第6話-夢想と医学
「…お待たせ致しました 本日は如何されましたか?」
鈴を転がす様な声が部屋に響く。
得も言われぬ圧迫感が、身体の表面をツゥ…と撫で、僕は今すぐにでも引き返したいと堪らずに思った。
折角、見えない様に気を付けていたコートも少しずり落ちてしまい、骨の身体が見えてしまっているが、其れも気にならないほどの衝撃だった。
声を発した主の要素を語ろう。
見てくれは女性だ。
しかし、その異様な雰囲気から、果たして生物として当てはめてよいモノなのか…何とも言えない、得体の知れない人型。
僕は、人様の髪型に興味がとんと無かった為、“コレだ”と言える自信は無いが、恐らく僕の暮らしていた日本で言うところのウルフカットに近いのではないだろうか。そんな髪型をしている。
色は…烏の濡れ羽色、とでも言おうか。
艶やかな黒色だ。
目の色、コレには随分と驚いた。
赤いのである。
昔、僕が学生の頃に遺伝子や染色体の事について、熱心に語っていた理科の先生がいた。
曰く、瞳の色は遺伝子情報とメラニン色素量、産まれ住む土地の日射率の関係で決まる。
その中でも赤い瞳を持つ人間は“ほぼ”いないと言っても過言では無いほど希少で、メラニン色素の欠如が多大で、目の奥の血液により赤く見えると言うことらしい。
そうしたら“アルビノ”と呼ばれる先天性白皮症の人は、全員赤いのですか?
と、僕が質問した時には
「割合としては多くはなるだろうが、それは全員ではないし、逆に非アルビノの人間でも赤い目を持つ人間は産まれる」
なんて、即座に答えて見せたのだから、余程自分の携わる分野が好きなのだろうと思った事を今でも覚えている。
他には、服装は草臥れた白衣。
オーバーサイズ気味なのか、袖で手の殆どは隠れてしまっている。
「私の分析は終わりましたか?」
「後は部屋が暗い…えっ」
様子を伺っていた事に気付かれてしまったみたいだ。
「まぁ、良いでしょう それよりも本日は如何されましたか?」
普通に診察に来た患者と思われてしまっているのだろうか。
まずは患者では無いことを伝えなければいけな…
…おかしくないか?
考えてみて欲しい。
今の僕の身体の事を。
“骨”。
歩く人骨。
喋る人骨。
何故この人は普通に僕に接しているのだ?
普通の人なら、化け物が出たとパニックになってもおかしくないのでは?
其れともこの世界では、動く白骨死体が居ることが普通の世の中なのか?
困惑する僕を察したのか、女性は口を開く。
「安心してください 私はどんな患者様にも分け隔て無く治療することを
…なるほど。
…なるほど、で終わらせて良いモノなのだろうか。
ただ、この外見でもコミュニケーションが取れるのであれば好都合である。
不気味な女性ではあるが、此方も丁寧に接してさえすれば、今すぐ何かをしてくる様な様子もない。
少し話してみよう。
「…アッ…えぇー…アー…あの、アレだ、ありがとうございます…」
…マズい。そういえば僕は人と話すのがとことん苦手だった。
「いえ、そうしましたら容態をまずは確認します 現在、何処か不調と感じる箇所は御座いますか?」
「アッ…と…アレっすかね…なんかこう…全体的に…おかしい…おかしいですハイ」
ヤバい。久々に人と会話する事もプラス、いや最早マイナスになって、言葉が無茶苦茶だ。
というか、向こうのペースに会話がなっているから、患者ではない事をそもそも言い出せなくなってしまっている。
「ふむ、全体的と言うと、全身に違和感を感じる といった認識ですかね 痛みが奔るのでしょうか?其れとも動かしていて、普段とは違う感覚がある、という感じでしょうか?」
「アッ…いやなんか、そもそも身体が何時もと違うと言いますか…材質が違う…種族…?生物として…違う…イヤナニイッテンダ…アァーっと…」
もうしどろもどろだ。
恥ずかしい。何で僕は何時もこうなのだ。
「…ふむ、そもそもが普段と違う…前提として、肉体事態が変わっている様な印象…材質と表現するのであれば、元はその骨の身体とは違うモノだった…ファントム系のエクトプラズム…いや、そうなるとそもそも…そうだな、骨の身体を得たこと事態に困惑するはずか…ならば元々は…後は種族…元はモンスターではない…?…生物と表現するのであれば、元は寿命が決まって存在するモノだった…全ての発想がまず、アンデッドとして産まれたモノからは外れていますね…であれば…元々アンデッドどころかモンスターではなく、人間だった…のでしょうか?会話も出来ますし、話の中で使われる言葉は、どれも寿命が決まって存在するモノからの視点と考えると…ある程度納得が出来ます…輪廻転生?まさかね…いや、あまり信じてはいないのですが…後は呪いの類い?ただ魂ごと別の肉体に移し替える様な禁忌を行える可能性があるモノは…」
「………???????」
何かブツブツ言い始めてしまった。
自分の世界に入ってしまったのだろうか。
コレは困った。
「アッ…スミマセン…えっと…」
「……………ん、あぁ、失礼致しました どうにもコレが私の癖でして、抜けないのですよ」
「アッ…全然大丈夫ス…」
【…お前ホントまともに会話さえ出来ねェのな】
頭の中で何か言われた気がしたが、無視した。
「私の見解をお伝えしても宜しいでしょうか?」
「えっ…アッ…ハイ…」
女性は少し楽しそうに、口元に笑みを浮かべながら語り始める。
「貴方は元人間 何かしらの事件や争いに巻き込まれるか、引き起こした事で元の肉体を損失し、浮遊状態となった魂が、無意識下に新たな器として白骨死体を選択し、其れは見事に成功 しかし、意識の外にあった貴方としては、気が付くと何故か骨の身体になっていて、困惑が堪えない状況にある」
「………」
「如何でしょう?」
「…大体…そんな感じ…ッスね…」
恐ろしかった。
外れている箇所もあるが、大体の流れはこの女性が推理した様な内容なのだから。
そして、余りにも思考が柔軟だ。
魂とか、まず普通の医者は言い出さないだろう。
科学的に証明の出来ないモノだから。
…いや、この世界では魂が移るだの何だのは普通のことなのかも知れないが。
何となく、この女性に全てを話してみても良いのかもしれないと思い始めた僕は、言葉に詰まりつつも、何とか今までの事の顛末を伝えた。
「…別の世界、ですか 戯曲や御伽噺の類いだと、普通は切り捨てられそうな話ですね」
「僕も…驚いています…なんなんスかね…」
「…後は、骨の身体を得る前に聞こえた声」
「私の箱庭がどう…って」
「余りにも荒唐無稽な話…ではありますが、言葉通りに解釈するなら、貴方がこの世界に降り立った事象も含め、声の主はこの世界の…“創造神”とでも言えそうですね」
「…もう遅いかもですけど、僕は正気ですからね…?」
「…一旦はそう認識しておきます」
ずっと思っていて欲しい。
「後は貴方の持っている能力のことですが…」
「…やはり、ちょっとオカシイんですかね」
「私は少なくとも、観たことも聞いたこともない能力です 其れに、法則から外れすぎている」
女性は眉間に指を当て、考え込みながら言葉を紡ぐ。
「言うなれば、異種移植…ですか コレは移植元の生物に対して、移植先から拒絶反応が出ないように、遺伝子操作を行わなければ現実的には難しい話なのです」
「…医学の分野はからっきしで…」
「医学に携わる身からしても、非常に難しい話で、まぁ倫理や道徳を混じる複雑な事柄なのですが…其れは一旦置いておきます」
「アァ…と…その、技術的には可能…何ですかね…?」
女性は渋い顔で答える。
「“一部可能”です 人間をモデルケースにした話ですが、遺伝子的に元々近い哺乳類に対して、特殊な魔法によって遺伝子操作を行った結果、成功したケースが存在します」
「な…なるほど…」
そう言った医学分野も、科学技術ではなく、魔法を用いて行うのか。
やはりこの世界は、僕の生きてきた世界とはそもそもが別物なのだろうと再認識させられた話だ。
「…ただ、その魔法は余りにも高度な技術で、この世界でも其れを可能とする魔法使いは指で数えられる程です」
「…僕の能力は…そう考えると…珍しいモノではありそうなんですね…」
「珍しい どころではないんですよ 貴方の場合、移植どころか“吸収”に近いのですから」
「…吸収、ですか」
「損失した肉体と別の肉体をつなぎ合わせ、言うなれば壊れた人形を縫い合わせるように、しかもキチンと動かせる様に再構築する 理から外れた力 とは言い得て妙ですね」
女性と暫く話し合う。
時間が過ぎるのは早かったが、久方ぶりに会話ができた楽しさと、自分の置かれた状況や不可解な力等の確認、再認識など非常に充実した時間になった。
「…ふむ、いつの間にか随分と時間が経ってしまいましたね」
「アッ…スミマセン…忙しいと思うのに…」
「いえ、とても充実した時間でした 寧ろ感謝を」
そう言えば、ずっと聞きそびれていた事に気が付き、僕は改めて女性に聞くことにした。
「…スミマセン…そういえば、お名前を聞いてなかったですね」
「ん?あぁ、そうでしたね」
女性は僕の目を見ながら、笑って答えた。
「私はハイド “ハイド・ラヴェンディル”と申します」
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