第15話 本当は
キリエの目の前には薄ぼんやりとした小さな何かがいた。
それは幼い頃に見た、いなくなって欲しいと願っていたはずのものだ。
「悪霊...ですの?
あなたが魔物を...?」
「ああ...久しぶりだな。」
照れくささからなのか同情からなのか後悔からなのか。
悪霊はキリエと顔を合わせられなかった。
「魔物をやったのはおまえだぜ。
お前のファイアボールがものすごく大きくなってここを吹き飛ばしたんだ。」
悪霊は抉れた地面と屋敷の跡を指差した。
「そう。私が...
そうでしたのね。」
いつものキリエなら巨大な魔法を使えたことに、大きな魔物を倒したことに歓喜し、調子に乗って自慢でもしてきただろう。
だが、今のキリエにはそんなことはどうでもよかった。
「うっ...うっ...っ...お母様...」
悪霊はキリエを直視できず、鼻を啜る音を聞き続けた。
しかしこのままではダメだと、何か声をかけなければいけないという衝動に駆られた。
(何を言ったらいいんだ?
励ましでもするのか??)
(大丈夫?
大丈夫なわけあるか。
俺がいる?
いるからなんだよ。
起きてしまったことは仕方がない?
仕方がないからなんだよ。前を向けってか?
何もかも失って何を見ればいいんだよ。)
(せめて、ただ抱きしめてあげることができたら...)
何もできずに考え込んでいる悪霊をよそに、キリエは立ち上がった。
「お父様が帰ってきますわね。
それまでにお母様やみんなを埋葬しないといけないですわ。」
「いや、きっともう...
悪い。なんでもない。」
(町に魔物が来ないように前線で戦ってたんだ。
魔物がここまできてる時点でもう。)
悪霊は黙ってキリエについて回った。
キリエはお母様を、屋敷に残る使用人たちを、町に残る人々を埋葬していった。
作業は1日では終わらなかった。
屋敷の瓦礫から食べ物を漁り、壊れていない家を探しベッドを借りて夜を過ごした。
そうして何日もただひたすら無言で町の人々を埋葬していった。
1週間以上経っただろうか。
おそらく全ての人々の埋葬が終わった。
町には誰も居なくなった。
もちろん逃げ延びた人もいるだろう、
だが今この町で生きているのはキリエたった1人になった。
お父様たちが帰ってくることはなかった。
それでもキリエは待ち続ける。
埋葬も終わりそれしかやることがないのだ。
何のためにこれまで頑張ってきたのか。
何のためにこれまで生きてきたのか。
何のためにこれから生きるのか。
キリエにはわからなかった。
ただ1つわかるのは、
いや、わからないのはお父様が死んでしまったかどうかだ。
だからキリエは生きていることを信じて待つことしかできなかった。
悪霊にはわかっていた。
待っていても無駄なことを。
おそらくお父様はもう帰らないということを。
だが悪霊にもわからなかった。
これからどうしたらいいのかが。
(どうしたらいんだろう。
俺はキリエになにができるんだろう。
キリエはどうしたいんだろう。
何もかも失って死にたいんだろうか。
もうなにも思い残すことはないんだろうか。)
悪霊はふと前世のことを思い出した。
(俺は思い残すことがなく死ねただろうか。
好きだった幼馴染を守って死んだんだ。
思い残すことなんて...
本当に?なかったか?)
(純はもう結婚もしてたんだ。
幸せだろうさ。その幸せを守れたんだ...)
(自分のせいで幼馴染が死んだことを忘れて幸せに生きられるだろうか。
そもそも結婚したからといって必ず幸せに生きられるだろうか。)
(俺がいなくても別の誰かが幸せにしてくれる?
俺はその知らない誰かを信用できるのか?
そんな言い訳をして逃げてきただけじゃないか。
ピンチの時だけ助けて自己満足に浸ってるだけじゃないか。
不幸から守ったからあとは別の誰かが幸せにしてくれるのを待つ?
そんなやつ本当にいるのか?)
(今のキリエを幸せにしてくれるやつはどこにいるんだよ!)
(本当は...俺は...純を...キリエを...
自分の手で幸せにしてやりたかったんじゃないのかよ!!)
悪霊は自問自答の末、口を開いた。
「キリエ。
俺はお前から離れない。
絶対にいなくならない。
一生一緒に、いや、死んでも2人で幽霊になって一緒にいるさ。
俺がお前を幸せにする。」
「旅に出よう。2人で。」
虚空を見つめ座り込んでいたキリエから涙が溢れた。
「嘘つき。
それじゃあ今までどこに行ってたんですの!
どうせまたあなたもいなくなるんですわ!!
お母様も、お父様も、みんなみんな...
私1人置いていなくなるんですわ!!」
「俺はいなくならない!!
もう、いなくならない。
今までだって隠れてただけでいつもそばにいたんだよ!!」
「嘘ですわ!!」
「嘘じゃない!!」
「嘘じゃない。
俺に会えなくなってから毎晩1人で泣いていた時も。
なかなか上達しなくても諦めずに剣術の稽古をしていた時も。
精霊術が使えることに初めて気づいた時も。
先生がいなくなっても毎日精霊術の特訓をしていた時も。
ずっとずっとそばで見てきたんだ!!
ずっと一緒にいたんだよ!!」
キリエの肩が震え始めた。
「うっ...ぅっ...ゔぇーーーーーん。」
キリエは子どものように泣き出した。
悪霊の手では涙を拭くことも抱きしめることもできなかった。
それでも悪霊はキリエを抱きしめた。
「俺はもう離れない。
お前が俺を嫌いと言っても除霊しようとしてもいなくならない。
俺がお前を幸せにする。
俺がお前を守る。
だから、この町を出よう。旅に出よう。」
キリエは涙を拭きながらゆっくりと首を縦に振った。
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