阿仁屋航との出会い
私たちは今二十二歳。
高校の同級生で、もう七年間の友達付き合いだ。
私は一年間ネイルの専門学校に通ってネイリストになったから、社会人四年目に突入したけど、コウは四年制の大学を出たから社会人一年目だ。
当時、高校一年の時、私とコウは同じクラスになった。
私は入学する前の健康診断で男の子に声をかけられて、その日ずっと一緒に行動をして、健康診断後に外でデートをした。別にそういう関係になったわけじゃなかったけど、キスはしたし、高校一年生からしたら立派な恋愛関係かもしれない。付き合いたいとも言われた。出会って初日でありえないと思われるかもしれないけど、中学を出て高校の入りたての私たちは浮かれてたんだ。
健康診断の時、入学する前の同級生みんなに、一緒にいる様子を見られていて、入学したその日から女子に煙たがられた。誰かに話してもその場は喋ってくれるけど素っ気なくされて、結局どのグループにも入れてもらえなかった。
しばらくは健康診断で知り合った男の子と一緒にいたけど、そのうち男の子に愛想を尽かされてしまった。多分私の気の多さとわがままなところが原因だろう。その男の子がそばからいなくなると、クラスの他の男子に声をかけられた。
私は寂しかった。
だって、入学式からずっと女友達は学校にいなくて、一人でいるのはとても辛かったから。その男の子と放課後デートしたら、次の日、クラス中の女子から無視されて嫌悪の眼差しで見られた。
私は知らなかった。
クラスの女の子と付き合ってる男の子だなんて知らなかった。
その日は今と同じくらい暑くて、夏休み前の最悪にだるい季節だった。教室に入ると、女の子が固まって私を見る。男の子もそれに便乗して私をチラチラと見てきた。
なに?
不思議に思って昨日デートした男の子をじっと見ると、目が合った瞬間逸らされてしまった。
ん? なんで?
あまりにもみんなの視線が露骨だから、きょろきょろして、勇気を出して声をかけた。
「どうしたの? なにかあった?」
割と明るく言ったつもりだったけど、みんなは何も応えてくれなくて。困って入口近くの席に座っていた大人しそうな女の子を見つめると、うつむいて顔を逸らされてしまった。
「あんたさぁ! 彼女持ちに手出して楽しいわけ?」
グループの中にいたリーダー格の女の子がいきなり話しかけてくる。さっと視線を移して首を傾げると、みんなが急に顎をあげてふんぞりかえる。グループ意識はこれだから嫌いだ。大勢の中にいると自分を強いと思いたがる。
でも、実際私は一人で孤独で弱かった。
「彼女持ちって……?」
首を傾げて尋ねると、さっきの女の子がイライラしたように私を睨んだ。
「知らないわけないだろうが! みゆの彼氏とってんじゃねぇよ!」
思わず昨日遊んだ男の子を見たらバツが悪そうに髪をかきまわしてる。昨日私には彼女いないって言ったくせに。好きな人は浅美ちゃんだったって言ったくせに。
男は最低。女も最低。私の味方はきっと一生誰もいないんだ。
首を下げてうつむいてしまった私に追い打ちをかけるように、女子グループが声を張り上げてくる。
「お前マジで最低だな。男とばっかりいるから友達できねぇんだよ!」
「ふふ、ほんとほんと」
「女友達一人もいねぇじゃん。だっせ」
だって。
だって。
最初に喋ってくれなかったのは自分たちじゃないか。
私が男の子といたかったわけじゃない。私は女友達を普通に作りたかった。
ただ健康診断の時に男の子と仲良く話していただけで、なんでそんな目の敵みたいにされなきゃいけない。その男の子は別に彼女もいなかったし、誰も文句はないはずなのに。仲間にいれてくれなかったのは自分たちじゃないか……。
悔しくてうつむいていると、違う方向から声が聞こえた。
「おい、お前ら。その辺にしとけや。朝からうるせぇんだよ」
パッと顔をあげて声が聞こえた方を見ると、あんまり誰ともつるまない事で有名な
特定の男の子とは仲良く喋ってるけど、女の子とはつるんでない。
でも、校区外で他校の女の子と自転車を二人乗りしてるところを発見されたりしているらしい。噂になっていた。女関係が全然ないわけでも無さそうだ。
ただうちの学校の女の子と全然そういう関係にならないから、みんなチャンスをうかがってるのに、誰にもなびかない。パッと見た感じが怖いから、みんな突っ込んで話しかけにくい存在でもあった。
芸能人みたいに顔が整っているせいで学年の女の子たちにはきゃーきゃーともてはやされている。しかも、今日体育でバスケをしてただとか、二時間目は寝てただとか、そんな遠巻きに見ている内容でしか噂できないほど、彼は女の子と仲良くしなかった。誰も近づけない阿仁屋くんは、他の男の子と違って別格だった。
「あ、阿仁屋くん……」
女子グループが怯んで勢いを無くし、一斉に阿仁屋くんを見る。機嫌の悪い彼は自分の席に座って眠っていたらしい。こめかみを人差し指でカリカリとかきながら、教室全体を睨んだ。
寝起きは最悪のようだった。みんなが息を止めて、この状況に恐れている気がした。
「大勢で寄ってたかってみっともない。黙れ」
「で、でも。あの子はみゆの彼氏と昨日……」
「それはお前が言うことじゃない。みゆがこの場にいねぇのに言ってんじゃねぇよ。本人が自分で言えばいい。まじうっとうしいわ」
そう言うと、阿仁屋くんは立ち上がって前へと歩いてくる。私は涙の溜まった瞳でそれを見つめながら、ただ来てくれるのを待っていた。
私を助けてくれる白馬の王子様に見えた。瞳をキラキラさせて待っていたのに、阿仁屋くんの表情はいまだ固いまま。むしろさらに機嫌を悪くさせていた。
「お前ももっと周りを見ろ。てきとうにかきまわしてんじゃねぇよ」
私にも苦言を吐くと、頭をくしゃくしゃとしながら外に出て行ってしまった。
ああ。
どんよりしていた世界が一瞬のうちで、光を帯びるように明るくなる。通り過ぎた彼によって起こされた風に、自分の体がピリピリ痛む。これで好きになるなと言う方が無理がある。
かっこよすぎた。
自分の意見をしっかり持っていて、誰を味方するわけでもない。ただ、自分の中で気に入らなかっただけ。下心もなにもない。教室の空気まで変えて、全体の中で一人大きな声を出して、すごい存在感で、そんな風に言えるのは阿仁屋くんだけだ。
この空間の中で、阿仁屋くんだけだ。
私は脇目も振らずに、彼を追いかけた。
廊下を曲がっていこうとしていた彼を追いかけて、階段をかけのぼった。彼はそのまま真っ暗な視聴覚室に入ってしまって、私はそれを追いかけて中にもぐりこんだ。カーテンで覆われている部屋に入る。扉が開いた音を聞いたんだろう。彼は奥の方の椅子に座りながら私をじっと見つめてきた。
「なんか用事?」
「うんっ」
こくっと大きく頷いて返事をすると、彼は肘をついてだるそうにしていた体勢を軽く整えて私を見た。
「なに?」
冷たい瞳で見られてぞくっとしてしまう。
「あの、さっきはありがとう!」
「……それだけ? 別にお前のためじゃねぇよ」
そう言って今度こそ眠ろうとする阿仁屋くんの横の椅子に腰かける。机にうつぶせになる彼は教室でも寝ていたところを見ると眠いのかもしれない。隣でじっと後頭部と背中を見つめた。
近くで見ると思ったよりもさらさらの髪に指を差し込む。
わぁ、さらさら。気持ちいい。
少しの間さらっと指を通して撫でていると、彼がむくっと起き上がった。
「…………おい」
彼は私をじっと睨んでいて、私は何を怒られるのかと少し嫌な顔をしながら彼を窺う。
「なに?」
「…………触んな」
一言告げられたけど、そばにいるのはいいらしい。
勝手にそう思う事にする。嬉しくなって彼の伸ばされた背中にもたれると、やっぱり何も言わなかった。はぁーっと大きな溜息は聞こえたけど、離れろとは言われなかったもん。
「ねぇ」
「なんだよ」
あ、起きてるらしい。
それに嬉しくなって、少し背中に体重をかけるけど、彼の体はピクリとも動かない。
「あのね、阿仁屋くんじゃなくてコウって呼んでもいい?」
「……好きにしろよ」
「うへへ。やったぁ」
ぶっきらぼうな返事が返って来たけど、私はさらにぎゅうっともたれかかって喜びを表現した。嬉しかった。ただ、友達ができたみたいで。コウなら強くて守ってくれそうで、他の男の子みたいに中途半端にちょっかいだしてきたり、離れて行ったりしないだろう。私はそれが嬉しくて、嬉しくて、永遠の友を見つけた気分になった。
「ねぇ、コウ」
甘えるようにそう言うと、コウはいきなり体を起こした。その拍子に私は不安定になって前の方へと体が倒れそうになった。
椅子から転げ落ちる寸前で、腕を強い力で引っ張ってくれて、体勢を立て直す。
チラッとコウを見ると、こっちをまじまじと見てきた。
「お前。えーっと、名前はなんて言ったっけ」
「浅美」
「下の名前かよ……まぁいいけど。浅美さぁ、俺の事好きなわけ?」
「…………え? なんで?」
いきなりの脈絡のない質問にきょとんと首を傾げると、コウは分かってたかのように小さく笑った。
「お前、誰にでもそんな風にして甘えるな。どうせ何の気もなくそうしてんだろう。この歳の男はすぐに誘惑されてなびいてくるから。べたべたして甘えるのはやめとけ。人間関係でまた揉めることになるぞ」
私の名前も知らなかったくせに、お説教までしてくる。言葉を交わしたのは今日が初めてで、目を合わしたのも実際初めてかもしれない。私は常に特定の男の子と一緒にいたし、コウは特定の男の子と一緒にいたし、それ以外はお互い一人だった。
「でもそれだったら寂しいよ……。女友達いなくて一人だもん」
乾いたように笑いながらそう言うと、コウは一瞬眉をひそめた。
「お前は怖い女だな。そうやって男たらしこんでんのか」
「そ、そんな事してないよ! 私はただ一人が寂しいだけで……」
そう言うけど、だんだんドツボにハマっていってる気がする。
何を言っても、コウからすれば私は気を引こうしているように聞こえてしまうんだろう。口を噤んでもじもじしていると、コウが年齢にふさわしくない大人な笑みを携えて私の頭を撫でた。
「じゃあ寂しくなったら俺のところに来い。話し相手ぐらいにはなってやるよ」
頬杖をつきながら、もう片方の手で私の頭をなだめるように撫でたコウはすんごく大人で。綺麗で男らしくてかっこよかった。
「うん。嬉しい。ありがとう」
もじもじしながらチラッとコウを見上げると、上目づかいをした私に眉をしかめて、顎をすくってきた。
「お前のそういう気を持たせるような仕草がいけねぇよ。男の前でするんじゃねぇ。そしたら可愛がってやるから」
「ん。頑張ってみる」
「いい子だな」
コウはそう言って、私の顎を指で上げさせると、私の頬に顔をくっつけて鼻と唇をあててすりすりと行ったり来たりした。ほっぺにキスしてるというよりは、顔を真正面から頬にすりつけてるような感じで。
だけど、それが妙にエロくて、女の子の誰とも交流のとらないコウは、きっととても女慣れしてるんだろうと思えた。妙に俺様発言もされたけど、私は熱にうかされて、ただかっこいいと思ったりなんかして。
元々恋愛体質な私はころっとコウに惚れてしまった。その時に助けてくれたのが、コウ。
一人の時はずっと一緒にいてくれて、少しずつ女友達ができてからは放課後だけ一緒にいた。いつも私の恋バナや辛い話などを無愛想だけどちゃんと聞いてくれて、それは今でも変わらない。コウはずっと変わらないんだ。
私を手のかかる妹みたいに大切にしてくるけど、決して恋じゃない。それでも、私はコウが好きで好きでたまなかった。あの瞬間からずっと大好きで、コウみたいな底知れない人から一心に愛を受けたかった。
だけど、出だしがあんな感じだ。コウはまさか私がコウを好きだなんて思ってないだろうし、今更七年も仲良くしておいて言えそうにもなかった。だって、私からコウをとったら何も残らない。家族も兄弟も恋人も親友もいないのに。
そんな中で、コウはダメな私を叱ってくれて、認めてくれて、恋愛対象じゃなくそばにいてくれるただ一人の人だった。コウがいなくなったら生きていけない。一緒にいるたびにその縛りがきつくなる。
もう七年も経った今、私からコウを取ったら灰にでもなるに違いない。だから、私は何も思ってない振りをして、コウのそばにいるしかないんだ。
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