第8話 ブループラネット
「陽乃。本当に見違えるくらい野営のクオリティが上がったわね」
「えへへ、でしょでしょ!? やっぱりお肉の血抜きもちゃんと狩人から学ぶと全然臭みとかが違うねっ!」
「正直、本当に凄いわよ陽乃。
お肉を食べたり調理することは流石に慣れたけれども、捌いたり狩りをしたりってのは、どうしても未だに出来る気がしないわ」
「まー、明日葉の感覚も大切にした方が良いとは思うよ? 無理にやろうとして反動でお肉が食べられなくなったらもっと大変だし」
森の中で野営をすることもある旅路の中では、下手に肉食に嫌悪感を持つと色々面倒なことになるのは陽乃の言う通りだ。私の知る中世やら近世よりも食に関してかなり豊かな世界ではある。きっとそれは今陽乃が肩からかけているアイテムボックスなりの魔法による流通のおかげだろうとは思われるが……それでも。
こうして旅路の中で野宿をすることがあるくらいなのだから、ベジタリアンの旅人というのは相当苦慮しそうなのは火を見るよりも明らかである。
すると会話しながらも視線は森の遠くの方にあった陽乃が動く。
「……お。野兎発見」
瞬時に弓を構えて速射。それ以降は私の聴覚ではよく分からなかったが、陽乃が単独で矢を撃った方角へ歩みを進めると、弓矢と共に動物が回収されていた。
「そんなさらっと矢って当たるものだったかしら」
「明日葉がウチらの気配と匂いを魔力で誤魔化しているから、マジで大分楽になってるけどねっ!」
「それくらいは手伝わないと。というか、野生生物は魔力にも敏感で、どの道魔力消しをする必要があるから、そのついでみたいなものだけどね」
そういう意味だと、陽乃がガチで狩りをするなら多分私は置いて行った方が良いと思う。
ただサバイバル知識では陽乃のが圧倒的なおかげで、私が別行動をしても正直、陽乃の助けにはならない気もする。
というか、狩った兎の肉はどうするのだろうか。それを、ふと陽乃に聞いてみれば――
「え? ま、普通に血抜きして、燻製肉にでもして保存が効くようにしておくよー」
……なんというか、私の
*
エルフの里『エラナエン』を出立しておおよそ2ヶ月。
広葉樹の森が広がっていた光景は、徐々に草原、平原と移り変わっていき、今では乾燥草原――ケッペンの気候区分だとBSh気候にあたる地域まで進出してきた。
砂埃が舞う小さな町で、補給を済ませた私たちは更に南へと歩みを進める。
「えっと……明日葉? 確認だけど次の目的地って――」
陽乃は歩きながら器用にアイテムボックスのポーチから
……これもこの世界で最初に見たときには面食らったんだよね。多分『エケルト図法』だと思う。経線・緯線が記載されていないので違う可能性もあるが、他に台形図法の世界全図は記憶に無い。限られた領域であれば中国の清の時代とかに使われていたりはするのだけども。
ただエケルト図法だとするとこれが『開発』されたのは20世紀なので、この地図も『記憶持ち』によって
……とはいえ。今は地図のことは別に良いか。陽乃の疑問に答える。
「ええ。『中央共和国』はこのまま荒野を進んでいった先の、砂漠のど真ん中にあるわ。ここから先は町とかは無かったはずよ」
中央共和国は、もう名前が表す通り『世界の中心』にあることをアイデンティティにしており、それを国名にまで付けてしまったちょっと不思議な国だ。首都も経済的・軍事的な立地を完全に無視して地図上で見たら『世界の中心でかつ自国の中心』だからという理由で、砂漠のど真ん中に都市を造成したという筋金入り。
国土の2割くらいが砂漠ではあるので確かに『砂漠の国』というイメージで間違いないのだが、逆に言えば8割くらいは熱帯やら温帯のもっと住みよい環境が広がっているために、誰しもがそんな砂漠のど真ん中に都市を作らなくても……と思っている場所だ。全くの余談だが、中央共和国で人口が最も多いのは首都ではなく北の外れにある川沿いの都市なところも首都が人工的な計画都市であることを強調している。
そんな目的地の基礎情報を陽乃にも共有していたら、彼女は1つ気になった点があったようだ。
「あのさ、明日葉。ウチらボーリアルコニファーって、暑いところって平気なの?」
「……。どうかしらね。
一応、大雑把には人間と身体構造は変わらないとは思うけども。でも、冷帯の生き物なのよね」
「……ちょっと不安になってきた!」
――とはいえ。砂漠に入るまでの荒野が広がる場所では、まだ道らしい道があって多少暑いが、座って休めば木陰になる低木などは生えていたので熱中症にならないように休憩を挟みながら進んでいった。
そこから木々や草花がまずなくなっていき、上り坂の傾斜とともに岩石が辺りに転がる地帯に入って行った。
陽乃が見繕った野営地でテントを張り、干し肉を含めた保存食で休息をとる。
「いやー、まだテントが広げられるくらいの風で良かったね!
結構、石がゴロゴロしてるけどもこの荒野は後どれくらい続きそう、明日葉?」
「あ、陽乃。一応この辺りも砂漠ではあるのよ。
いわゆる岩石砂漠というやつね」
「えーっ!? 砂漠って言ったらあの前の世界のサハラ砂漠みたいな砂の大地じゃないの?」
「そのサハラ砂漠も大部分がこういった岩石か、もう少し小さな
一般的に想像される砂漠は、
「そんなー……。じゃあ、ここから先もこういう石まみれの場所しかないの?」
「いえ、上り坂を越えた先には、ちゃんと砂が広がっていると聞いているわ。……それはともかく、明日からは夜に移動して昼間に休むことにしない?」
「へっ? あ、うん。明日葉の知識に間違いなさそうだし良いよっ!」
砂漠は夜に一気に冷え込むという話もあるが、正直場所と気候によるという至極当然の話になる。今の時期のこの辺りの気候については来る前に調べていて、昼間はちょっと厳しい暑さになって夜はちょっと暑いくらいになるから夜移動の方が楽、というだけだ。ちなみにここへの到着があと数ヶ月ずれていたら、逆に昼に移動した方が良さそうな感じだった。
それで一晩テントで休息して、翌日の昼も身体を休めて夜になったら出発。登山……とまでは言わないが、上り坂が何度もあるエリアなので、私は魔法で光源を出しつつ、天体観測魔法で方角を修正しつつ進んでいく。
「お。明日葉、その星を見る魔法って――」
「あ、うん。エルフの里で学んだやつ」
「早速、役に立ってるじゃん! ってか『中央共和国』って星図ずれないの?」
「多分、大丈夫でしょう。
赤道を越えた後で確認するつもりだから。星図の調査は多分『中央共和国』を更に南へ進んだ先だから、まだ未来のことね」
「ふーん。そういうのはさっぱりだから、明日葉任せたよっ」
……それから、数日。坂の勾配が緩やかになって。上り坂と同じくらい下り坂も増えてきたと感じてきたタイミングで景色が徐々に変化する。
起伏が少なく半月状に堆積した砂が折り重なるような地形――『
「やっと砂漠っぽい砂漠に来たねっ、明日葉!」
「ええ、そうね。ここまで来れば後数日って所かしら。油断は禁物だけれども、このペースなら多少遅れても、食料も水も備蓄は大丈夫でしょう」
「……それならさ! ちょうど景色も良いし、今日の夜は移動は早めに切り上げて、一緒に星空を見ない?」
「……私は方角を知るためにいつも見ているけどね」
「もー! そういうことじゃないじゃん、明日葉っ!
砂漠での天体観測とか絶対楽しいっしょ!?」
「……そりゃね。良いわよ、陽乃。
それなら少し早く今日は切り上げましょう」
「やったー!」
――そんな流れで私たちは。辺り一面砂しか見えないような場所で、キャンプを張って夜明けまで星空を一緒に見ることになったのである。
*
月齢と旅路の日程を合わせてきていたので、満月を少し越えた辺り。道中は付けていた照明用の魔法は切り。まだまだ日の出までは時間がかかりそうな月明りだけの夜空を、私と陽乃は折り畳み式のマットを広げてそこに一緒に横になって見上げている。
「意外と月が明るいねっ、明日葉」
「月が綺麗ですね……って言えばいいかしら、陽乃?」
「あはは、古典的を通り越して化石だねーそれは。
……ってか、明日葉はここに見える星の名前って分かるんでしょ?」
「ええ、ある程度は。
占星で滅多に使わないものは、本を見直す必要があるけど」
「良いなー、何か本当にロマンチックになったね、明日葉」
「……そういう陽乃は、昔以上に頼れる相手になったけどね」
「んー? ありがとね! でも、どうせなら明日葉が知ってる星を教えて欲しいな」
「勿論――」
――こうして、陽乃に1つ1つ教える星の名前・星座の名前に、かつての地球で見知った名前のものは無い。……もしかしたらあるのかもしれないが、冬の大三角形の星の名前すら曖昧な私たちにとって、それを知る手立てはもう無かった。
例えばこの世界の異様に暗い北極星には、「西矢じり座」と「東矢じり座」の2つの矢印の先を延長していった交点という目印があって。
そういう所からも、今の私たちが地球とは似ても似つかない全然違う場所に来ていることを改めて自覚するが……寂しさなどは無かった。
だって――
「ちょっとー明日葉ー。暑いんだから引っ付かないでよー」
「そういう陽乃だって、私の右手に指を絡めているじゃない」
「……まあね!」
世界が変わっても。種族が変わっても。
私の隣にはずっと陽乃が居るのだから。
そんな私たちを優しく照らしてくれるちょっとだけ欠けた月は、この砂の大地を――。
――どこまでも蒼く照らし映す、青色の天体であった。
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