第2話 日本



 「さあ、ここが我が家よ」


 母に抱かれ、退院した私は厳かな雰囲気の一軒家へと連れて来られた。


 "景山ともり"こと私は、話を聞く限りだとどうやら"日本"という国に生まれ落ちたらしい。

 特徴としては、やたらと気候が暖かいのと治安が良さそうということだろうか。

 国とかは正直どこでも良かったのだけれど、平和であるに越したことはないので、環境としては当たりを引いた気がする。

 少なくとも隣国との戦争が絶えなかった前の世界と比べれば、幾分もマシだ。


 かくして、私の文字通りの二度目の人生セカンドライフが幕を開いた。

 とはいえ前世とは全く異なる世界、果たして適応出来るのだろうかという不安はあった。

 未知数とはある種の恐怖、”分からない”に対する警戒心だけは強めておかなければと、私は肝に銘じた。


◆◆


 そして流れるように3年が経った。

 今日は記念すべき景山ともり三歳の誕生日。


 「誕生日おめでとう。はいこれ、ともりが欲しがってた本」


 「ともり、今週の日曜は前言ってたテーマパークに連れて行ってあげるからな」


 「わーい、お父さん、お母さんありがとう!」


 結論から言えば、あっさり順応した。


 いやだって、あまりにも快適が過ぎるこの世界。

 蛇口を捻れば水が出る、スイッチを捻れば火が付く、ボタンを押せば灯りがともる、気温の調節も自由自在。

 テレビ、ネット、電話、車、冷蔵庫、洗濯機、挙げ出せばキリがないほどにテクノロジーの結晶が揃い踏みで、正直こんな世界に慣れるなって方が無理がある。

 特にお風呂、あれほどの快楽はこの世に存在しないと思うし、それを自動で沸かせるなんてもはや革命的と呼んでも差し支えないだろうね。


 「はいともり、あーん」


 「あーん」


 何より恵まれたと言えるのは家族だ。

 私が生まれついたこの"景山家"は由緒正しい家柄のようで、荘厳な和風住宅の家に見合った裕福な家庭だった。

 食事、家電、家造りと、どれをとってもこれがこの世界の標準でないことが私にすら理解出来るほどに。

 経済面での悩みが無いのは良いことだ。

 そして両親。


 「誕生日だからって好き嫌いはダメだからね、栄養を考えてバランスよく食べなきゃ」


 口煩くはあるも献身的で優しい母親。


 「そんなこと言ったって特別な日だからなあ。今日くらいは許して欲しいよなあ、ともり」


 気弱だけど実直で家族思いな父親。

 この二人から愛情を注がれることもまた、私にとって幸福なことだと言えるだろう。


 何と言っても、前世の私は孤児。

 物心つく頃には既に血の繋がりのある者などおらず、両親の顔も名前も一切知り得ないまま愛情知らずで育った。

 一応孤児施設には育ての親みたいな人がいることにはいるのだけれど、魔法使いとして独り立ちした際に会いに行ったら覚えられてなくて…なんて哀れで惨めな昔話はどうでも良く、とにかく無償の愛をくれる両親の存在が私は嬉しかった。

 私にとって何よりの、前世から渇望した念願が叶ったのだから。


 …あれ、本当にそれが"念願"だったっけか。


 「それにしても、もうともりも三つかあ。そろそろ幼稚園のことも考えないとねえ…」


 「そうだなあ、ともりも同年代の友達が欲しい頃合いだろうしな」


 ふと両親がそんなことより会話をし始めた。

 幼稚園ってのは確か、およその子供たちが最初に入る教育施設のことだったか。


 ──ああそうだ、思い出した。


 友達だ。

 友達が欲しかったんだ私は。

 落命の間際に、生まれ変わったらどうなりたいかを自問した時に、何よりも強く願っていたハズなのに。

 居心地の良さにすっかり忘れていた。

 不満なんてありようもないって。

 まあそれは、恵まれた現状を思えば事実なのかもしれないけれど。


 「例の件のことも考えると、あまり幼いうちから外に出したくはないじゃない。義務教育でもないし、私は少し気が進まないんだけど…」


 「そうだなあ、…ともりはどうだ?通ってみたいと思うか」


 「友達なら他所でもつくれるしねえ」


 でもやっぱり、私の夢とは違う。

 気のおける友人たちと充実した日々を味わい尽くして、大勢の人間に惜しまれながらその生涯に幕を閉じる。

 望んでいるのはそういう人生だ。

 だから折角与えられた第二の人生に妥協なんてしていいハズがない。

 そうでなければ、生まれ変わった意味がない。


 「行きたい、通ってみたい」


 私は濁すことなくそう言い切った。

 ただ私が想定してた来世の姿はコミュ強美少女だからなあ。

 そのままの私が一体どれほど通用するのか、先行き不安でしかない。

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ぼっち転生 にんぎょうやき @fyuki0221

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