第30話 罪と罰
キリエたちがヒコウの町を出て数日が経った。
魔物とも戦い自給自足をしながら順調に進んでいた。
「旅慣れてきたとはいえ結構疲れたんじゃないか?
そろそろ休憩しなくて大丈夫か?」
「そうですわね。少し休むことにしますわ。」
「最近魔物の肉ばっかり食ってるだろ、保存食も干し肉とか炭水化物ばっかりだし。
野菜も食わないとだめだぞ?」
「うるさいですわね!じいやみたいですわ。
野菜は保存が効かないから仕方ないんですわよ!」
キリエを心配しすぎて小煩くなってしまったことに反省し、アクリョーはキリエから距離を取った。
上空を飛び、まわりを見渡すと小さな村が目に入った。
「お!村だぞ!あれがトロワ村かな!?」
キリエは休憩をやめ、村の方へと歩き出した。
村の近くの草むらに
キリエは美味しそうなその実を採取しようと手を伸ばした。
「こら!!それはとっちゃいかん!!」
村の方から来たらしい老人にキリエは怒られてしまった。
「村で育てているものでしたの?」
「いや、いいんじゃよ。
まだ完全に育ちきっておらんかったからな。
お前さんは全然悪くないぞい。」
「そうでしたの。ご忠告感謝しますわ。」
「それよりお前さんは冒険者かな?
ぜひともヒラミヌ村にやってくるといいじゃろう。」
「そうですわね。
旅で疲れているので休ませていただけるとありがたいですわ。」
老人に案内されキリエは村へと入っていった。
「こんにちは。」
「ごきげんよう。」
「「こんにちは。」」
「ごきげんよう。」
すれ違う村人全員が律儀にキリエに挨拶をしてくれる。
キリエは少し鬱陶しくなってきていた。
「皆さん歓迎してくれているんですのね。
冒険者に救われたとかなにか事情でもあるんですの?」
「ほっほっほ。そんなものないぞい。
人として当たり前のことをしているまでじゃ。
この村で生まれ育ち、皆優しく清らかな心を持っているだけじゃよ。」
「キリエもこの村に住んだらいいんじゃないか?
少しはマシな性格になるだろ。」
「うるさいですわね!」
キリエは人前ではアクリョーと話さないようにしていたが、
長く2人だけで旅をしていたこととその旅で疲れ切っていたことによりつい普段通り反応してしまった。
「ど、どうしたのじゃ!?
何か気に触ることを言ったかの!?
いや、そんなことはないですじゃ。
わしは悪くないのじゃ。
冒険者さんも悪くないぞい。」
「え、ええ。なんでもないですわ。
申し訳な
「冒険者さんが謝ることはないのじゃ!
何も悪くないのじゃよ。」
「そ、そうですわね。」
「なんかおかしくないかこの爺さん。」
アクリョーもキリエもなんとも言語化し難い違和感を覚えていた。
村の中にはさっき見た赤い実のなる植物が至る所に生えている。
「これはトマトですの?
畑で育てなくてもこんなにたくさん生えるものなんですのね。」
「そ、そうじゃの。
そういう品種なのじゃ。
村の中にも外にも勝手にたくさん生えておるわい。
ヒラミヌ村の特産品なんじゃよ。
勝手に触ろうとしちゃいかんぞよ。
収穫時期の見極めが難しいんじゃからな。」
村をよく見るとトマトを観察している人が何人かいた。
収穫をしている人もいるようだ。
「さ、ここがわしの家じゃ。
中でゆっくりしていってくれ。」
「おじゃましますわ。」
家に入ると女性が料理をしている最中だった。
「いらっしゃいませ。冒険者さんですか?」
「ええ。そうですわ。
お爺様が連れてきてくださいまして。」
「そうなんですね。
我が家だと思ってゆっくりしていってください。」
「今飲み物を持ってくるからの。
お前さんは座って待ってるのじゃ。」
「あら、お父さん私が持っていきますよ。
お父さんも休んでいてください。」
「そうかの。いつもありがとうな。」
「いえいえ、お父さんこそいつもありがとうございます。」
「仲がよろしいんですわね。
村のみんなも優しくていい村ですわね。」
「ほっほっほ。そうじゃろそうじゃろ。」
「こちら村の特産のトマトジュースです。」
娘さんがトマトジュースを持ってきた。
「いただきますわ。」
キリエは早速トマトジュースを飲んだ。
「美味しいですわね。」
「母ちゃんただいまー!うわっ!!」
走って家に入ってきた少年は座っていたキリエにぶつかってしまった。
飲みかけのトマトジュースもぶちまけてしまった。
「あ...あ...ご、ごめんなさい。
「謝らないで!いいのよ!大丈夫!!
あなたは悪くない!悪くないのよ!
これは事故よ!不幸な事故!誰も悪くないわ!」
「で、でも、僕...」
ドン!ドンドンドンドン!
「な、なんですの!?」
「ああ。やってしまったかの...」
ドンドンドン ガチャーン ドンドンドンドン
何かが家にぶつかっているようで家が大きく揺れていた。
「家にいるだけマシじゃったか。
でもどうすればよかったんじゃ...」
ドンドンドンドンドン
「お父さんのせいですよ!
お父さんが冒険者なんて連れてくるから!」
「何が起こってるんだよ!キリエ!大丈夫か!」
キリエもアクリョーも現状を理解できずただ困惑することしかできなかった。
ドンドンドンバキッ!
壁に穴が空き、何かが飛んできた。
「アイスブラスト!」
キリエは咄嗟にそれを撃ち落とした。
撃ち落とした後には真っ赤な血
...ではなくトマトの汁が飛び散っていた。
「トマトですの!?」
音は鳴り止まなかった。
壁を破るトマトをキリエは撃ち落とし続けた。
「あれはパニッシュトマトという魔物じゃ。
昔からこの村に住み着いている魔物なのじゃ。
パニッシュトマトは人の罪悪感に敏感でそれを感じ取ると一斉に襲いかかる習性を持ってるんじゃよ。」
ドンドンドンドンドン
老人は語り続けた。
「襲われない方法は2つ。
1つは罪悪感を抱かないこと。
もう1つは適切な収穫時期に収穫することじゃ。
収穫すればただのトマトなんじゃがの。
収穫が早すぎても遅すぎても人に襲いかかるんじゃ。
あの時、早すぎる収穫をするお前さんを止めなければわしに罪悪感が芽生えたじゃろう。
その後も不快にさせんよう、いやわしが罪悪感を抱かんように最善を尽くしたつもりじゃったのに...
全部お前さんが悪いんじゃ!!
お前さんがトマトを取ろうとするから!
村に近づいたりなんかするからじゃ!!」
ドンドンドンドン
「そうよ!あんたが図々しく人の家に上がってくるから!
断ればよかったのよ!」
ドンドンドン
「そ...そうだ!
僕はただ帰ってきただけなのに!
お前が人の家に座ってるから悪いんだ!!
僕は悪くない!全部お前が悪いんだ!」
ドン...
家の揺れが収まった。
音も鳴り止んだようだ。
「自分勝手な人たちですわね。
言われなくても出ていきますわよ。」
キリエは家を、村を出て行った。
「おかしな村だったな。
魔物のせいだと考えるとちょっとは同情するけどさ。
まあ、お前は悪くないよ。」
「その言葉は二度と聞きたくないですわ!」
罪悪感とはなんなのだろうか。
悪いことをすれば感じるものなのだろうか。
良いことをすれば感じないものなのだろうか。
ヒラミヌ村の村人がパニッシュトマトに襲われることはあまりない。
まだ村の掟をよくわかっていない子どもが襲われてしまうことがあるくらいだ。
あの少年は今日、村の掟をその身で学び大人になった。
もうパニッシュトマトに襲われることはきっとないだろう。
罪悪感は良かれと思った行動からも生まれてしまうことがある。
自分の罪を認めた時、初めて生まれるものなのだ。
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