明日への扉(後編)

 三人を眺めているのもいいが、今のうちに休憩をしようと部屋を抜け出してきた。城の外へ出て太陽の光を浴びると、両腕を上げて身体を伸ばす。

 ふう、と短く息を吐くと腕を下ろし、空を見上げた。

 マーリンは言っていた。最初は失敗の連続だが、めげずに魔法を使ってほしいと。本当にそのとおりで、成功することのほうが少ない。今のように意図的にではなく、直感で動いていたときのほうが成功していたように思える。

 何事も挑戦していくしかない、と視線を下ろしたとき、花壇が目に入った。白色や淡いピンク色、黄色などの小花がたくさん咲いている。この花はアリッサムと呼ばれるらしく、手入れを怠らなければ一年中咲き誇っているそうだ。

 花壇へ近付き、傍でしゃがみ込む。こうして見ていると、花束のようだ。そよそよと吹くやわらかい風にのって、ほのかに甘い香りがする。


「あ……」


 誰かが誤って踏んづけてしまったのだろうか。足跡がつき、花が地面に倒れていた。両手を持っていき、深呼吸をしてから魔力を込め始めた。


(……モルガンの皆さんに、わたしに、素敵な姿を見せてください)


 じわ、と両手があたたかくなり、淡い光が花を覆っていく。しばらくすると、倒れていた花は頭を持ち上げ、凛と咲く姿を見せた。

 どうやら成功したようだ。よかったと安堵していると、後ろから誰かが歩いてくる音が聞こえた。立ち上がって振り向くと、疲れた顔をしたノアがこちらへ向かって歩いてきていた。


「ノア、お話は終わったのですか?」

「いつまでもうるさいから抜けてきた。それより、花壇の花に魔法をかけていたのか?」

「あ、え、えっと……踏まれてしまっていたようなので、元の姿に戻してあげたいと思って。成功して、よかったです」


 そうか、とノアは笑みを溢すと、何か考え込むような素振りを見せた。どうしたのかと首を傾げると、左手を差し出される。


「……少し歩きたい。一緒に、どうだろうか」

「え? はい。ぜひ、ご一緒させてください」


 右手をのせると優しく握られ、ゆっくりと歩き出した。

 どこへ行くのだろうか。隣を歩くノアを窺えば、彼はまた何かを考え込んでいる様子で、黙ったままだ。手もひんやりと冷たい。

 アリーシャが離れている間に、何かあったのか。いや、相手はレオとルカ。仲は良いのか悪いのかはわからないが、決してウィリアムとアリーシャのような関係性ではない。

 何かありましたか、と問いかけようとするも、聞いていいのかわからず、口を閉ざす。気付かれないよう息を吐き出すと視線を周りへと向けるも、見覚えのある風景に思わず声を上げそうになる。

 ノアが気になり、まったく見えていなかった。ここは、以前にレオと共に歩いた道だ。この先にあるのは、ストックの花畑。

 その瞬間、胸が高鳴り、全身が熱くなる。

 ストックが持つ意味。レオからも「ノアは真剣だ」と聞いて──はたと思考が止まる。


(……待ってください。そういえば、グウィバーと対峙したときに、ノアに好きな人って言ったような)


 思い返すと、言っている。言ってしまっている。

 無意識に言っていた。もしかすると、告白のように受け取られたのだろうか。その可能性はある。今から返事をしようと考えてくれているのかもしれない。まさか、でも、と胸中でうろたえている間に、ストックの花畑についてしまった。あれから変わらずに咲き誇るストックは風でさわさわと揺れ、パウダリーとバニラの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 あれは、告白ではない。きちんと想いを伝えてから、返事がほしい。足を止め、ノアを引き留めた。彼は振り向き、赤い瞳がアリーシャに向けられる。


「ノア、わたし、貴方のことが」

「──っ、待ってくれ。その言葉は、俺から言わせてほしい」


 慌てた様子のノアに両肩をがしりと掴まれ、言葉が遮られた。

 真剣な眼差しで見つめられ、世界は静かになった。風が吹く音も、ストックが揺れる音も、何も聞こえない。トクン、トクンと自身の鼓動だけが聞こえる。


「俺は、アリーシャが好きだ」


 さあ、と風が吹き、ストックの花びらが舞う。ノアは朗らかな笑みを浮かべた。


「ありがとう、アリーシャ。この世界に来てくれて。俺と、出会ってくれて。アリーシャと過ごす時間は、愛おしくて、かけがえのないものだ。これからも、共に過ごしていきたい。どんなときでも、ずっと」

「ノア……わたし、も」


 視界が涙で滲み、声が詰まった。胸元で両手を強く握り締めていると、瞳に溜まった涙がはらはらと落ちていく。


「わたしも、ノアが好きです。ノアの隣に、いたいです」


 優しく引き寄せられ、強く抱きしめられる。アリーシャの手も、自然とノアの背へと回していた。

 この世界に来てから、いつでもノアが隣にいてくれた。

 自信がなくて踏み出せずにいたとき。悩んで立ち止まってしまったとき。不安に苛まれてしまったとき。

 いつだって、一人ではなかった。手を差し伸べてくれた。寄り添ってくれた。あたたかいぬくもりで包んでくれた。

 ノアがいてくれたから、笑えるようになった。前を向けるようになった。

 ノアがいてくれるから、心があたたかくなる。前へ足を踏み出せる。

 一緒に過ごした時間、かけてくれた言葉はすべてが宝物で、心の中で輝き続けている。

 アリーシャを抱きしめていた腕が、そっと離れた。寂しく感じたのも束の間、壊れ物にでも触れるかのように、あたたかい手で顔が包まれる。

 鼻先が当たる寸前の距離で、熱を帯びた赤い瞳に見つめられ、息ができない。


「その、キス、しても?」 

「え……あ、は、はい……っ!」


 キスなんて初めてだ。とりあえず目を瞑ればいいだろうかと、ぎゅっと閉じる。しかし、いつになっても何も起きない。間違っていただろうかと目を開けた瞬間、唇が軽く押し当てられた。


「──っ!?」

「ふ……ふふっ、顔が真っ赤だ」

「い、今のは、ずるいですよ……!」

「俺からのキスを待ってくれているのかと思うと可愛くて。じゃあ……もう一度」


 目を瞑ると同時に、優しいキスが降ってくる。唇が離れたために目を開けると、至近距離でノアと視線が交じった。それが何だかおかしくて。けれど、とても愛おしくて。微笑むと、ノアも口元が緩む。

 そうして、どちらからともなく唇を重ねた。



 * * *



「……好きだから、大切で。危険なことから遠ざけたかった。城で帰りを待ってくれていると思えば、力が湧いてくるような、そんな気もしていた」


 風で揺れるストックを眺めながら、ノアはぽつりと呟いた。


「襲撃されたあの日、思い出したんだ。出会ったときから、二人で立ち向かっていたことを」

「ノア……」

「今更何を言っているのかと思うだろうが、これからは共に来てくれないだろうか」

「……っ、はい」


 頷けば、安堵したような表情を浮かべたノアに抱きしめられる。

 日常は明日もあるとは限らない。そんな世界だからこそ、いつまでも日常が続くように。誰もが大切な人と過ごせるように。アリーシャの魔法は、そのためにあるのだと思う。


「二人なら、何があっても乗り越えていける。俺は、そう信じている」

「……わたしもです。ノアとなら、きっと」


 ノアの言葉に、ひだまりに包まれているような、そんな安心感を覚えた。

 たとえ、この先に何が待ち受けていたとしても。どんな困難な道でも。手を繋ぎ、互いを支え合いながら歩んでいく。

 幸せを紡ぎ、この世界に住まう人達が安心して明日への扉を開けられるように。




 To be continued……→



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 アリーシャとノアの物語は、一旦ここで終わりとなります。

 魔王を倒していない、アーサー王とも会っていないなど、まだまだありますので、いつか続きが書けたらいいなと思っています。

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 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


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落ちこぼれ魔女が紡ぐ幸せの魔法 神山れい @ko-yama0

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