担当マネージャー・伊吹の証言

「本気なんですね、あゆみさん?」

初めてわたしがその話を聞いたとき、正直に言えば、言葉を失いました。

「もし、私がこのまま……いなくなっちゃったら。マネージャーさん、私のこと、道具として使ってくれませんか?」

「道具、って……それは、どういう意味?」

控え室のソファで、やせ細った体を毛布でくるみながら、彼女はすこし笑って言いました。

「たとえばね、演出上必要なら、小道具の人形でも、遺影でもいい。静かに横たわってるだけでも、演技の一部になれたら、それでいいんです。だって、私まだ「現場」にいたいから」


 あゆみは本気でした。たぶん、わたし以上に現場の空気に飢えていた。だからこそ、彼女のその願いを、最初は受け止めきれませんでした。マネージャーとしての立場では、常識的に考えれば拒むべきだったと思います。所属タレントが亡くなったあとも「物理的に出演し続ける」なんて前代未聞、そして空前絶後でしょう。でも、どんな役でも逃げなかった彼女の演技人生、そしてカメラの向こうにいる「誰かのために」という信念は、揺るぎないものでした。


 あゆみは、ただ目立ちたかったわけじゃない。死後も人の記憶に残りたかったんです。ある日、あゆみの姉さん、いつも病室であゆみの髪を梳いたり、手を握っていた優しい人が、わたしに声をかけてきました。

「伊吹さん、この話、ほんとうに進めるんですか?」

「はい。覚悟しています。でも、あなたたちご家族の気持ちを無視してまで、とは思っていません」

姉さんは少し俯いて、やがて静かに言いました。

「あの子の願いなら、叶えてあげたいと思うんです。ただ、私たちじゃ実現できないから。伊吹さんがいてくれて、よかった」

 わたしは心から思いました。この家族があゆみを支えていたから、彼女は最後まで「女優」でいられたのだと。


 遺体の処置とスタジオとの交渉。簡単なことではありませんでした。でも、不思議なことに、誰も反対しませんでした。彼女には不思議な人徳がありました。みんな、あゆみの生き方に感動していたからです。


 そして一年後、新作映画のクレジットに「平間あゆみ」の名が再び流れたとき、控え室の隅でわたしは咽び泣きました。あゆみは、今も「生きて」います。確かに、演じ続けているのです。


 先日、現在彼女が安置されている、後日建てられたチャペルを訪れた際、お姉さんと、小さな娘さんが花を供えていました。

「またね、あゆみお姉さん」

あの言葉を聞いて、わたしは胸がいっぱいになりました。そしてそっと、アクリルケースに手を置いてつぶやきました。

「あなたは、いまもちゃんと、プロとしてここにいるよ。ありがとう、あゆみさん。まだ、次の『現場』でも待ってますからね」


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