第35話 武器のセレクトは慎重に

「な、なに言ってんのよ、メラゴ……!? あたしたちが音痴って。音痴ってアレでしょ、歌がド下手な人のことでしょ? そんなわけないわ」

「はは。このことはできれば、言いたくなかったんだが」


 ピンク色の瞳を丸くしているキティリア殿に、赤鬼となったメラゴ殿は申し訳なさそうな苦笑を向けた。


「数年前、撮影の打ち上げではじめてカラオケに行ったんだ。俺は一曲目を気持ちよく歌ったんだが、三十八点だった」

「えっ、すごいじゃない! あたし二十五点が最高よ」

「ふ……。修行が足らねえな、お前ら。オレはヒトカラで五十五点出したことあるぜ」


 拙者はこの話に加わらず、福の神のような慈愛に満ちた笑顔を貼りつけて黙っていた。ああ――ついに、この日が来てしまったのでござるな。


「いいか皆、落ち着いて聞いてくれ。普通はカラオケで、七十点以下は出ないものらしい」

「「……え?」」

「俺は次の曲も入れたんだが、なぜか毎回キャンセルされてとうとう歌えなかった。次のカラオケ時には最初からタンバリンを渡され、マイクを握ることすらも許されなかった」


 訪れたのは、ゴーレムたちがアリーナでなにやら走り回っている音すら遠く思えるほどの静寂。しばらくして、青い髪の魔術師がゆっくりと拙者を見た。


「ガルシ。知ってたのか、お前」

「……申し訳ござらん。アニヲタにとっては、推しアニメの主題歌をカラオケで熱唱することなど挨拶に等しき行為。拙者ももちろん、すぐに『らぶ♡ぎぶ』の主題歌の歌詞を暗記し、オケり申した。結果は――」

「言うな。わかってる」


 黒手袋の手が拙者を制止する。少し思考を整理したのか、数秒してから同胞はフーと長く息を吐いて言った。


「――いいじゃねえか、音痴でも。日々の仕事にゃ障りねえんだ」

「認めたッ! というか開き直ったでござるな!?」

「そ、そうよ! ダーリンはあたしの歌、シメられるダチョウみたいで可愛いって言ってくれるし! 機械の点数なんか、カンケーないっての!」

「さてはダーリン殿の感性もちょっと難ありでござるな!?」


 ちなみに、負け惜しみではござらんが――決して負け惜しみではござらんが、補足させていただきとうござる。


 我々が住んでいた魔界には、いわゆる歌の文化がない。なぜか一般の魔族が歌うことは禁じられている……というか、忘れ去られていたのでござった。オリジナルの鼻歌程度は嗜むものの、共通で知っている曲などは皆無という有様。


 ゆえに拙者たちには、ドレミのドの概念もなく。ドは『ドーナツ』のドではなく、『ドタマかち割ったるぞ』のドぐらいの認識でしかない。つまり音痴でも仕方なかろうというも――おや?


 拙者と同じ疑問に至ったのでござろう。キティリア殿がハッと息を呑んだ。


「ねえ、待ってよ。じゃあなんで魔王は『歌』を知ってるの? あたし、この世界に来るまで歌なんてものの存在すら知らなかったわよ」

「しかも、めちゃウマレベルでしたぞ。知らない曲であれ正しい音程であると、アニソンで鍛えた今の耳ならわかるでござるよ」

「もしかして『魔招輪』と何か関係があるんじゃないか? アス」


 またもやいつもの直感を頼りに、リーダーが斬り込んでいく。アスイール殿は一瞬ぎくりという顔になったが、やがて観念したように答えた。


「まあ、もうあっちの世界のルールなんざ気にする必要はねえか……。いいかお前ら、よく聞け。これは代々の魔王たちが秘匿してきた重要機密だ」


 ちょうど、爆音で流れていた曲が終わりを迎える。一瞬訪れた静けさの中、魔術師は重々しい声で告げた。


「『歌』はな――生き物が魔力を、唯一の手段なんだよ」

「!」


 拙者の頭の中で、疑問のパズルのピースがかちりと噛み合う。おかしいとは思っていた。自然魔力が存在しないこの世界でなぜ勇者は、これほど大規模なコピー空間を作り出せたのか。次々に数を増やしながらも淀みなく働くゴーレムたち、その動力源はなんなのかと。


「つまり勇者……ユノ殿は、みずから歌うことで無限に魔力を生み出していると!? チートすぎるでござる!」

「だから代々の魔王どもは『歌』を独り占めしてきたんだよ。人間界から来たオレはもちろん『歌』のことは知っていたが、魔族になった時に口外を固く禁じられた」


 そこでふと拙者の頭に野暮な疑問――ではアスイール殿の音痴は……――が浮かんだが、今の状況の打開にはならぬので華麗に流しておく。その間にも兄貴分は説明を続けた。


「『魔招輪』は、その歌声を自分から離れた眷属たちに伝播させる道具。魔王ルーワイも自分の歌で、腕輪から『魔王紋』を持つオレたちに魔力を与えることができたはずだ」

「そんなの、やってもらったことないけど?」

「あいつはケチだからな」


 満場一致の納得。会社であれば認められないその理由であれ、我々にはその説明だけで十分でござった。あの魔王からはお給料どころか、アメちゃんひとつ貰ったこともない。


「それに、あのルーワイが歌わなきゃなんねえほど窮地に追い込まれたことなんてなかったろ」

「たしかに……。メラゴ殿と魔王の決戦など、拙者にとってはおとぎ話のごとき伝承ですし」

「オレもヤツの歌声を聴いたのは、あの『魔招輪』を装備した勇者との戦いがはじめてだ」

「まあ世界を裂くほどの戦いでしたからな」


 よくもまあ、そんな大戦の中で生き残ったものでござる。拙者は自分や、大事な同志たちが無事に転移できたことを改めて幸運に思った。


『いつまで隠れているんだ! 処刑ステージの準備も整ったぞ、出てこい!』

「おしゃべりが過ぎたな。結局何ひとつ解決しちゃいねえが、出るぞ」


 こちらが作戦会議をしているうちに、敵側の様相もずいぶんと変化を遂げている。走り回っていた小型のゴーレムたちは姿を消し、代わりにそれらの集合体と思われる中型のゴーレムが四体出現していた。これは、まるで――。


『ハハッ、かわいいだろう? ボクも自分の四天王を作ってみたぞ』

「げーっ、趣味悪!」


 キティリア殿が行儀悪く舌を出した途端、四天王ゴーレムのうち一体が急に動きはじめた。ガラクタで構成された巨大な拳が、彼女目がけて迷わず打ち込まれる。


「キティ!」

「……舐めんじゃないわよ。こんな不細工な人形で、あたしを模したつもりなの?」


 身体の半身を霧状にして攻撃を無効化し、美女は唸った。渦を巻くように揺らめくピンク色の魔力の光。その中に立つ四天王の紅一点は、ドレスのスリットの奥にある艶かしい腿へと指を滑らせる。


「玉ねぎのみじん切りはダーリンのほうが上手いけど、ムカつく奴を料理することならあたしだって負けないわ」

「おおっ、そのフリはもしや!」

「食らいなさい――甘い享楽の夢を魅せし、死の煌めきをッ!」


 彼女の背にある羽が、左右に大きく広がる。宝石を砕いたかのような鱗粉が舞い上がった。拙者は拳を握り、興奮した声で解説する。


「で、出たーっ! 四天王キティリアの秘技、『夢幻蝶』! あの美しい鱗粉には強い幻覚作用があり、少しでも吸い込めば甘い夢に囚われたまま現世に帰ること叶わぬという! 彼女は専用武器の大扇『誘蘭ユウラン』でその粉を自在に操り、数多の敵を屠ってきたのでござる!!」

「うるせーな、んなこた知ってるっての。いきなりどうした」

「いや、どこかで初見の方々もこの戦いをご覧になっているかと思い……」


 拙者のメタ向け解説はともかく、本当に恐ろしい技でござる。しかし彼女の専用武器は行方不明のはず。そんな疑問を浮かべる拙者を置いて、仲間は鱗粉をまとってアリーナの宙空へと浮上した。


「おらあああ! 最大出力ーーっっ!!」

「あ、あれは――!」


 女性の手にもフィットするスリムボディ。目にも涼しいミントカラー。バッグにもすっぽり収まる大きさで、近年の猛暑時には大活躍間違いなし♡な――!


「は、ハンディファン! まごうことなきハンディファンですと!?」


 メラゴ殿のゴルフクラブ同様、なにか魔術による強化が施されているのでござろう。キティリア殿が手にしている小型の扇風機からは、竜巻のような暴風が放出されている。絵面以外はかっこいいのでござるが。


「お、大活躍だな『誘蘭・改』! この前のロケで貰っておいてよかった」

「しかもノベルティ! ということは……」

「ん? ちょっと、風が弱くなってきたんだけど!」


 数十秒ののち、ミントグリーンのハンディファンの風は萎むように弱くなった。遠目にも、持ち手のランプがチカチカと赤く明滅しているのが見える。


「あーっ、やはり! ノーブランド品にありがちな、異常に早く充電が切れる問題!」

「きゃあっ!!」


 そんなツッコミをしている間に、鱗粉を浴びたゴーレムが美女にタックルをかます。躍起になってスイッチを押していた仲間は実体を消して回避することも忘れていたのか、攻撃をまともに食らって吹き飛んだ。


「キティッ!」

「待て、素手で受け止めると粉にやられる。オレがやる」


 駆け出そうとした拙者の前に躍り出たのは、アスイール殿でござった。黒いマントに鮮やかに手を差し入れ、長い指がシュッとスマートに得物を引き出す。


「そ、それは!」


 磨き上げられた上質な木材。計算しつくされた完璧なフォルム。長年の仕事を一緒に乗り越えてきたことが窺える、頼れる相棒。


「デキるビジネスマンの必須アイテム――靴べら! いやたしかに杖っぽいでござるけども!?」

「ふん。オレの『花子』は、即席で作った武器とは違うぜ」

「花子」


 以前の杖はたしか『黄昏の観測人トワイライトゲイザー』という立派なお名前でござったのに、なにやらずいぶん親しみある印象になりましたな。しかし常日頃から愛用している品であることは確かなのでござろう。魔術師が靴べらを振ると、宙を落ちていくキティ殿を光の膜が包み、減速していく。


 仲間が地面に叩きつけられるシーンを見ずに済んだ拙者は安堵したが、同時に耳にピシリと不穏な音が届いてぎょっとする。


「! 花子!?」


 見ると、今しがた活躍した得物に大きな亀裂が入っていた。慌てて魔術の行使を中断したアスイール殿は――遠くの方で「ぎゃんっ」という女性の悲鳴が聞こえ申した――、傷ついた得物を抱えて膝をつく。


「おい、しっかりしろ花子! お前……こんなところでくたばっちまうのかよ!」

「アス殿……。花子殿はきっと、役目を終えたのでござるよ」

「そんな! 雨の日も雪の日もオレたち、一緒に営業回ったじゃねえか! お前はこんなとこで折れる杖じゃねえはずだ!」

「いや靴べらでござる」


 もうツッコミが追いつかない。途方に暮れていた拙者のすぐ近くで、さらにボキィッという不吉な音が上がった。拙者が恐る恐る見ると、四天王ゴーレムの脚の間に挟まる銀色の物体――ゴルフクラブを指差しているリーダーが笑っていた。


「すまん! 俺の『灼光丸パートⅡ』も折れた!」

「ああっ、一応は一番期待できそうだった武器まで――危ない、メラゴ殿!」

「!」


 中型ゴーレムが足を振り上げ、同胞の頭を狙って踏みつぶし攻撃を見舞う。我らがリーダーは回避せず、両手でゴーレムの足裏を受け止めた。いつもの彼であればそう心配する局面ではないが、絶妙なタイミングで聴き慣れたイントロが流れはじめる。


『孤独はー戦士のー♫ マストアーイテーム! うなれ! ひかれ! こーの、正義ー!』

「はは……! ガロウレンジャーのテーマ、か……皮肉だな、っく!」

「メラゴ!」


 勇者の歌に力を奪われるのでござろう、屈強な魔鬼族の膝が徐々にコンクリートに近づいていく。加勢せねばと駆け出した拙者だったが、リーダーの赤い目が素早くこちらへ向けられた。


「ガルシ! 『魔雷の戦鎚ギガウノス』を使え!」

「!」

「今この場にあるまともな武器は、お前の戦鎚だけだ……っ!」

「し、しかし」


 幻影で作られた戦装束の一部が、奇妙な熱を放ちはじめる。部屋着のポケットに入れっぱなしだった、拙者の得物。戦いの気配を感じて昂るその小さな存在を思うと、紫の首筋に汗が浮いた。


「きゃああ!」

「うぁっ!!」


 歌によって力を抑え込まれた他の四天王たちに、ゴーレムが迫る。拙者は恐れを振り払い、戦鎚を取り出した。元の大きさに戻ればこの得物は、拙者の背丈をゆうに越えるほどの長さになる。拙者は足を開いて腰を落とし、戦鎚トイを置いた手を前方に突き出した。


「……っ、そんな」


 しかしいくら魔力を込め、ありったけの集中を捧げようとも――得物が元の雄々しき姿を取り戻すことはなかったのでござった。



***


【補足】

今回のEPでの「音痴」定義はコメディ向けのものです。カラオケで70点以下を取ったら必ずしも音痴であるという断定でもディスりでもありませんのでご留意ください。魔族たちは音痴というより歌い方を知らなかった(数百年単位)ので、まだ思いきり歌うだけの小学生低学年みたいな感じ、というイメージです笑。


近況ノート:

https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818093092390785306

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る