それもいいね。
【完】
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