第十章 思考する彼女とやっぱり大人な彼女

#21

 シホの霊体を斬れる剣と死体漁りで開拓してあったルートのお陰で、メリランダとエルテにとって未知の領域だった場所も、迅速かつ安全に呪詛の宴を通り抜ける事が出来た。


 罪の分銅に到着するとエルテは少し不安そうにシホに話す。

 「私、嘘つきだったから大丈夫かな?」

 「誰かを傷つけて来たわけじゃないし、絶対大丈夫だよ」

 その傍らでメリランダが小声で懺悔している。

 「今まで数多くの死体を弄んでごめんなさい。今まで数多くの死体を弄んでごめんなさい」


◆悪いとは思ってたんだ・・・・!?


 そんな二人の不安は要らぬ心配に終わり、無事に深層部への道は示された。


 冥府の大口。メリランダの周囲を照らす魔法で改めて見ると、その巨大さと深さに圧倒される。シホは上位種と戦ったのを思い出し、ふと疑問をメリランダにぶつける。

 「ねぇ、私達の一先ずの目標は上位種になる事だけど、どこからが上位種扱いなの?」

 「さあ?正確な事は分かりませんが、レベル60以上にでもなれば固有アビリティが付与されるのではないですか?シホさん簡易的な解析魔法習得してませんでした?戦闘時に敵のレベルだけでも見なかったのですか?」

 「一人だったし、いきなり上位種と遭遇したからそんな余裕なかったよ」

 「相手を知らずに戦いを挑む方が無謀ですよ。何か情報が読み取れないか、シホさんの能力見てみましょう。ここのところ確認してませんでしたし」

 メリランダはシホに解析魔法をかけると、いつもの様に飛び出す文字。


 個体識別   :シホ

 種別     :不死系・アンデッドソーサレスナイト

 レベル    :40

 能力値    :体力62・力70・魔力54

 耐性・弱点  :聖100・闇100・弱点 火

 スキル    :表示上限を超えています。

 固有アビリティ:死者継承・肉体保持


 「固有アビリティに肉体保持が追加されてますよ!倒した上位種が持っていたのではないですか?しかしレベルに対して破格の能力値ですね・・・・」

 「それってもう腐らないって事?」

 「恐らくそうでしょう」

 「ね、エルテには!?エルテには共有されてる?」

 「エルテさん能力を覗いても・・・・?」

 エルテはメリランダから目線を逸らし、少しモジモジしながら軽く頷く。

 「でも、スキル読むの禁止」

 「大丈夫です。シホさんのを見る限り覚えきれる量ではないので。ではいいですか?」


 個体識別   :エルテ

 種別     :不死系・アンデッドパラディンナイト

 レベル    :32

 能力値    :体力16・力12・魔力22

 耐性・弱点  :聖100・闇100・弱点 火

 スキル    :エルテの意向により非表示。

 固有アビリティ:情愛共鳴


 「んー、残念ながらやはり共有されるのはスキルだけの様です。当面はエルテさんのレベル上げを優先しましょうか」

 シホもそれに賛成する。

 「そうだね。私達が協力するから頑張ろうね、エルテ」

 「うん。私だけズブズブとかミイラになるのはちょっと辛い。だから頑張る」

 エルテが健気な笑顔を見せていると、進めそうな場所をメリランダが指差す。

 「見ての通りここは足場が限られていますので、出会う敵はすべて倒さなければならないと思います。挟み撃ちにされないよう着実に倒していきましょう。数少ない報告の通りなら、この区域にも聖者の軌跡が二か所ほど存在するようなので、まずはそこを目指しましょうか」


◆私達は大穴の外周に沿い、進めそうな場所を見つけては下へ下へと進んで行った。立ち塞がる敵はどれも淘汰を潜り抜けた強力な個体ばかり。

 正直緊張感のある戦いばかりだったけど、効率的なレベル上げには丁度良かった。エルテに経験値が入る様に、付かず離れずで助ける。

 付かず離れず・・・・。今の私達の関係を表している様だった。そして何だか今となっては、「私にはエルテが必要」と言った事を後悔している。

 それってエルテの依存心に付け込んで利用してるみたいで。エルテが私達に打ち解けるのに比例して、私の中で違和感が膨らんでいた。


 今のところ順調に進み続けた三人は、冥府の大口一か所目の聖者の軌跡に辿り着く。特に人間であるメリランダは激しい連戦で消耗していた。

 すると来た道の遠くの方に人影をシホが発見する。

 「冒険者かな?五人はいる。どうする?先に仕掛ける?」

 それを聞くとメリランダは制止する。

 「ダメです。私達が冥府の大口で道を切り開いた事で、彼らは消耗してません。ここまで来られる実力があるのは確かですし、装備も見たところ一級品で揃えてあります。シホさんの力量でも場合によっては・・・・」

 「じゃあここは見つかる前に先に行く?」

 「それも消耗度合いを考えると得策ではありませんよ。それにあのペースだといずれ追いつかれますしね。ここは私が交渉してみます」


 メリランダが聖者の軌跡の入り口で冒険者達を待つ。シホ達は少し離れてそれを見守っていた。

 五人の冒険者が到着する。全員男で剣士が二人、短剣使いが一人、魔導士にヒーラー。

 リーダーと思われる剣士の一人が前に歩み出ると、メリランダが先に話しかけた。

 「単刀直入にお伝えします。私達は争う気はないので、先の道はお譲りします」

 「私達?」

 短剣使いが剣士に伝える。

 「俺の探知スキルにしっかり出てんだよ。そっちの二人が魔物だってな」

 「やはりそうか。魔物を従えるとはよく分からん女だ」

 メリランダは必死に敵意が無い事をリーダーの男に伝えようとする。

 「彼女たちは訳有って、私の仲間なのです。私達は所持品狙いであなた方の背中を襲うつもりもありません。最深部を目指しているだけです」

 「最深部だと?ますます怪しい。ここでさえ、たったの女三人で到達できるような場所ではないはずだ。しかもその様な若さで」

 リーダーの男はもう一人の剣士に目で合図すると、その男はメリランダを拘束し剣を彼女の白い首に近づけた。

 シホがそれを見て声を荒げる。

 「メリランダを放しなさい!私達に敵意は無いって言ったでしょう!」

 「ほう、口が利けるのか。上位種を従えていると?」


 魔導士がシホ達を解析魔法に通すとリーダーの男に伝える。

 「レベルは黒髪が46。もう片方が48だ」

 「そのレベルで人語を解すとは、死霊術か何かで呼び出した特殊な個体なのか?その女から目を離すなよ。妙だ」

 シホはリーダーの男に苛立ちを見せた。

 「私達はちょっと変わったアンデッドってだけ。いい加減友達を放しなさい!」

 「友達とは、笑わせる。仲良しごっこでここまで来たとでも言うのか?」

 「悪い?もう一度言う、彼女を放して。それとも痛い目見たい?」

 「ふん。悪いが俺達もこの危険な深層部で不安材料を負いたくない。よく分からない魔物のお前らから死んでくれ」


 シホはエルテを後ろにかばう様にして剣を抜く。全員が戦闘態勢をとると、リーダーの男が高笑いする。

 「いいのか?お前らのご主人様の首が飛ぶぞ」

 「くっ・・・・。私だけ、私だけの命で二人は見逃して」

 そう言いシホは剣を地面に手放す。メリランダはそれを見ると必死で懇願する。

 「シホさん、何考えてるんですか!そんなのダメです!そ、そうです、私の体を好きにしていいですから!それでどうですか!?」

 シホは近づいてくるリーダーの男越しにメリランダを見る。

 「そんなの死んでもダメだよ」


 無抵抗を示し両手を上げたシホに剣を男は振り上げた。シホは俯くとその口元は僅かに笑っていた。


 「エルテ、今!」


 その合図と共にシホの胴体をエルテの剣が貫通し、そのまま男のみぞおちを突き刺した。

 「私達、痛覚ほぼ無いんだよね。次、メリランダに魔法障壁展開いくよ!」


 拘束されているメリランダの頭上に二人で二重の障壁を展開させる。次の瞬間、辺り一面に冷気を感じると、巨大で鋭い氷柱が何本も高高度から降り注いでくる。

 「ここの地形は吹き抜けだから頭上には気が回らなかったかな?」

 シホのその微笑みが冒険者達が見た最後の光景だった。彼らは脳天からそれらに貫かれ即死した。メリランダの頭上の障壁もひび割れた一枚が残り無事だった。メリランダは驚いた様子で、

 「シホさん、こんな作戦聞いてないです!」

 「交渉決裂した場合の事、エルテと話してたんだ」

 「障壁あと一枚でしたよ!?」

 「っ!?ちょっと待って一人足りない。あの短剣使いは?」


 シホの視界の端で景色が一瞬歪むと、二本の太刀筋がメリランダに振りかかろうとしていた。咄嗟にシホは彼女をかばおうとするが、僅かに手が届かなかった。


 伸ばすシホの手の先に、高速で流れ込む黒い影。


◆いやだ・・・・!メリランダが!!・・・・・え?何?


 そこには龍の鱗に見える素材で出来た鎧を纏う、全身泥だらけの初めて見る少女?が居た。褐色の肌とパサパサに乱れた少し長い黒髪を靡かせ、男の二本の短剣を指先で軽々と摘まんでいた。

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