今日も想うだけ 【完】
大石エリ
惚れた方が負け
今日もあなたを想うだけで
一日が過ぎる。
ねぇ、篠さん。
惚れた方が負け。
って知ってた?
私は知ってたよ。
――――……
「ねぇねぇ、奈々子」
「ん? なに?」
前の席に座った友達のユイが声をかけてくる。
相変わらず派手な見た目だ。
きらきら眩しい髪を半ば呆れ気味に見ながら、返事をする。
「あのさ、三年の先輩ですっごいかっこいい人知ってる?」
「えぇー知らない。三年生ってかっこいい人多いでしょ。分かんないよ」
私たちは高校一年でまだ四月。
入学したての今、同じクラスでさえ精一杯なのに、二年や三年の先輩の人間観察をしている暇なんてまるでない。
ユイとは中学から同じで一緒に高校に入ってきて、たまたま同じクラスになったものだから、今でも毎日一緒にいる。
私と違ってかなりギャルだけど。
目の周りは濃いアイラインとゴールドのアイシャドウに囲まれていて、唇はてかてかとグロスが輝いている。
髪の毛は金髪を盛ってアップにしている。
いつも綺麗に手入れしているユイは、準備に二時間もかけているらしい。
「それがね! すっごいかっこいい人がいるの! でもね! その人誰も彼女にしない事で有名らしくてさ、今一年の女子の間で話題になってんの!」
「へぇー硬派なんだ」
「多分ね。私一回だけチラッと見たんだけどほんとにかっこいいの! 私のタイプとはかけ離れてるんだけどほんとかっこいいから一回奈々子も見てみて!」
テンションが相変わらず高い。
教室中に聞こえるような声でユイは興奮しながら話す。
その人がよっぽどかっこよかったらしい。
でもユイのタイプと言えば、まぁ一言でいえば野獣みたいな、うーんゴリラみたいな? いや違うか。
うーんガタイがよくて、ラグビーでもやってそうな、抱きしめられたら潰れそうな。
そんな感じだしなぁ。
だから、ユイの”かっこいい”はあてにならない。
ていうかそんなにモテるってどうせチャラ男なんでしょ。
私そういうの興味ないしなぁ。
普通な感じがいいんだよね、手の届きそうな人がいい。
「その人の名前は?」
「篠宮流だよ。名前までかっこいいっしょ?」
「ながれ?」
「うん流れるって書いて、ながれ」
ふうんと相槌を打ってその会話は終了した。
私は今恋に興味なんてなかった。
いや、それは語弊があるかもしれない。
同じクラスでバスケ部の米田(よねだ)くんが気になっていたから、別段三年の先輩の事なんてどうでもよかった。
いつか見て、ユイときゃーきゃー騒ぎたいって気持ちはあったけど。
それもミーハーなもので、ただ騒がれている顔が見たいという軽い気持ちだった。
その人は私の偏見を大きく覆した。
その日。
ゴリラ彼氏と言ったらいつも怒られるけど、ガタイのよすぎるたかぴょんとユイが二人で帰ってしまった。
ユイ彼氏にたかぴょんという似合わなすぎるあだ名を付けている。
体育の提出物を出さないと行けなくて、職員室じゃなくて体育教官室に出しに行く羽目になった。
最悪。
みんなはすでに出したらしく、一人で出しに行かなくてはいけない。
クラスメートに行き方を教えてもらって、歩いて行く。
まず体育館まで行って、その後隣にある弓道場との間の道を抜けて、その奥にある小屋みたいな部屋が体育教官室。
言われた通りに何度も繰り返しながら、体育館を通り過ぎる。
体育館より小さな弓道場が見える。
バスンっと大きな音がするから、もう部活が始まっているんだろう。
入学してからまだ放課後にこの辺りに来た事がないから、弓道部が部活をしているところは見た事がなかった。
まず弓道自体を実際に見た事なんてない。
開いている扉を覗こうとすると、五人くらいの制服の女子が固まってきゃーきゃー言っていた。
なに?
かっこいい人でもいるのかな?
それともそれぞれ弓道部に彼氏がいるとか?
うちの弓道部は全国大会に出るほど強豪で、人数も多い、人気の部活動だ。
多分全員で五十人はいるだろう。
広い弓道場にはたくさんの人がいて、それでも矢を放っていた一人の人が目に入る。
なんでだか分からない。
他にもたくさんの人が弓をひいてるのに。
でもどうしてもその人以外は目に入らなかった。
その瞬間、五人の女の子たちがきゃーっ! と大きな声をあげる。
「かっこいい! まじかっこいい!」
「やばぁい。もう大好き。流さん最高!」
「やばいよねぇ。普段もかっこいいけど、弓道してる時は格別!」
“流”というフレーズが耳に入って、ハッとその人を見つめた。
あ、あう……。
かっこよすぎるよ、流さん。
ユイ、流さんはやばいよ、正真正銘かっこいい人だよ。
確かにユイの言う通り、この人には好きなタイプとかそういうのも消え去って、誰もがかっこいいと思ってしまうだろう。
ぴしっと背筋を正して、白と紺の色合いの袴を着ている。
さっと綺麗に立って、遠く向こうの的に狙いを定めるその瞳は、凛としてて厳しさも少しあって、とても綺麗だった。
男の人に綺麗だなんておかしいかもしれない。
それでも女性的な綺麗さなんかじゃなくて、あくまでも男性的に綺麗、精巧な雰囲気だ。
アッシュ系の茶髪は、片目を隠すようなアシンメトリーで、綺麗に整えられている。
そこから見える白い肌に、鋭くて甘い綺麗な瞳、高い鼻。
ぐっとつぶった唇に力を込めて、弓を引いている。
綺麗。篠宮流。
その名前にぴったりなとても綺麗な人。
「流さんまじ神だわぁ」
隣で女の子が目をとろけるように変化させて、じっと見つめた先の人。
確かに神、うんうん。
今度は弓をひき終えたのか、隣にいた男友達とはにかみながらふざけあっている。
ああ、やばい。
今のにキュンと来た。
ギャップっていうのか。
あんな堅い真剣な顔して弓を引いているのに、ああいう柔らかい顔もできるんだなって。
うわー……。
篠宮流、恐ろしい…。
あの人はきっと天の上に住んでる人だ。
そんな風に思いながら、体育教官室に提出物を出して、学校を出た。
五限が終わった休み時間に中庭に植えてある花壇に行く。
水道にゴムホースを取り付けて、花に水をやる。
今は四月なのでチューリップとかパンジーの花が綺麗に咲いている。
私は家が花屋さんで、それも切り花じゃなくて園芸用の花屋だ。
まぁ、花が好きというよりも育て方を知っているという感じで、この学校は絶対に何かの部活に入らないといけないから、渋々園芸部に入った。
スポーツをするのは嫌だったし、だからと言って吹奏楽部や天文学部みたいな部活にもあまり興味がなく。
楽そうだと思って入る人がほとんどの園芸部に入部した。
そのせいで、水やりに来る人はほとんどいないらしく、しおれそうになっている花を何日か前に見つけてからは毎日水を撒いている。
支柱もせっせと立て、花を固定した。
今は三日目になるけど、随分花が元気になって、ホッとした気持ちになる。
これを放っておけないのは、花屋の娘である性なのか……。
ユイはラグビー部のマネージャーになってるし、たかぴょんはもちろんラグビー部員だ。
私はマネージャーみたいな人のお世話をするのとか向いてないしなぁ。
すぐに嫌になったり、飽きたりしそう……。
そんな事を思いながらシャワーを振りまいていると、ベンチで寝そべって眠っていた人がむくっと起き上がってこっちを見ている。
かっこいい。
でも、うーんどっかで見た事がある気がする。
私が立っている位置から三メートルほど先のベンチに腰掛けている男の人は、立ちあがると私の隣まで歩いてきてしゃがみ込んだ。
そして、花壇のパンジーをまじまじと見ている。
「君が水やってたの?」
「え? あ、はい」
「そう。とても元気になったね」
「え?」
「花がとても元気になったよ」
「分かるんですね」
「ここでよく寝てるからね。俺と一緒に今からひなたぼっこする?」
あんまりにも綺麗な顔で聞かれるもんだから。
口をぱくぱくさせて、返事をどうしていいのか考え悩んでいた。
でもこの人どこかで……。
目の前の人は、明るい茶色の髪を綺麗にセットしている。
片方の前髪だけが長くななめに流している。
鼻筋が綺麗に通っていて、顔は陶器みたいに綺麗で白くて、瞳は切れ長の綺麗な琥珀色。
薄い唇は少し上向きでぷるんとしている。
甘い香りを漂わせていて、細いのに肩幅はそれなりにあって、ひょろひょろとした印象はない。
でも紺のカーディガンを着ている胸板は薄く思えて、一見病弱そうにも見える。
背は百七十五くらいかな。
きらきらと光るような瞳で、しゃがみこみながら私をみあげてくる。
先輩かなぁ。
男が青で女が赤の便所スリッパみたいなものを校内で使用しているうちの学校。
それなのに、目の前の人は赤いスリッパを履いている。
それがまたよく似合っているけど。
けど、両方に、“MAYUMI”と“YUKKO”と違う人の名前が書かれているところを見ると、よっぽどチャラチャラしているらしい。
「ねぇ、ひなたぼっこしないの?」
「え。でも、あのもう六時間目始まるんで」
「いいじゃん。俺さびしいから一緒にいてよ。ここ先生見つかんないし」
甘えるようにねだって私の手をくいっと引いてくる男の人に従って仕方なく、しゃがみ込んだ。
悪い人ではなさそうな気がする。
でも遊び人な気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます