第18話 救われた少女

親子と出会ってから魔物に出会うことなく夕方になった。

キリエは野営の準備を始めた。


干し肉とパンで簡単な食事を済ませると、娘は疲れて眠ってしまった。

幼い少女には過酷な旅なのだろう。


「キリエ様、本当にありがとうございます。」


母親も少し気が緩んだのか話を始めた。


「町から逃げ遅れた私たちをアカネ様にも助けていただきました。

アカネ様にも本当に感謝しております。

私たちが感謝していたことをぜひお伝えしてください。」


キリエは首を横に振った。


「その言葉はいつか自分で伝えて欲しいですわ。

花も手向けて...」


「そう...ですか。

じゃあ、やっぱり町も...」


「ええ。」


母親はキリエの悲しそうな目を見て話を変えた。


「ウーラカ村には私の実家があるんです。

キリエ様は行かれたことがありますか?」


「いえ、ないですわ。」


「そうですか。

村では秋になるとミスラサーペントという魔物が海から川に上がってくるんですよ!」


「それは危険ですわね。」


「それがそうでもないんですよ。

ミスラサーペントは川から更に陸に上がって産卵するんです。」


「わざわざ陸に産卵しに帰ってくるのか。

ウミガメみたいな魔物だな。」


「そして産卵して数日でそのまま死んでしまうんです。

村ではそのミスラサーペントをいただくんです。

だからミスラサーペントが帰ってくるとお祭りをするんですよ。」


「変わった魔物もいるんですのね。」


「そうですね。村と共に生きてるんです。

森で生まれたミスラサーペントの子どもは村で飼育するんです。

そしてある程度育ったら川へ放すことでミスラサーペントは海に旅立つんです。」


「ウミガメというよりはシャケか。」


「魔物と共に...」


「信じられないですか?」


「え、ええ。すぐには理解し難いですわね。」


キリエにとって魔物とは悪そのものだった。


魔物とは人を襲う恐ろしい敵。

お父様たちをキリエから取り上げる厄介者。

お母様を、町を滅ぼした憎い仇。


「そうですよね...あんなことがありましたし。

娘もヨウニーで生まれ育ったんです。

正直、村に帰ってやっていけるか不安なんですよ。

魔物は父を殺した仇。

そんな魔物と共存させなければいけない。

それでも他に頼れるところもないですし...」


母親の目から涙が溢れた。


娘を守るために必死だったのだろう。

最愛の人を亡くしても悲しむ暇もなく娘のためにここまでやってきたのだろう。


辛いのは自分だけではない。

それでも皆、前を向こうと必死なのだとキリエは知った。


「いいお母様ですわね。

大丈夫ですわ。あなたがいれば娘さんは大丈夫ですわ。」


「うっ...うっ...」


「あなたも早く寝るといいですわ。

ここまでほとんど寝てないんですわよね。」


「...ぅっ...ありがとう...ございます。」


母親は横になった。

それからしばらくは啜り泣く声が聞こえていた。


「お前も寝ておけ。

どうせ俺はずっと起きてるんだ。

何かあれば起こすさ。」


見張りは悪霊に任せキリエも眠りについた。


_______

「キリエ。そろそろ起きろ。

おーい。寝坊助お嬢様ー!」


キリエが目を開けるとあたりはすっかり明るくなっていた。


「おはようございます。キリエ様。」


母親は少し前に起きていたようだ。


「ごきげんよう。」


母親はぐっすり眠る娘を起こし、3人で簡単な朝食をとった。


片付けを済ませ、早々に出発した。


親子は昨日よりも元気に歩いていた。


魔物にも出会わず順調に進み、夕方にはウーラカ村までたどり着いた。


「キリエ様。本当にありがとうございました。

今晩は私の実家に泊まっていってください。」


「ええ。こちらこそ、お世話になりますわね。」


2人が話していると娘は母親の後ろに隠れてしまった。


だが、キリエを見つめる瞳は出会った時とは違っているようだ。


「すみません。先に家に帰って母に事情を話してきます。

少しの間娘をお願いします。」


そう言って母親は娘を置いて実家へ走って行った。


娘はキリエを見てなんだか恥ずかしそうにしている。


キリエは娘の前にしゃがみ込んだ。


「お母様のことは好き?」


キリエの質問に娘は黙ってコクッと頷いた。


「そう...

お母様の言うことを聞いていい子にするんですわよ。

お母様はあなたのことをとても愛していますわ。」


そう言いながらキリエは娘の頭を撫でて微笑んだ。


「キリエ様ー!」


母親が走って戻ってきた。


「小さな家ですが案内いたします。」


3人は母親の実家へ向かった。


その後、夕食には村長もやってきた。

キリエはヨウニーの町の惨状や魔物の群れは討伐しこの村には被害が及ばないことなどを話した。


そうして一晩過ごし朝になった。


「キリエ様。こちらを持っていってください。」


束ねられた赤い棒をたくさん渡された。


「これはなんですの?」


「サペとばです!

ミスラサーペントの肉を塩漬けにして干した物です。

保存も効くのでたくさん持っていってください。」


「これがミスラサーペントですの...」


「どう見ても鮭とばだろ。」


「はい!今度はぜひ旬の秋にお越しください!

キリエ様にならいつでもご馳走様します!

キリエ様。本当にありがとうございました!」


「キリエ様...ありがとう...ございました。」


親子からの感謝にキリエは笑顔で手を振りウーラカ村から旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る