好きだよ。だから

 ──グウィバーがモルガンを襲撃した日から、一週間が経過した。

 あの日から毎日、ノアは護衛もつけずに一人で街を見回っていた。翌日には「被害なし」と報告を受けており、自身の目ですでに確かめているというのに。

 街は何事もなかったかのように元の姿を取り戻した。グウィバーと戦闘が行われ、被害が特に大きかった場所も、本当にここだったかと疑うほどだ。

 負傷している者も一人もいない。正確に言えば、負傷していたが全員治ったため、一人もいない。

 おそらく、アリーシャが放った光だろう。瞬く間にその光に包み込まれ、怪我が治ったかと思えば、壊されたはずの建物が元に戻っていた。

 今日も街を見て回ると、噴水近くのベンチに座り、空を見上げた。雲一つない、澄んだ青空が気持ちいい。

 この空も、街も、何もかも。アリーシャによって護られ、グウィバーを倒すことができたからこそ見られる光景。

 けれど、それを分かち合いたい人が、隣にいない。

 ノアは項垂れ、膝の上で両手を握り締めた。何が起きてあの光が放たれたのかは定かではないが、あれは魔法だと思っている。しかし、これまでもアリーシャの魔法は間近で見てきたが、これほどの規模のものは初めてだ。

 そのためか、アリーシャは今も眠り続けている。


「……アリーシャ」


 壊された日常は戻りつつあり、街にも活気が出てきた。ただ、アリーシャだけが目を覚まさない。

 過去にも、魔力の使いすぎで倒れたことがあるため、今回もそうだろう。されど、今までとは状況が違いすぎる。

 唯一の救いは、息をしていて、心臓も動いていて、生きてはいる、ということだろうか。だから、いつかは目を覚ます。そう信じて、時間を見つけてはアリーシャの部屋へ行き、眠る彼女の手を握る日々。街を見て回っているのも、助かった人々の今の姿や街の様子をアリーシャに伝えるためだ。

 ふう、と息を吐き出し、顔を上げると、襲撃の直前までままごとを一緒にしていた子ども達が少し離れたところに立っていた。その中の一人は、鮮やかな黄色が綺麗なミモザの花束を持っている。ノアと視線が合うと、全員が小走りで駆け寄ってきた。


「ノア王子、あのね、この花束をアリーシャ様に渡してほしいの」

「みんなでお小遣いを出しあって、さっき買ってきたんだ」


 ミモザは、感謝を込めて女性に贈る花とされている。ふ、とノアは笑みを溢すと、その花束を受け取った。


「ありがとう。アリーシャも喜ぶ」

「アリーシャ様、目を覚ますよね? また、一緒に遊べるよね?」

「……ああ。そう信じている」


 子ども達は心配そうな表情を浮かべながら去っていく。街の者達もアリーシャが眠り続けていることを気にかけており、今し方の子ども達のように見舞いの花を持ってきてくれる。そのため、部屋は花でいっぱいになりつつあった。

 目が覚めたら、きっと驚く。そう、目が覚めれば──。

 ノアは花束を手に立ち上がると、城へ戻るために歩き始める。子ども達にミモザの花束をもらったことを話し、飾るために。

 城内に入ると、敬礼する兵士に軽く頭を下げ、アリーシャの部屋へと向かう。扉の前に立つと、一度深呼吸をし、ノックを二回行った。中から返事はない。

 何をやっているのだか、と自嘲気味に笑う。アリーシャが目を覚ませば、必ず報せがある。何もないのなら、状態は変わらずということ。わかっているのに、外に出ている間に目を覚ましていて、返事があるかもしれないと、ノックをして確認することがやめられない。


「入るぞ」


 一言声をかけ、扉を開ける。部屋の中に入ると、アリーシャが眠るベッドへと向かった。その姿は、眠り続けてから何も変わっていない。近くに置いてある椅子へ腰掛け、アリーシャに花束を見せる。


「この花束は、ままごとを一緒にした子ども達からだ。また、アリーシャと遊びたいと言っていた」


 花束をベッドに置くと、アリーシャの左手に触れた。両手で包み込み、優しく握る。あたたかさは感じるが、その手が握り返してくれることはない。


「一度は奪われた日常だが、アリーシャのおかげで元に戻りつつある。街にも活気が出てきた。……ありがとう、アリーシャ。君が人々を、街を、国を、護ってくれたから、こうして今も生きていられる」


 口に出して、改めて自分の愚かさに気付く。魔王がいる限り、いつどうなるかわからない。だというのに、と奥歯を噛み締めながら、ベッドサイドにあるラックの上に置かれているバレッタを見る。


「……俺から言おうと、思っていたのにな。まさか、先に言われるなんて」


 いつかは、想いを告げるつもりだった。ストックの花がデザインされたバレッタを贈ったのは、その決意の表れ。

 だが、今は後悔している。バレッタを贈るときに、想いを告げておくべきだったと。

 ノアはアリーシャの左手を包み込んだ両手に、自身の額を寄せる。


「アリーシャ、好きだよ。好きだ。だから、目を……覚ましてくれ」


 君と話したい。君を抱きしめたい。

 ぽたりと、白いシーツに雫が落ちた。

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