第16話 旅

キリエは立ち上がった。


このままここで待ち続けても意味がないことを薄々理解していた。


だからといって何かしたいことがあるわけでもない。

何もやる気が起きない。


それでも何かしなければいけないという焦燥感があった。


そんな中「旅に出よう」という提案は思いの外すんなりと受け入れられた。


何か目的があるわけではない。

どこか行きたい場所があるわけでもない。


ただ旅へ出る。


何か行動を起こす。


何も考えられなくなったキリエにとっては、やることを与えてくれるだけで十分だった。


「まずは近くの町の行こう。

それから冒険者になってお金を稼げばきっとなんだってできるさ。

王都に行ってみるのもいい。

他の国へ行ってみるのもいい。

あてもなく旅を続けたっていい。」


キリエは黙って頷いた。


「それじゃあ旅の準備からだな。

まずは...」


悪霊は言葉に詰まった。


(あれ。旅の準備って何するんだろ...)


悪霊は旅に出たことがなかった。


生前にはせいぜい修学旅行などに行ったくらいで本格的な旅なんてしたことがない。


「と、とりあえず服とかかな!あとは食糧!!

あとは...歯ブラシとタオルとか!」


悪霊はなんとか思いつく限りのものを挙げていった。


キリエは呆れた目で悪霊を見ていた。


なんとか捻り出そうと考え込む悪霊を置いてキリエは歩き出した。


屋敷の残骸からお金や自分の持ち物などを見繕い大きなカバンに詰め始めた。


書斎の跡から地図やいくつかの本も拾ってカバンに詰めた。


お父様たちが遠征に出るのを何度も見てきた。

自分も一緒に行きたいと願い続けてもいた。


そんなキリエには何が必要なのかが大体わかっていた。


屋敷の跡をあらかた探しを終えると今度は町の方へ歩き出した。


お店だった場所をいくつか回り必要なものを揃えていった。

もちろんお金は置いていった。


ひと通り準備を終えるとあたりは夕焼けに染まっていた。


「今日はもうゆっくり休むといい。

明日になったらここを出よう。」


キリエは寝床に戻りベッドの上で横になった。


いつもは目を瞑ってもなかなか眠れなかったが、今日はすぐに眠りについた。


_______

ベッドで目を覚ましたキリエは再び瞼を閉じて寝返りを打った。


「やっと起きたか。」


呆れたような声にゆっくりと重い瞼を持ち上げた。


キリエの目の前には旅の出発を待つ悪霊が居た。


「ゆっくり休めとは言ったがもうすぐ昼だぞ!

...まあ、いいや。おはよう。」


久しぶりのちゃんとした睡眠だったため寝過ぎてしまったようだ。


悪霊にもそれはわかっていた。


起き上がり出発の準備を終えると、今までベッドを借りていた分のお金を置いて家を出た。


キリエは町の入り口とは反対に歩き出した。


悪霊もそれに黙ってついていく。


屋敷の庭までやってきた。


キリエは膝をつき手を合わせて祈った。


「お母様、じいや、みんな。

...お父様。

いってきますわ。」


しばらくするとキリエは立ち上がった。


屋敷に背を向け新たな一歩を踏み出し始めた。

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