第一章

落ちこぼれ魔女の日常

 今日も屋敷は静かだ。

 屋敷の主人である父と、その妻である母。そして、アリーシャと四歳離れている兄のウィリアムが、それぞれ冒険者パーティーに呼ばれ、出向いているからだ。残っているのは、執事やメイドといった使用人数名とアリーシャのみ。

 ふう、と小さく息を吐き出し、顔を俯ける。机の上に広げていた魔導書に、アーモンドの花に似た淡いピンク色の髪がさらりと落ちた。

 今日も呼んでもらえないだろうとは思っていた。冒険者の間でも、斡旋所でも、アリーシャは有名だからだ。

 魔女としての素質に欠けた、落ちこぼれ魔女だと。

 この世界には、誰が何のために作ったのかわからない、ダンジョンと呼ばれる迷宮が数多に存在する。それは地下や地上にある洞窟、人工的な建造物など、形は様々だ。ダンジョンの奥には宝箱があり、今では手に入らない貴重なアイテムや武器が入っている。装飾品や宝石などで、辺り一面が埋め尽くされていることもあるようだ。

 しかしながら、それらは簡単に手に入らないようになっている。ダンジョンには、モンスターと呼ばれる人間ではない生命体が存在しているのだ。まるで宝箱を護るように、ダンジョンを攻略しようとする者達を阻み、その命を奪おうと襲ってくる。

 そこで、ダンジョンへ行く者達はパーティーを組むようになった。いわゆる、冒険者パーティーと呼ばれるものである。

 剣を扱い、近接戦闘を得意とする剣士。後方から魔法で支援をする魔法使い、または魔女。パーティーの回復と補助を務める僧侶。基本的にはこのあたりで構成される。

 ホワイト家は、魔法使いや魔女の家系だ。魔法使いや魔女が扱う魔法は、攻撃魔法、召喚魔法、状態異常魔法など。補助魔法である治癒魔法や防御魔法も扱えるが、僧侶と呼ばれる者達には劣るため、おまけ程度のものだ。

 ──アリーシャは、幼い頃からそのおまけ程度の治癒魔法と防御魔法しか扱えない。

 そのため、どの冒険者パーティーからも敬遠されているのだ。斡旋所でも、最初は声がかかっていたのだが、今は魔法を扱えるものがアリーシャしかいないとわかれば誰もが嫌な顔をする。必要なのは攻撃魔法で支援ができる魔法使いや魔女であり、治癒や防御は僧侶の方が役に立つ。だから、アリーシャの魔法は誰からも必要とされない。

 同じ父と母から生まれたはずなのに、どうしてこうも兄と差があるのか。

 代々優秀な魔法使いや魔女を輩出してきたホワイト家。両親は名が知れた魔法使いと魔女であり、またその嫡男であるウィリアムも出来が良いとの評判だ。実際、両親もウィリアムには期待している。

 唯一、良い話が一切ないのはホワイト家の末娘であるアリーシャのみ。

 恥さらしと疎まれ、冒険者パーティーに呼ばれていないのであれば、太陽が昇っている間は外を出歩くこともできない。当然、冒険者パーティーに呼ばれることもないため、こうして机に向かい、魔導書や文献を読んで過ごす日々。

 使用人達も、アリーシャには冷ややかな目を向ける。話しかければ溜息を吐かれ、小馬鹿にした態度で「はいはい」と返事がある。今もどこかでアリーシャのことを嗤っているだろう。

 ああ、今日も暇そうね。皆様お忙しくされているのに、と。

 アリーシャは顔を上げ、窓の外を見た。雲一つない青空がとても綺麗で、冒険日和だ。あの空の下を歩くだけでも気持ちがいいだろう。


(いつか、こんなわたしでも……必要としてくれる人が現れるでしょうか)


 治癒魔法と防御魔法しか扱えない自分だが、それでも。

 そんなことを夢見ながら、再び魔導書に視線を落とし、文字を追いかけた。



 * * * 

 


 太陽が沈む頃に、両親とウィリアムが冒険から帰宅した。出迎えたアリーシャが「おかえりなさい」と声をかけるも、三人は見向きもせずに食事が用意されたダイニングルームへと向かう。これはいつもの光景だ。軽く唇を噛み締め、アリーシャも三人の後ろをついていくように歩き出す。

 ダイニングルームに入ると、四人はいつもの席に着いた。両親とウィリアムは席が近いが、アリーシャだけは少し離れている。


「ウィリアム、今日はどうだった?」


 メイドから赤ワインが入ったグラスを受け取った父は、ウィリアムに問いかけた。


「手強いモンスターがいたのですが、父上に教えていただいた上位魔法で倒すことができました」

「そうか、早速あの魔法を使いこなしたか。さすがはウィリアムだ」


 明日の攻略が楽になったとウィリアムが笑うと、父は満足そうに口元にグラスを持っていき、それを傾けた。ごくりとワインを流し込み、グラスをテーブルの上に置く。


「また次の魔法を教えよう」

「ありがとうございます」

「ふふ、ウィリアムったら。とても嬉しそうね」


 三人は食事をしながら今日の冒険話で盛り上がる。そこに入ることすら許されないアリーシャは、ただただ黙って小さなパンを手に取った。

 目の前にある食事も、三人と比べて質素だ。小さなパン二つに具がほとんど見当たらないスープ。サラダも芯の部分が多く、メインである肉は端切れがいくつか適当に盛られている。

 惨めだとは思う。だが、こうして食べさせてもらえるだけ、屋敷に置いてもらえるだけありがたいことだ。

 パンを皿の上で一口サイズにちぎり、口に入れる。焼き立てでやわらかく、ふわりとバターの香りが鼻を抜けていった。そのおいしさに微かに口元を緩ませるも、黙々と食事を進める。家族水入らずの時間だが、アリーシャにとってはあまり良いものではないのだ。ここにいる時間が長くなればなるほど、三人の世界に引き摺り込まれてしまう。

 カチャン、とフォークとナイフを皿の上に置く音がした。小さく肩を震わせて横を見ると、どうやらウィリアムが肉を切る手を止めたようだ。視線は父に向けており、ほっと胸を撫で下ろす。

 今の三人の世界に、アリーシャはいない。されど、ここに居続ければきっとアリーシャを引き摺り込む。

 お前はホワイト家の恥だと、怒りを投げつけるために。

 アリーシャが攻撃魔法を扱えないとわかったあの日からずっと。家族から話しかけられるときは、どれだけ恥さらしで駄目な人間か怒鳴られるときのみ。

 今日はウィリアムが父から教わった上位魔法を成功させたこともあり、三人とも気分が良いようだ。今のうちに食べ終えて、部屋に戻ったほうがいいとアリーシャは判断した。ナイフで肉を小さく切り分け、フォークに刺して口に運ぶ。


「父上、生き物や物をどこかへ転送するような魔法はありますか?」

「転送させる魔法陣があったように思うが、何故そのような魔法を知りたいのだ?」

「いえ、覚えていれば役に立つなと思いまして。一瞬で外に運べますから」


 それもそうだな、と父は笑った。

 確かに便利になるだろう。魔法陣を描く手間は必要だが、ダンジョンの奥が宝物庫だった場合は重宝するはずだ。


(ウィリアムお兄様はすごいです。どんどん新しい魔法を覚えて、使えるようになっていく。それなのに、わたしは……どうして、治癒と防御の魔法しか扱えないのでしょうか)


 そんなことを思いながら、アリーシャは残りのパンを口に入れる。ウィリアムの視線がこちらに向けられていることには気付かずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る