第15話 ドラゴン(仮)
「駅馬車で行けるのはここまでっぽいね、明日葉」
山から周辺に目を向ければ、第一印象は漁港っぽい感じで、砂浜にはヤシの木が生えている。が、きちんと整備されているところを見るに自生というよりかは、景観のために植えてあるものっぽい。
規模感的には『港町』って言うほど栄えている感じは無いが、しかし『漁村』と呼ぶべきまでこじんまりとしているわけでもなく、やっぱり『漁港』が一番ニュアンスとして適当だろう。ちゃんと宿もあって、市場にも観光客向けの区画があるし。
「ここから先は徒歩移動になるから、野営も視野に入れて一度物資を補給し直した方が良いかもしれないわね」
「そうだねっ! んー、燃料はちょっと買い足しておきたいかな? 最悪焚き木を集めても良いんだけど……」
「お金で解決できることは、払ってしまう方がスマートだと思うけど」
という感じで消耗品を中心に買い出しを行う。水のろ過装置用の材料とか燻製作り用のキットまで色々と買ったりした。とはいえ基本は補充であり、陽乃の野営スキルに依存した物品が揃っていったのである。
「あ、陽乃。そろそろご飯にしない?」
「おっと、もうお昼超えちゃってたか。明日葉、どっかに食べる場所あったっけ?」
「市場の2階に観光客用のレストランがあったと思うわよ」
「おおー、一周回って逆に旅行っぽい!」
ここから先の道中は、こういう明らかに旅行者向けのご飯屋さんも減っていくと思ったので敢えての選択である。
ささっと行ってみれば、時間帯がずれていることもあって結構空いている。あと、メニューの価格帯が観光地価格な点も影響しているのかも。ただ値段がやや張っている一方で品数はかなり豊富だ。
「明日葉は何食べるの?」
「カワハギの塩焼き定食かしらね」
「長命種族の味覚じゃん!」
いや、あんまりカワハギって食べる機会無いし。
お刺身的なのもあると言えばあるんだけど、結構エスニックな感じの味付けなんだよね。香草で香り付けされていたり、ひと癖のある魚醤とかを使ったりする感じ。別に嫌いではないが、そういう料理の『本場』の場所に先日まで居たのだから、そういうことならカワハギの方が興味があった。
「と言うか、そういう陽乃は何にするの?」
「……鯛の湯引き」
「あら、良かったじゃない。好きな食べ物があって」
私は半分揶揄いながら陽乃にそう告げる。
「もー! ホントに好きだから、言い返せないけどさ!
でも、置いてあるお店、全然無いんだって!」
……確かに、これまでの旅路で陽乃が鯛の湯引きを食べていなかったかもしれない。
*
一泊休んでから早々に出立する。
南へ続く街道は海岸線沿いに続いているから、景色の右半分に海を臨みながらの進路となった。ちなみにもう半分は農地が広がっている。
「こんな海沿いでも農業出来るんだねー」
「……日本に居た頃は、海って旅行でしか行かなかったものね。こうして2人でのんびり歩いた経験って……まあ、無くは無いけれど」
「家族ぐるみの旅行で朝にこっそり抜け出して砂浜を歩いたりはしたよねー。
でも、昼間っから海を横目に歩くのってやっぱ気持ち良いかも!」
日本に居た頃は結構内陸の方に住んでいたので、日常生活では海は縁遠い存在であった。それこそ、今では考えられないが、激混みの海水浴場に毎年行ったりしていたしね。
逆に、ボーリアルコニファーとなってからは、針葉樹林のコロニー内に住んでいたこともあり、こちらもこちらで海からはかなり遠かった。
もっとも、陽乃は商会長として各地を転々としていたはずなので私よりかは縁があったはず。でも、やっぱり私が居るから、というのは陽乃にとって大きいのだろう、たぶん。
それから数日。野営はすることなく点在する村にて宿に泊まったり、一晩廃屋を借りたりして進んでいく。
訪れた村によっては、
「おおっ、あんたらボーリアルコニファーかい!」
「ええ、まあ……」
「ちょうど良かった! 今、うちの塩田で海水を撒いているところだからちょいと手伝ってくれないか!?」
――と、こんな感じで仕事を頼まれたりもする。金銭報酬であったりとか、宿として家を貸してくれたり、ご飯を奢ってくれたりもする上、集落に残る昔話とかも話してくれたりする。
「……どう、明日葉? 何か面白い情報あった?」
「うーん……なんだかドラゴンの逸話が多い気がするわね。
それと、割とこの辺りの住民には普通に私たちの種族が伝わっている気がするのだけど、それは何故なのかしら?」
「何故って……、やっぱアレじゃない?
……『夜雀団』関連っぽくない?」
「あー、そうね。……まだ『
さらっと、その辺りの話を陽乃に深掘りするように頼んだら、翌日には存外さっくりと、10年くらい前まで『夜雀団』の学士らがフィールドワークで研究に来ていたらしい。
……というか、ちゃんと学者集団だったのね、あの人たち。
*
「お、見て明日葉! 『ドラゴン資料館』だってー」
「……あれだけ民話があれば、こういう場所もあるわよね。
ただ……ええ。何と言うか……」
その資料館の外観は古くなった倉庫とか使っていない納屋を改装したかのような見た目であまり大きな建物ではない。声には出せなかったが、田舎の観光地だなあ……という感想が真っ先に出てくる佇まいをしていた。もしくは小学校の生活科の授業で行くような場所。
「まあまあ、とにかく行ってみようよっ!」
「ええ」
こういうときに率先してくれる陽乃のスタンスは助かるし好きだ。軽食も取れないくらい安い入館料を支払って、その『ドラゴン資料館』へと足を踏み入れた。
――館内は、当然こんな場所にあるから私たちの他にお客さんなんて存在しない。
「これで、やっていけるものなのかしら」
「まー採算とかじゃ無いんじゃない? 需要とか考えていたらもっと別の場所に建てるでしょ」
「それもそうね」
近隣の都市から駅馬車も出ていないような場所に建てられた観光スポットは基本採算度外視か。というか、学者がフィールドワークで来るエリアだという一点だけ切り抜けば、もしかしたら研究拠点か何かの余技なのかもしれないし。
という感じで最初に展示されていたのがドラゴン……の、目撃情報をまとめた目録。いつどこの村の誰がどういう情報を言っていたか、という話だけがまとめられている。
次の展示物は、ドラゴン……の噂話を統合した際に出てくる予想の絵。地元の絵師に書いて貰ったその絵は絶妙に上手くない。
その次。ドラゴン……が居たとしたらどれだけの被害が出るかの推定。
次。ドラゴンの持つとされている力と同等の圧力をかけて砕いた岩の展示。
別の地方のドラゴンの目撃情報。
ドラゴンの近縁種と言われている鳥の解説とその剥製。
ドラゴンの卵に関して学者らの一説にはダチョウの卵と類似している……ということでダチョウの卵の展示。
後は、細々としたあんまりドラゴンには関係ない地元の武器の展示がいくつかあって終了。
……まあ、なんと言いますか。
「ほぼ想像上の話だけで、よくもここまで展示をかき集めたものね。
逆に関心するわよこれ」
「まー、最後にドラゴンの目撃情報があったのが200年以上昔だからしょうがないんじゃない? この資料館が出来たのって8年前らしいし」
「へえ、よく見ていたわね」
私たちのコロニーから旅してきた距離を思えば、特別なものがあって欲しいという気持ちもあるが、実際問題としてここに住んでいる人からすればこの場所が地元になるわけで、そうそう珍しいものがあるということでもないのだろう。そんな中で200年前のドラゴンの話でここまで盛り上がれるのだから、それはある意味で平和だったということの証明なのかもしれない。
そんなことを考えていたら隣の金髪の
「ってかさ。200年前なら、ウチら普通に生きてない?」
「あっ」
この辺りの周辺住民にとっては『歴史』となっている事柄が、私たちにとっては生きていた時代のことで。
実際に此処にドラゴンがやってきていたかどうかなんて、コロニーに戻っても知っている人は居ないだろうが、それでも長命種族と人間を代表とする定命の種の時間感覚の違いを認識する一幕だったのであった。
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