著者の作品には、どこかに存在する別世界を、著者がその目で見てきたようにそれを描き出しているような精巧さがあります。
「出来心でやってしまった」の数々の作品も、短い文章の向こう側に、しっかりと“そこに在る”のであろう世界を感じました。
言葉選びも秀逸で、独自の世界観を描き出すのに十二分な、古風で情緒があり、異界を感じさせる言葉を、たくさん蓄えておられるのだろうことが伺えます。
時に神秘的で、時に禍々しい──。
もしその言葉を知らなくても、それが醸し出す雰囲気に吞まれてしまうことも。
気になる言葉のものを順不同で拝読しているところですので、これからも楽しく読ませていただきたく思います。
本作については、評者が戯れの良さを潰したかもしれないコメントを残していて、ひどく後悔する次第です。申し訳ございません。
出来心でやった、詠み人はそうおっしゃいます。オリジナル作品は、その言葉に相違ありません。それが悪い? いや面白いんですよ。芸術性でなく、身軽さが。
戯れでしでかしたことが見物に成る。これは土台に基礎がしっかりとないとできません。そこを見誤り軽んじたこと、僕には批評眼がありません。
後半はカクヨムの他の皆様の作品への返歌です。詠み人はどれだけカクヨム作品をお読みか、これだけで分かります。本歌取りされた作品を読みに行くと楽しみが広がります。
遊びましょう。どうせ出来心。軽く、軽く、ね。