またね

「……想いとは、魔法にとって、とても大切なものなのですね」


 以前、レオと話したときに思い当たることがあり、何となくそうなのかもしれないとは考えていた。が、本当にそうだったとは。


「魔法は、誰かのためにあるからね……って、僕自身はそう考えているってだけなんだけど」

「……誰かのため」

「この世界も長い間見守ってきたし、夢の世界を通じていろんな世界を訪れた。結局ね、幸せが一番なんだよ。魔法は、その手助けができると思ってさ」


 偶然訪れた世界で魔力を備えている者がいれば、魔法を教えていたそうだ。そうやって種を蒔けば、いつかは幸せが芽吹くだろうと。

 アリーシャがいた世界でもこの考えがしっかりと根付いていれば、何かが変わっていたのかもしれない。実際、魔法使いや魔女は、マーリンが遺した魔法がどれだけ扱えるようになるかと、そればかりを考えている。特に、ダンジョンと呼ばれるものがあり、モンスターと戦う機会が多いからだろうか。攻撃魔法に特化してしまっている。まったく必要がないとまでは言わないが、これでは幸せとは程遠い。

 弟子を名乗る者が遺した文献について「余計なこと」だとマーリンは言っていたが、魔法について知った今なら気持ちがわかる。

 マーリンが生み出した魔法ではなく、魔法について教えてもらったことが残っていれば。今頃は、違った世界になっていたかもしれない。

 そういえば、とアリーシャはマーリンにとあることを問いかける。


「どうして、この世界では魔法が失われたのですか?」

「残念ながら、アーサー王が必要としなかったからね。まあ、あのお方にはエクスカリバーがあるから」


 ──アーサー王。

 この人物について詳しく訊いていいかわからず口を噤んでいると、マーリンが軽い笑い声を立てた。


「そう固くならないでいいよ。気になるんでしょう? モルガンと同じ時代にいたアーサーなのか、とか」

「う……は、はい」

「アーサー王は、モルガンの弟だよ。聖剣エクスカリバーを抜いてから、その宿主となっていてね。エクスカリバーを身の内に宿す限りは、不老不死なんだ」


 よいしょ、とマーリンは立ち上がり、両手を上げて身体を伸ばした。しばらくすると両腕をだらりと下ろし、腰に手を当てる。


「僕からの話はここまでだ。話したいことは話せたしね。アリーシャも、彼に会いたいでしょう?」


 パチン、と指が鳴らされた瞬間、左手にぬくもりを感じた。見た目は何も変わっていないのに、まるで包み込まれているようだ。

 その左手を抱きしめるようにして、胸元で握りしめた。このぬくもりを、アリーシャはよく知っている。


「ノア……!」

「アリーシャ、君はこれで魔法を掴んだはず。最初は失敗の連続かもしれないけれど、めげずに魔法を使ってほしい。かのモルガンも、そうしていたように」


 艶やかな笑みを浮かべながら、マーリンはそう言った。

 おとぎ話の聖女と呼ばれるモルガン・ル・フェ。彼女もまた、魔法を使っていたのだ。聖女と呼ばれるようになるまで、どれほどの努力をしてきたのだろう。

 暗闇に光が差し込み始め、辺りが明るくなってきた。引き留められなくなり、現実の世界で眠っているアリーシャが目を覚まそうとしているのかもしれない。


「マーリン様、ありがとうございます。お話できて、嬉しかったです」

「僕も話せてよかった。もうさあ、見ていてもどかしかったんだあ。あと一歩っていうところまで来ているのに、なかなか手が届かないから」

「す、すみません。不甲斐ないです」

「いや、何だか懐かしい気持ちになったよ。今度は、ブリテンにおいで。アーサー王も、アリーシャに会いたいはずだから」


 またね、とマーリンが手を振ると、アリーシャの意識は再び暗闇へと戻った。

 ただ、今し方までいた暗闇とは異なっていた。鳥の囀り、廊下を歩く音。ふわりと漂う様々な香り。これは、花だろうか。そして、ぬくもりを感じていた左手。今もまだ、強く握られている。

 ゆっくりと、目を開けた。見慣れた天井が目に入る。ここは、城の中で自室として宛がわれた部屋だ。

 夢の世界から、戻ってきた。胸を撫で下ろすも、すぐに左側へ視線を向ける。そこには、祈るようにアリーシャの手を握るノアの姿があった。


「……ノア」


 眠り続けていたせいか、声が掠れていた。


「アリーシャ?」


 ノアは顔を上げ、赤い瞳がこちらに向けられる。泣いていたのか、涙の跡が頬に残っており、目も少し腫れぼったい。

 どれだけの心配を、彼にかけてしまったのだろう。どれだけの不安を、彼は募らせていたのだろう。

 アリーシャの瞳にも涙が滲み、それはすぐに溢れて顔を伝っていった。


「ノア、ごめんなさい」


 掠れた声で謝ると、ノアは首を横に振った。


「何を謝ることがあるんだ。目を覚ましてくれて、本当によかった……!」


 左手が離され、ノアに抱きしめられる。

 眠り続けていたために、動かしにくい身体。それでも、どうしても彼の背に腕を回したくて、必死に力を入れて持ち上げ、そっと置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る