チャーリーの前世――1
チャーリーの前世の墓を見た後、僕たちは宿屋へ行き、客室に入った。
すると、チャーリーが話したいことがあるというので、僕は椅子に、クルシェはベッドに座って、聞く姿勢を取った。
「いつかはあたしの前世について話さないといけないとは思っていたんだけど……これがいい機会ね、ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いてほしい、あたしの前世、マグレガー・リガルディーの物語を」
そして、彼は語り出した――
* * *
あたしはすごい裕福ってわけではないけど、かといって貧乏では決してない、普通の家庭に生まれたわ。基本的に両親は優しかったし、生活するのに不便は特になかった。
だけど、あたしの母親には、少々困ったところがあった。
「ねぇねぇ、これ、着てみてよ」
買い物から帰ってきたばかりの母が、リビングで袋から服を取り出す。
それは白いフリルがついたスカートだった。
あたしは男なのに……。
母は女の子が欲しかったらしくて、一人息子のあたしに、女の子用の服をよく着せようとした。
「これ、女の子の服だよね、僕、男、なんだけど……」
「あ、そう……やっぱり、嫌よね……」
と母が悲しそうな顔をするので、あたしは慌てて、
「あ、着るよ、実はちょっと興味があったんだ」
「そう、嬉しいわ」
それから、あたしは女の子の格好をするようになった。
母が喜ぶので、あたしは一人称も僕からあたしに変えて、口調も女の子っぽくした。
はじめはそれは単に母を喜ばせるためのものに過ぎなかった。だけど、だんだんそれがあたしの中で自然になって、いつのまにか自分は男であることに、違和感を持つようにすらなってしまった。
そんな女みたいな振る舞いをしているから、あたしはいじめられていた。
「おい、なんでお前、そんなかっこしてんだよ」
「お前、男だろ、話し方もなんでそんな女みたいなんだよ」
「きめぇな」
公園で、殴る、蹴る、の暴行。一人で砂場で遊んでいたのに、近所の悪ガキ三人があたしを見つけると、攻撃をしに来た。
「おい、見ろ、こいつ、パンツまで女のやつはいてるぜ」
「いやぁ、やめてぇ」
スカートをめくられ、下着を晒される。
抵抗しようとするも、三人がかりで拘束され、抜け出せない。
あたしが泣き叫んでも、やめてくれない。
ぎゃはははとただ笑ってるだけ。
他の人たちに目で助けを求めるが、すっと視線を反らされてしまった。
そしてそそくさとその場から離れて行ってしまう。
「待って、行かないで……」
と手を伸ばすと、その手をいじめっ子の一人に叩かれた。
「いたっ……!」
「お前を、助ける奴なんて、誰もいねぇよ」
誰もいない……。
その言葉があたしの心の奥深くに突き刺さっていく。
そして、あたしは抵抗することをやめた。
いじめは彼らが飽きるまで続いた……。
「暗くなってきたし、そろそろ帰るか」
リーダー格の男子がそう言って去っていくと、他の二人も後を追って行った。
公園には、涙で顔がぐしゃぐしゃなあたしだけが残った。
そのまま帰ると心配されるので、涙が枯れるまで待って、その後水飲み場で顔を洗ってから帰路に就いた。
家から帰ると、父と母の出迎えはなかった。
リビングへ行こうとして、ドアを開けようとすると、中から父と母の怒鳴り声が聞こえてきた。
「いつまでマグレガーに女の格好をさせてるんだ!」
「させてるってなによ、あの子が自分から着てるのよ!」
「もとはと言えばお前が着させようとしたんだろ!」
「だって、あの子が興味あったっていうから……それに、まさかいまだに女装するだなんて思わなくて……」
もうそれ以上聞いてられなくて、あたしはわざと「ただいまー!」と大声で言った。
ドアを開けてリビングへ入ると、ぎこちない笑みを浮かべる父と母がいた。
「お、おかえり、マグレガー、遅かったじゃないか、今日は」
「心配するから、早く帰らないとだめよ」
両親はあたしの前ではすごく優しい。
だけどね、お父さん、お母さん、あたしね、知ってるんだよ?
あなたたちがあたしのいないところで、あたしの悪口を言っていること、あたしのことで喧嘩していること……。
隠せているつもりかもしれないけど、全部、知っているんだからね……?
矛盾しているかもしれないけど、あたしは両親のことが大好きであると同時に、大嫌いでもあった。
この他にも両親の嫌だったところはもう一つある。
ある日のことだ。
その夜は、父と母がなぜか妙にそわそわしていて、本を読んでいたあたしのことをチラチラとしきりに見ていた。
「マグレガー、いつまで起きてるんだ、早く寝なさい!」
と父がとうとう怒鳴ってきた。
「え、でも、まだ……」
「子供はもう寝る時間よ!」
と母にまでイライラしているかんじで言われる。
「……はい」
しかたなく、読みかけの本を閉じて、子供部屋へ向かった。
せっかく読んでいた小説がいいところだったのに。
いつもはこの時間帯に起きていても怒らないのに、変なの。
それから、あたしはベッドに入って寝ていたのだけど、深夜、トイレへ行きたくなったので、起き上がり、部屋から出た。
廊下を歩いていると、父と母の寝室から光が漏れてるのが見えた。
お父さんとお母さん、まだ起きてるのか……と思って、何気なくドアの隙間から中を覗いて、あたしは固まってしまった。
その先にいる父と母は、普段とは違い、まるで獣のようだった。
あたしはトイレへと逃げるように駆け込み、用を足す前に、込み上げてきた気色の悪いものを口から吐き出した。
あ、あれは、なに……?
その日から父と母が何か得たいの知れない恐ろしい生き物のように見えるようになってしまった。
もちろん、それから肉体的にも精神的にも成長して知識がちゃんとついて、父と母がしていた行為の意味はわかるようになった。
でも、あたしはああいう日の父と母がずっと好きになれないままだった。
「マグレガー、早く寝なさい」
だいぶ大きくなったある日のこと、本を読んでいたあたしに、父はそう言った。
ああ、今日は、あの日か……。
「わかったわ、お父さん」
「マグレガーはいつも言うことを素直に聞いてくれて、偉いわ」
と母がニコニコと笑みを浮かべて、言う。
いつも言うことを素直に聞いてくれて、偉い、ね……。
なんの価値があるのかしら、そんなことに……。
自分の部屋へ行き、ベッドに入る。
でも、寝るつもりはなかった。
数十分後、あたしはトイレへ行くわけでもないのに起きて、父と母の寝室へこっそりいく。
そして、ドアの隙間から、中を覗いた。
そこには、やはり獣のような父と母がいた。
べつに見たかったわけじゃない。むしろ見たくなんてなかった。ただ、許せなかった。あたしの知らないところで父と母が自分に内緒でこそこそと何かをしていることが。
じーっと吐き気を我慢しながら中を覗いていると、突如、母がドアの方を見て、こちらに向かってきた。
慌てて逃げようとするが、時すでに遅し。
母がドアを開けて、逃げていたあたしを呼び止めた。
「マグレガー、あなた、見ていたの……?」
あたしが黙っていると、父も部屋から出てきた。
「お前……いつから見ていた?」
それでもあたしがなにも話さないでいると、母が道端に落ちてる吐瀉物でも見るような顔になって、
「いやらしい……私たちのこと、ずっと黙って、見ていたなんて……気味が悪い子……」
い、いやらしい?
ちがう! あたしはそんな気持ちじゃない!
むしろ気持ち悪いとすら思ってるくらいなのに!
あんな醜くて汚らしい行為で自分が生まれてきただなんて、信じたくないくらいなのに!
あたしはその場から逃げるように去る。
「あ、マグレガー! おい、言いすぎだぞ」
「だって……」
父と母の声が後ろから聞こえてくる。
それでもあたしは立ち止まらずに、そのまま家を出た。
家を出て向かったのは、魔法学院。
あたしはここの生徒じゃないけど、学院の敷地内と外を隔てる金網に、子供なら入れるくらいの穴が開いている個所が実はあって、そこから中に侵入して、学内にある図書館によく行っていた。
この時間帯は人が全然いない。
あたしは学生の大多数が講義を受けているときとか、そういう人が全然いない時間を狙って、図書館に侵入していた。
そこは主に魔法に関する本が置かれていたけど、他にもいろいろな本が置いてあった。
本はあたしの孤独を柔らげてくれた。
外だけでなく家の中も居心地が悪くなってしまったので、この日から図書館に行く頻度が増えてしまった。
あたしは多くの魔法に関する本を読み漁った。
どんな本だって内容を理解できたから、やろうと思えば魔法だって使えると思った。
けど、試したことはなかった。
でも、ある日、図書館の人があまり通らない端っこの少し空いたスペースで、好奇心に負けて、試しに初級の魔法を唱えてしまった。
「イグニス!」
その瞬間、ボォッと炎が出て、壁にぶち当たった。
当たったところが少し焦げてしまった。
「なんだ? 今の音」
と男性の声が聞こえて、足音がこちらに向かってくる。
まずい、と思って離れようとしたけど、その人物はもうこちらに来てしまった。
「あれ、君……その格好……この学校の生徒じゃないよね?」
背の高くてスラッとした、爽やかな風貌の男性だった。サラサラとした茶髪が少し羨ましい。
あたしがどうしよう……と悩んでいると、
「大丈夫、誰にも君のこと言わないから。ねぇ、今、もしかして魔法使った?」
相手のことを警戒しながらも、小さくうなずくと、
「すごい、誰かに魔法を教わっていたの?」
「ううん、自分でここの本とかを読んで、勉強しただけ」
「それはすごい、才能あるよ!」
と彼は目を輝かせて言う。
才能……あたしに魔法の才能が……。
その言葉は、あたしの心を躍らせた。
「魔法学院に入った方がいいよ、あ、なんなら、俺が推薦してあげようか?」
魔法学院にこのあたしが……
実は前々から少し興味があった。
学院に入れば、ここの本、気兼ねなく好きなだけ読めるし……。
「君、名前は? あ、まず、俺の方から名乗るべきか、俺はライオット」
「あ、あたしは、マグレガー」
「ん? マグレガー? あれ、君、女の子だよね?」
と彼はあたしの服を矯めつ眇めつ眺めて言う。
あたしはなんだか恥ずかしくなり、顔を伏せて、
「男……です。男だけど女の格好をしているの……おかしいですよね?」
「べつにいいんじゃないか、好きな格好をすれば?」
え? と思って顔を上げる。
そこには柔和に微笑む整った顔立ちの男の顔があった。
初めてだ、そんなことを言ってくれた人……。
ドキッと胸が高鳴る音が聞こえてきた。
このとき、あたしは男なのに、彼に恋をしてしまったのだ。
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