エピローグ

 わたしは、バスルームで白髪染めを済ませた後、中学生になった娘のひまりと一緒にスタジオに行きました。仮設のセットが立ち並ぶスタジオの片隅に小さいけれど立派な鉄筋コンクリート造りのチャペルが建てられて小道具室から移ってきたあゆみがここにいます。前を関係者がしばしば通りがかるとはいえガヤガヤして活気のあるところが好きな彼女の希望から外れていて物足りなく感じていそうな気もしないでもないのでそこが気にはなりますが、プロダクションとして彼女を悼む思いは素直に受け取っておきます。とは言ってもこのチャペルが撮影に使われることもあって、テレビドラマを見たときにたまに写っていたりします。


 わたしは、スタジオに出入りする俳優・スタッフのみなさんあるいは見学に来た彼女のファンの方から捧げられたと思われる入口前のスロープに置かれた花束を抱えながら鍵を回してドアを開けてひまりと一緒に中に入りました。私は持ってきた切り花とその花束を中のステンドグラス前に置いてある花瓶にさしました。彼女は今でも少し声をかけたら目を覚ましそうな感じでした。わたしが周りを雑巾掛けしている時、ひまりがアクリルケースに近づいて中でじっと横になっているあゆみに声をかけました。

「あゆみおばさん、こんにちは」

「ダメでしょ、ひまり。ちゃんと『あゆみお姉さん』と言いなさいっ」

「はぁーい……」

少し不機嫌そうな表情を見せたひまりに続いて、わたしも彼女に声をかけて近況を話しかけました。


 彼女はどんな思いで移り変わるスタジオの姿とか、通りかかる俳優や見学に来た方々、新作作品の撮影シーンをずっと感じてきたのか、そして母親になったわたしと娘についてどう思っているのか、それがわからないのは非常にもどかしく悲しいです。


 私は帰り際に彼女の顔の上辺りのアクリルケースのふたをそっとなでて、

「あゆみ、お姉ちゃんはまた来るからね」

とつぶやきました。そして、

「もうそろそろ時間だからあゆみお姉さんにさよならのあいさつして」

と私が言うと、

「またね、あゆみお姉さん」

ひまりはそう言って名残惜しそうにチャペルを出ました。


(完)




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