山賊退治

中本則夫

山賊退治

 村一番の暴れん坊だったタリオは、村人にさんざん迷惑をかけ親を悩ませた末に、十三歳の時、村から遠く離れた寺院に預けられた。真面目に修行を積み、一人前の僧となって村に帰って来ることを、彼の両親をはじめ村人たちは願った。

 寺で生活すること十二年。タリオは二十五歳になり、少なくとも姿かたちは僧呂となって、今、故郷の村へ帰る旅の途中にある。

「これはこれはお坊様。こんな山奥の村においでになるとは」

 旅の途中に訪れた山間やまあいのとある村で、タリオが一夜の宿を求めるべくそぞろ歩いていると、村長を名乗る男が現れて、歓迎してくれた。この国の人々は僧を敬う心が厚い。特に田舎では、頭を丸めた僧服姿であれば、何くれとなく大切にしてくれる。

「村長さん、気づかいはいらないよ。おれはたいした僧侶じゃない。姿カッコウは僧だが、経文もロクに覚えてないんだ。だがとりあえず、雨露しのげる所ならどこでもいいから、ひと晩寝させてくれるとありがたい」

「ご謙遜を。ひと晩と言わず、いつまでも過ごして行ってください」

 村長は、他の村人たちに声をかけ、とある農家の物置小屋を宿として提供してくれることになった。タリオは小屋に荷物を下ろすと、

「よーし!何か、手伝えることはないか。細かい手仕事は苦手だから、力仕事があるとありがたいな。宿賃の代わりだ、何でも言ってくれ」

 と、村人たちに呼びかけた。村人たちは僧侶の申し出を意外に思ったが、喜んでタリオに用事を頼んだ。薪割り、荷物運び、壊れた牛小屋の修理など、タリオはバリバリとこなした。二十五歳の男子であるタリオは、身長が180センチに達し、スリムではあったが、筋力の強さは力自慢の農夫たちに劣らない。

「寺でいったい何の修行してきたんだって感じだろう。ハハハ。仏さんの教えより、武術のほうが好きでね。武術だったら相当な修行を積んだよ」

 快活に笑うタリオは、たちまち村の人気者となった。


 村人たちに引き留められるまま、タリオが村で滞在五日目を過ごしていた夕暮れ時、タリオはどこかで子供が泣いている声を耳にした。

 ただ転んでひざをすりむいただけのような泣き方ではない。必死に訴える響きがあった。タリオが気になって泣き声のするほうへ向かうと、村長を先頭に、十人ほどの村人が、大きな荷車に麻袋をいくつも乗せて、とぼとぼと道を進んでいる。荷車のそばには仔牛が一頭いて、その後ろを五歳くらいの女の子が泣きながらついていく。

 何事なのか尋ねると村長が説明した。

「このあたりを縄張りにしている山賊がいましてな。むやみに村を襲うようなことはないんですが、たまに食う物に困ると、食糧を差し出せと、脅してくるのです。いま、要求された食糧を指定された場所まで運んでいるところでして」

「お坊さま、たすけてください!」

 泣いていた五歳くらいの少女が、鼻を赤くしたまま舌たらずな口調で訴えかけた。

「テナが連れて行かれるの!テナを助けて!」

 少女は、仔牛の胴にすがりついて泣いた。テナと呼ばれた仔牛は、きょとんとして黒い目を輝かせている。

「この仔牛も、差し出さなきゃいけねえのか」

「はい。食うのです」

 村長は、あきらめ顔で、泣いている少女の頭をなでた。

 タリオは思案した。

 芝居の中の主人公なら、ここでその山賊たちを蹴散らし、仔牛の命を助けて、少女を笑顔にするだろう。武術の修行を積んだタリオには、ちょっとぐらいのならず者たちなら撃退する自信がある。しかし、たとえ今日のところはそれで解決しても、山賊たちはタリオが去った後に報復に来るかも知れない。大きな村や町では、武装を整え防壁を築いて、山賊、盗賊に対抗しているところもある。しかしこの山の中の小さな村では、それもできないのだろう。彼らなりに悩みながら、仕方なく山賊の脅しに妥協し、村の平和のため最善の道を選んでいるに違いない。そういう状況で、旅の途中に数日滞在しているだけのタリオが、ヘタな騒動を起こすわけにはいかない。

「おれも一緒に行こう」

 妙案は浮かばないが、タリオは村人たちと共に、山賊たちとの約束の場所に向かった。

 仔牛に追いすがって来た少女に関しては、山賊たちに会わせるわけにもいかないため、道の途中で仔牛から引きはがし、同行していた父親と共に家に帰された。それでも仔牛の名を呼び、悲しく訴える声が耳に残る。

 村の外れにある古びた神社に着いた。手入れもされていない境内に、体格のいい男が五人、それから小柄な女性が一人、待っていた。女性は二十歳そこそこに見える若さで、驚いたことに、身なりは粗末ながらその顔立ちはどこの姫君かと思うほど端正で美しい。

「約束の食糧を持って来たぞ」

 村長が告げ、ここまで荷車を押して来た村人たちは荷車から離れた。仔牛は大人しく立ってじっとしている。

「こりゃいい、美味そうな仔牛だ」

 男の一人が言いながら仔牛の背中をぽんぽんと叩いた。

 若い女は腕組みをして立ち、じっとその様子を見ている。

 タリオはふいに大きな声で言った。

「なあ、かしらはどいつだ。まさか、そこのお嬢ちゃんかい」

 男たちは驚いて身構えた。女はキッとタリオをにらんだ。

「そうだ。頭はわたしだ。お前、見かけない顔だな。格好は坊主だけど、それにしちゃあ学が無さそうなツラだね」

 タリオは大きな声を響かせて笑った。

「さすがお頭、人を見る目がある。おれの名はタリオ、旅の途中にたまたま村に立ち寄っただけの、僧侶のなりそこないだ。で、おかしら、ちょっと頼みがあるんだが」

 山賊とはいえ、中には、僧侶に敬意を抱いている者もいる。タリオはわずかな望みをかけて、頼むだけ頼んでみることにした。

「この仔牛だけは、かんべんしてくれねえか。他の食糧は全部持っていってかまわない。この仔牛だけはな、これを育ててた家の女の子が、ひどく泣くんだよ」

「おい!」

 ここは出番だとばかりに、男たちがタリオをにらみつけ、にじり寄って来た。

「坊主に用があるのは葬式の時だけだ。しゃしゃり出て来るんじゃねえ」

「タリオ様、おやめください!」

 村長はタリオの僧服のそでを引いた。

 数秒、にらみ合いが続いた。

 バン!

 突然、乾いた木の音がして、古びた神社の社殿の扉が開いた。

「退散せよ!山賊ども!」

 タリオ、山賊の頭、子分たち、村人、仔牛までもが、驚いて社殿の方を見た。

 扉が開け放たれた社殿の中から、朱色の仮面、かぶと、肩鎧、胴丸、籠手こてすねあてを装備し、背中に羽飾りを差した異様な戦士が現れた。

「我こそは、キルルーセパ神の化身!逆らえば神罰を下すぞ!」

 タリオは唖然としながらも、気を落ち着けて朱色の戦士を観察した。身につけている鎧は木製で古びている。声は震えている。かなり若い。

 山賊の頭は、プッと吹き出した。子分たちがまずこのこっけいな鎧武者に襲いかかり、片付けてしまうだろうと、腕組みして待った。ところが、子分たちは怖気づいて二の足を踏み、社殿に近づくことができない。

 頭は美しい顔を曇らせ、舌打ちして、うろたえる子分たちを押しのけ社殿に歩み寄った。

 キルルーセパ神の化身は叫んだ。

「なんだ!近づくな無礼者!近づけば、このキルルーセパ神の・・・」

 頭は一瞬で鎧武者との間合いを詰めた。

 鋭い回し蹴りが一閃した。

「わっ!」

 鎧武者は仮面と兜を蹴りで吹き飛ばされ、後ろによろめいて尻もちをついた。

「あ、おめえ、シデンじゃないか!」

 村人の一人が叫んだ。

「村のもんか?」

 タリオが尋ねると、

「あの泣いてた女の子の兄貴です」

 と村人が答えた。

 タリオは山賊の頭に声をかけた。

「よう!いい蹴りじゃねえか。ひとつ、手合わせ願えねえか。おれも格闘にはちょっと自信があるんだ」

「ふん、やっぱりそうか」

 タリオの体格、山賊と対峙する気配を見て、頭もタリオがただの僧ではないと見抜いていた。

「わたしの名はカーナ。こんな田舎で、本気で闘える相手もなくて困っていたんだ」

 山賊の頭、カーナは社殿から下り、タリオと三メートルほど距離をとって、構えた。

 子分たちと村人たちは、それぞれ後ずさって、二人が闘うスペースを空けた。

 カーナはタリオに向かって駆け出し、身をかがめて足払いを放った。タリオはひょいと飛んでかわす。カーナはそのまま跳ねるように立ち上がって、タリオの顔面に向けて左、右と正拳突きを繰り出すが、タリオは上体を揺らして二発ともかわし、みぞおちを狙って打ち込まれた肘撃ちを、手の平で受け止めた。

 次の瞬間、カーナはタリオに襟をつかまれた。

 カーナの体がふわりと宙を舞う。

 天地が逆になり、気が付いた時には、カーナは地面に仰向けになって空を見ていた。

「勝ち負けは言うまい」

 タリオは上からカーナをのぞきこんだ。カーナはぼう然と、まばたきをした。見事な背負い投げを見舞われたことにようやく気付く。

 タリオが子分たちに目をやると、皆、言葉を失って固まっていた。自分たちの頭の恥をすすぐべく襲い掛かって来る者はいなかった。

 カーナは失笑しながら立ち上がった。

「仔牛は、連れて帰っていい。お前の強さと、その何とかの化身のクソ度胸に免じてな」

 タリオは、まだ尻もちをついたままの鎧武者、シデンに向かって、グッと親指を立てた。シデンは力なく笑った。

「ただ、条件がある。タリオ」

「おう」

「わたしに武術を教えてくれ」

「ふむ。仏の教えじゃなくてか?」

「武術だ。明日また出直す」

 カーナと子分たちは仔牛を置いて、食糧の荷車と共に去った。

 キルルーセパ神の化身を演じたシデンは村人たちからきつく叱責を受けた。キルルーセパ神は、この国に古くから伝わる神話の中の神様の一人だ。この村には、キルルーセパ神を祀る神社が三ヶ所にある。朱色の古びた鎧は、祭の時に村の男がキルルーセパ神に扮して踊るために代々伝わっているもので、この神社の社殿に大切に保管されていたものを、シデンが山賊たちを脅そうとして、勝手に身につけたものだった。

 ペコペコと頭を下げて村人たちに詫びながらも、妹のために仔牛を連れ戻す目的を達成できたシデンは、晴れやかな顔をしていた。

 帰り道、タリオは村長に聞いてみた。

「ここいらの太守は、けっこう訓練された強い軍隊を持っているんじゃなかったかな。太守の正規軍を動かして、山賊を退治しちゃくれないのかい」

「はあ。まあ、このあたりはなにぶん、土地がやせていて納める税も少ないですし、軍勢を動かすには道もよくないのでね。訴えても、なかなか気にかけてはくれません」

 ここで村長はスッとタリオに近づき、小声で耳打ちした。

「しかし、手は打ってあります。いつまでも奴らの好きにはさせません。近いうち、一網打尽ですよ」

「ほう?」

 何か策があるらしかった。


 山賊の頭、カーナに武術を教える約束をしたタリオは、当面のあいだ村に留まることになった。村人たちに世話をかけてしまうことをタリオは申し訳なく思ったが、村人たちはむしろタリオが留まることを喜んでくれた。特に仔牛を取り戻した少女とその家族は、タリオを自宅に迎え入れ、寝床も食事も喜んで提供した。

 毎朝、ちょうど朝のひと仕事を終えて朝食も済ませた頃合いに、カーナの子分がタリオを迎えに来る。カーナとの待ち合わせ場所は、最初に手合わせをした神社の境内だった。

「タリオ。わたしはもっと技を磨きたい。ちゃんとした稽古をすれば、もっと強くなれるはずなんだ」

 カーナは、真剣な、切実な眼差しでタリオに思いを述べた。

「道場に入るとか、偉い武芸者に弟子入りするとかしたいが、こんな田舎だし、子分たちのこともあるから、なかなかそうはいかない」

 山賊の頭、カーナは、まだ十六歳だった。親の顔は見たことがない。物心ついた時には浮浪児として、街で仲間たちと共に盗みなどして暮らしていた。そこを先代の頭に拾われ、山賊の一団の中で育てられた。格闘技は、先代の頭に基礎を教わり、この村から二つ山を越えた町に武芸に通じた老人がいるので、その老人のもとを時々訪れて学んでいる。

 先代の頭に可愛がられていたからといって、それだけで後を継げるわけではない。当然ながら山賊たちの社会は実力がものを言う。しかし、先代の頭が病に倒れた時、すでにカーナは、一対一の闘いでは誰にも負けなかった。年少であり女性でありながら山賊たちはカーナを次の頭に選んだ。

 カーナは自分の容姿の美しさなど、意識したことがない。日々、ならず者たちをまとめ上げて生き残ることに必死だった。

 稽古を始めてみると、タリオはカーナの身体能力の高さ、戦士としての素質に、驚くばかりだった。

「カーナ、お前、すごいな。こりゃあ一年もすれば、おれなんかじゃ稽古の相手はつとまらなくなるぞ」

 カーナはほめられてはにかみ、かすかな笑みを浮かべた。

「タリオは、なんでそんなに強くなったんだ?坊主は武術も習うものなのか」

「んー。まあ、そうだな。実は習う。悲しいことにそうなんだ。大きな寺院といえばどこも、国王の軍隊の兵士たちも恐れるほどの、強い僧兵を養ってる。寺っていうところは、表向きは、仏の教えを学ぶ場所として信徒たちから金を集めているが、自分の寺の領地をもっと広げて、財産を蓄えることに、えらく熱心なんだ。領地を広げるには、国王に対してもニラミをきかせられないといけない。寺同士の抗争もあるし。だから武力が必要なんだ。腕っぷしの強い僧兵が、うじゃうじゃいるのさ。おれも最初は、大人しく仏道修行をしていたんだが、小さい頃から体格もよかったし、変に見込まれちまって、武芸が達者な僧から戦い方を教わったんだ」

「わたしも寺に入って稽古したいな」

「バカを言え。腕の立つ奴は多いが、寺なんか、根性の腐った奴ばかりだ。出て来られてよかったよ。おれは、生まれた村に帰ったら、もう僧はやらないつもりさ。まじめに畑を耕すよ。まあ、そのくらいには真面目になったから、寺に入った甲斐はあっただろうさ」

「そうなのか。わたしは、もっと武術を習いたい。仲間たちだって、好きで盗みやケンカをやってるわけじゃない。ちゃんと学ぶことができれば、学問ができる奴もいるし、手先が器用なやつもいる」

「もったいねえな。こんな山奥で悪さばかりさせとくのは」

「悪さか・・・うん、そうだな。悪さばかりしてきた。ただ、お前と最初に勝負をしたとき、神社の社殿から、神の化身とか言って赤い鎧を来た奴が飛び出してきたのを見て、子分たちは本気で信じて怯えていただろう。ああいう奴らだ。図体はでかいけど、素朴で、純粋なところもあるんだよ」

「それにお前は、ツラもいい」

 タリオはカーナの鼻先をビシッと指さした。

「肌も白いし、おめめパッチリだし。身なりをちゃんとして街に出れば立派なお姫様だぜ」

「ばっ・・・」

 カーナは動揺して、叫んだ。

「バカなことを言うな!」

 たちまち耳まで赤くなったその顔を見て、タリオはカラカラと笑った。


 カーナとタリオの朝稽古は七日間続いた。

 しかし八日目の朝、タリオのもとにカーナの子分からの迎えが来なかった。

 今日は休みかと思いつつ、タリオが村の通りに出ると、大勢の人のざわめく声がした。

 異様な気配を感じて声のするほうに行くと、村の中央の広場に、武装した兵士たちが整列していた。広場とはいいながら大した広さもないところに、ぎっしりと三百はいる。

「こりゃあ、太守の正規軍じゃないか」

 心臓の鼓動が早まる。

「まさか、山賊を一掃しちまおうってんじゃ」

 タリオは広場の周辺を歩いて兵士たちを観察しながら、馬にまたがって従者を連れた身分の高そうな将官がいるのを見つけて声をかけた。その側には、村長もいた。

「どうしたんだい、この兵士たちは?」

「これはお坊様」

 将官はタリオに手を合わせ、頭を下げた。白髪まじりの口ひげとあごひげをたくわえ、年齢は五十代後半あたりに見える。この部隊の隊長であるという。

「このあたりを荒らしまわっている山賊を討伐しに来たのです」

 隊長は穏やかに答えた。

 村長がそのあとに続く。

「タリオ様、手は打ってあると言ったでしょう。前々から太守様に打診していたのですよ。やっと実現できました!山賊など、ひとたまりもありません。これまで、どれほどの屈辱に耐えて来たことか」

 村人たちも、兵士たちに声援を送っている。

「徹底的にやってくれ!山賊なんかに容赦するこたあねえぞ!」

「全員ぶっ殺して、生首にしちまってくれ!」

 タリオは額に手を当てて、しばらく心を落ち着けた。

「隊長さん、ちょっと、ひとつだけ聞いておきたいんだが」

「何でしょう」

「山賊を見つけても、いきなり殺しちまうってことはないよな?一応、投降を呼びかけてみたりするんだろう」

 隊長は微笑んで答えた。

「もちろんです。その点は、太守様からも強く言われております。賊とはいえ、むやみに殺すつもりはありません。投降する者は受け入れますし、もしわが軍に加わって兵士になりたい者がいれば、私の部隊で面倒をみるつもりです」

「おっ、本当か!」

 予想外にいい答えが聞けて、タリオは安心した。

「話のわかる隊長さんでよかった。あんた、来世は極楽に生まれるよ」

 三百の兵士たちは山に分け入り、三日かけてカーナと子分たち全員を捕らえた。カーナたちは、圧倒的に不利な状況を悟ってほとんど抵抗することなく太守軍に投降した。その数は二十八人。ひとまず五、六人ずつに分けて村長宅はじめ数件の村人の家に軟禁されることとなった。

 さらに三日が過ぎた時、村人の畑仕事を手伝っていたタリオは、あぜ道を通りかかった太守軍の兵士たちの中に、見たような顔が混ざっているのを発見した。

「おい、あんた、山賊の一味じゃなかったか?」

 声をかけると、兵士は笑顔になり、ビシッと敬礼をして応じた。

「その通り。神社で会ったな、お坊さん」

「なんだなんだ、もう軍に入れてもらったのか!」

「まあな。隊長が立派なお方でな。賊なんかやめて、兵士として働くようおれたちを説得してくれたんだ。兵士がいやな奴は、しばらくの間は隊にいて、それから他の職を探してもいいって言ったりしてな。とりあえず軍にいるあいだはメシが食える。おかしらも、隊長のことを信用して、隊長に従うよう子分たちに勧めてるよ」

 すがすがしい口調で語る元山賊の姿に、タリオは感動して思わず目をうるませた。

「よかったなあ、おい!似合うじゃねえか兵隊の格好がよ!」

 しかし、あまりにもきれいに話が進むので、怪しみもした。大丈夫なのか心配になり、タリオは村長に確かめてみた。

「何か、だまされて、本当はこのあときつい鉱山とかに送り込まれるんじゃないだろうな」

 山賊を一掃して面目躍如し、ここ数日ずっと上機嫌の村長は、いぶかしむタリオを見て吹き出した。

「そんな!いや失礼、笑ってしまい申し訳ない。なるほど、ご心配もごもっとも。だが、そんな怖い話ではありません。あの隊長は、盗賊山賊の類を退治するので有名な人でしてな。いや、そのやり方というのが、今度みたいに、捕らえた賊たちを自分の軍に吸収して、まっとうに生かしてやるんですよ。そのまま兵士を続ける者もいれば、軍隊といってもいろいろですから、土木の部隊に行ってから辞めて大工になる者や、会計とか補給の部隊に行って事務仕事をする者もあるそうです。まあ、タリオ様も話してみてわかったでしょうが、あの隊長は立派なお方ですよ」

 タリオはつくづく感じ入った。

「そんな慈悲深い人は、寺の高僧の中でも見たことねえな!」

「明日には、元山賊たちも含めて、太守軍の兵たちはこの村を去るそうです。一度、太守様のお城に戻って、そこから人生の再出発、ということです」

 軍が村を出る時には、見送りに出よう。タリオはそう考えた。カーナにも別れのあいさつができるといいが。

「しかしまあ村長さん、そんなたいそうな隊長さんと兵士たちをはるばるこの山奥まで呼ぶなんて、相当苦労したんじゃねえのか」

「いや、そこなんですよ」

 村長はニヤリと笑って、小声でタリオに耳打ちした。村長の耳打ちは二度目だ。

「太守様っていうのが、相当な女好きでしてね。ここの山賊のかしらがえらく美人なんだって話をしたら、すぐに食いついて、軍を差し向けてくれたんですよ。あのお頭は、太守様のめかけとして養われることになるんです。いやはや、美人は得ですなあ」


 翌朝、カーナは太守軍の兵士たちと共に村を出た。山賊の子分たちは全員太守軍の兵士として受け入れられ、カーナは頭としての責任からも解放されて安堵している。カーナは武術の腕前を隊長と兵士たちに披露し、賞賛を浴びた。部隊の中では優秀な戦士として敬意が払われている。今後の身の振り方について、隊長からは、特例ながら女兵士として軍に組み込むか、もしくは、太守様の意向によっては「それ以外の道」もあり得るが、「彼女にふさわしい地位」を用意する、と言われている。

 カーナは想像を巡らせた。太守の城の城下町に行けば、武芸に優れた者たちもいるに違いない。太守の正規軍の中にも、優れた戦士がいるだろう。期待に胸をふくらませる。現実には、太守の城に着いたら、太守のめかけとして拘束され、裕福ではあっても自由の無い生活をすることになるとは、夢にも思っていない。

 細い山道が続くため、三百数十名の隊列は、一列になって長く伸びた。

 村を出て十キロほど進み、片方に山の斜面がせり上がって、片方には暗い林が広がる細い山道に来た時、狼の遠吠えのような、奇怪な声が響き渡った。

ワオオーーー、ワオオオーーー

 初めは何かの聞き違いかと思っていた兵士たちが、そうでないとわかり、しかもかなり近くから聞こえることに気づいて、ザワめきながら足を止めたところで、人の言葉が聞こえた。

「我こそはキルルーセパ神の化身!」

 どこから声がするのか、兵士たちはオロオロと周りを見回した。

「あそこだ!」

 一人が指さしたのは、山の斜面の中腹、山道から五メートルほどの高さの地点だった。そこに、朱色の仮面、兜、胴丸、籠手などに身を包み、羽飾りを背負った戦士が立っていた。

「あ!また出た」

 カーナは驚いてつぶやいた。ただ、前に神社で見たものとは体格が全く違う。背も高く、全身に筋肉の厚みがある。

「兵士たちよ、よく聞け」

 たくましいキルルーセパ神の化身は、兵士たちの頭上から語りかけた。

「まずはお勤めご苦労!そして、山賊たちを受け入れてくれたのは立派である。ただ、この中に一人だけ、真実を知らされることなく、太守のスケベ心を満たすための生贄いけにえにされようとしている女がいる!」

「女?」

 太守軍の中で、女といえばカーナしかいない。カーナは自分を指さした。

「わたしか?」

「そうだ!隊長よ、聞こえているか!お前はいい奴だが、キルルーセパ神は、納得しておらぬ!太守のスケベ心のために軍を動かしたことは、お前の名誉にも傷をつけてしまうだろう。いま私が見事に解決してやるから、感謝せよ!」

 そう叫ぶと、キルルーセパ神の化身は、山の斜面からひらりと飛び降りた。兵士たちは驚き騒いだ。何人か、それでも態勢を立て直して剣を抜き、斬りかかって来る者があったが、神の化身はそれを巧みにかわしては、脇腹に拳の打撃を打ち込んで退けた。

 神の化身は瞬く間に、カーナのもとへ駆け寄った。

「タリオなのか?」

 仮面をしていても、体格と動きでわかる。

「行くぞ!」

 キルルーセパ神の化身に扮したタリオは、カーナを肩に担ぎ上げて、林の中に駆け込んだ。兵士たちはそれを追ったが、生い茂る木々とからまる草に遮られて追いつけない。

「放っておけ!」

 伸びた隊列の後方から駆けつけた隊長は、兵士たちを制した。

「たいしたことではない。まあ、そう、美しい山賊の頭は、正規軍に敗れたことを恥じて、自害してしまった。太守様はがっかりなさるだろうが、そういうことにしておけばよい」


 タリオはカーナを担いだまましばらく走ったが、誰も追って来ないことを確かめて、足をとめた。

「タリオ、どういうことだ?」

 タリオは、太守の本当の狙いが美しい妾を増やすことであったことを説明した。

 落胆するかと思いきや、カーナは声をあげて笑った。

「そんなつまらん企みだったのか!けど、本当のことがわかって安心した。子分たちが正規軍に入れただけでも、上出来だ。ありがたい。それを思えば、太守の妾になってやってもよかったくらいだ」

 タリオも笑った。

「妾が何かも知らんくせに!だが確かにまあ、上出来だろう」

 タリオは、キルルーセパ神の化身の扮装セットを村に返すため、一度村に戻り、それから故郷への旅を再開することにした。

「カーナ。おれと一緒に来るか?」

 タリオは唐突に提案した。

 思いがけない言葉に、カーナは戸惑った。顔が熱くなる。

「いいのか」

「いや間違えた。おれと一緒に来てくれないか」

 カーナは、こみ上げる喜びにますます困惑した。答えは決まっているが、口に出す勇気がない。

「なぜだ?なぜわたしと?」

 問いかけて、もう少しだけ気持ちが落ち着くのを待ちたかったが、

「よし、イヤじゃなさそうだな。決まり!行くぞ」

 タリオは楽しそうに決定し、カーナに背を向けて、機嫌よく歩き始めた。

 まだ返事してないのに、とカーナは顔を赤らめたまま数秒その場に立ち尽くしたが、我に返って、タリオの背中を追いかけた。


おわり







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