第9話

そう話しているところに、足利さん、二宮さん、賀屋さんが帰ってくる。

「丸山商事さんの件は一応対応しました。みなさん、あの二人から逃げられたのですか」

美馬さんがニヤっと笑いながら聞く。

「どうせ、二人だけで盛り上がってるし、いくつか月末処理で問題が出ているようなのでと言って逃げてきたよ。

美馬さんのお酌がないからつまらなそうだったしね」

「美馬さん、あの人たちにお酌なんかするんですか」

思わず、私が聞く。

「日本の大企業で10年働いたのよ。馬にだって、鹿にだって、笑顔でお酌くらい出来るわよ」

皆の笑い声。

「未希ちゃんと食事行こうと思うのですが。事務所待機お願いしてもよろしいですか」

「うん、いいよ。僕たちが当面ここにいるから」

「お願いします。何かあったら連絡下さい」


1階の居酒屋さんと私は顔なじみなので、奥の静かな席に案内してもらう。

「ええっと、まずビールね」と美馬さん。

「でも、また、どこかでトラブルが出たら」

「私、ビール位じゃ酔わないから、大丈夫」

「私、ダメです、直ぐ酔っちゃいます」

「そう、じゃ、 瓶ビールにしよう。コップ半分だけつき合いなさい」

そう言って、美馬さんは瓶ビールと、料理5品をぱっぱと注文する。ビールが来ると、私のコップに半分くらい入れ、後は自分のコップに入れる。


「じゃ、とりあえず乾杯」美馬さんは、そう言ってコップのビールを一気に全部飲み干すと、運ばれてくる料理をすごい勢いで食べだす。

「未希ちゃん、食べないの」

「食べます」私も負けないように食べ始める。

「これからどうなるのですか。私達の会社」

「さあ、連中を追い出すか、私達が出て行くかどちらかね。一緒には出来ないし会社が持たないわよ」

「出て行くって、私行くところありません。転職サイトも登録してないし」

「そうね、未希ちゃんならどこに行っても今より給料下がるわね。私は上がるけど」

「そんなこと、わざわざ言わないで下さい。多分、賀屋さんも上がるんですよね」

「賀屋さんは、働かなくったって問題ないでしょ。アメリカの会社でもらった株だけでも、売れば五百年位暮らせるんじゃないかな。売ったかどうか知らないけれど」

「ご、ごひゃくねんくらせるって、おくえんとかですか」

「何十億円ってことよ。私だって、二、三十年分くらいはあるわよ。運用で増やしたから。それに私、実家がお金持ちで一人娘だし」

「もういいです」

「でもさ、さっき、3人連れ立って帰ってきたってことは何か相談してるんじゃない。まあ、私達はとりあえずここで飲み食いね」


美馬さんと二人で夜こんな風に一緒は初めてだ。ビールをコップ半分で少しフワフワしてきたのもあって前から聞きたかったことを聞いてみる。

「美馬さん、聞いてもいいですか」

「なあに」

「どうして、前勤めていた大きな会社辞めたのですか。有名な会社だし、その中で有名人だったのでしょ。お給料も多かったでしょう」

「未希ちゃんは一橋ソフトしか知らないでしょうけど、大企業はいろいろあるのよ。仕事をする場所としては、今の方がずっといい。給料が安くってもね」

「私は高いほうがいいです」

「まあ、そうなのだけど。前の会社はね、上下の序列を付けたがるの。まあ、大抵の日本の大企業はそうじゃないかしら。

学歴はもちろん、どこの大学出身か、男か女か、どこの部署か、もちろんどの役職かとかとかね。あいつはあの大学であの部署であの役職だから俺のほうが上だとか下だとか、あいつはあの役職だけど女だから俺の下だとかね。

役職って役割じゃない。部長だ課長だって、いえ社長だって、それぞれの仕事の役割であって人間の上下じゃないでしょ」

「それが嫌で辞めたのですか」

「それもあるけどね」

そう言ってから、食べるのも、飲むのも止めて、何か考えてるようだった。

「そうね、未希ちゃんともこれからどうなるか分からないしね。私の恋バナ教えてあげる」

そう言って美馬さんは話し出した。


美馬さんは、一流の大学を優秀な成績で卒業して、すぐ社員が数万人の歴史もある大きなIT企業に就職した。ソフトウエア開発が仕事だった。

仕事の上では、男性、女性は関係なく、優秀だった美馬さんは昇進や昇格も同期入社数百人の中でトップだったという。

入社して8年目くらいの時、同じ会社の2歳年上の男性と付き合い始めたという。

「別の部署に人だったんだけど、仕事で何度か顔を合わすうちには話が合うなって。顔もタイプだったしね」

美馬さんは、頭もいいし、美人でスタイルもいいから、学生の頃からずいぶんモテた。


「でも結婚を意識したのは初めてなの。年齢もあったかな。その人は、優しくって、気の弱いところがあって、私と正反対じゃない。

だからかもしれないけれど、落ち着くっていうか、自分のダメなところもすべて見せられるって言うか、そういう人は初めてだったわね」

ところがというか、その時、美馬さんは、仕事の成果や能力を認められ、最年少で管理職になった。

相手の男性は、年次も年齢も2年上だが、美馬さんより2階級下の、平社員クラスだったという。

「その人が、特に昇進が遅いわけじゃないのよ。普通だったの。まあ、私がすごく早かったのよ。若い女性の管理職を作るという計画があったらしいのね」

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