第29話
そしてしばらく経った穏やかなある日の朝、洗濯物を仕分けしていた私は彼の大きなジーンズを拾い上げてベルトを抜く。
「勇太、これ…ジーパン洗っていい?育ててる?」
「ええよ、洗うて」
「はーい、ポケットポケット…前に小銭が出てきて大変だった…………んん⁉︎」
ジーンズのお尻のポケットから出てきたソレを握り締めた私はトタトタと勇太の居るリビングへ戻り、
「勇太、これ、誰?」
とキラキラした源氏名の書かれた名刺を掲げた。
「え、あー、付き合いで行ってん、キャバよ、普通の、」
「ふーん?セクキャバとかじゃないよね?」
「ちゃうって、店名調べてみて、ほんまに、あの、」
「信じられない、私がいながら他の女の子に鼻の下伸ばすとかあり得ない」
「付き合いや言うてるやん、ばちめんどいな、亭主を信用せんかい」
「前科があるもんね」
そう言って私が頬を膨らませれば八の字になっていた彼の眉は次第に元の角度へ戻り更に怒ってくる。
そして私の腕を掴み
「…しつこい……千里、出勤前に抱かせろや、愛を証明したる」
とソファーへ引き倒してスカートを捲る。
「きゃ」
「千里、お前準備しとったろ、濡れてるわ」
「失礼な」
「おら、亭主が欲しくて、悪態ついたて、言えや、」
その期待も無くはない。なんせ私から誘うのはいまだに恥ずかしくってできやしないから。
こうして理由を付けて襲われたりするのだが夫にはその手法がバレてしまっているようだ。
「もぉ、こんな、お手軽に、愛さないでよ、」
「やかまし、手早うスッキリさせろや」
「むぅ」
「ええ?ナカに出してええ?」
「やら」
「イきそ、千里、孕んでくれ、俺の子ッ」
勇太曰くさっきまで朝食を摂っていたダイニングを横目に腰を振るのはなかなか興奮するらしい。
「おら、千里、千さと、ちさとッ………あー……あー…分かる?」
と彼はインスタントセックスらしく夜よりも早めに達した。
「あったかい気がした…」
「ん…千里、愛してる……うお、やべぇ時間、行くわ、」
「はーい…行ってらっしゃい」
「千里、ほんまにセクキャバと違うから。信じてくれ、行ってきます!」
「はーい」
体を差し出して愛の確認をするなんて馬鹿馬鹿しいし哀しい話ね。
私は勇太の名残をティッシュで拭いてはゴミ箱へ投げる。
私たちは妊活を再開して避妊無しで毎回致しているのだが…日が合わないのかまだ身軽なままだ。
「ふー……あんなエッチで満足できるんだ…男の人は良いなぁ……よーし、」
私はクローゼットから例のオモチャを取り出して丁寧に拭く。
これは秘密だが、勇太との行為で達せない時はコレを持ち出して慰めてもらっているのだ。
「ん、んー」
想像するのは流行りのイケメン俳優だったりAV男優だったり、私にできる浮気はせいぜいこのくらいが限度で…けれどその僅かな背徳感が過剰に私をエッチな気分にさせてくれる。
そしてこの秘め事のおかげで半端なセックスでも我慢していられるのだ。
快感というものは全てを赦してくれる薬、辞められない遊戯だ。
「…勇太…気持ちよさそうだったな…良かった…」
勇太は余韻があるうちは私を忘れないでいてくれるし私だってそう、掴まれた腰や食い込んだ指の感触、何より繋がっていた部分がじくじく疼く間は彼を感じていられる。
結局騒動から半年ほどであの事は笑い話程度になってしまった。
けれどたまに思い出しては腹が立つし、かの国の特集などがテレビに映ればあからさまに不機嫌を表すようになってしまった。
「…辛いけど…決めたことだもんね…」
風俗通いが事前に分かってたら結婚しなかったかな。
今更考えても仕方ないことだけど何度も何度も頭の中では繰り返す。
信用するって難しいな、価値観を擦り合わせるって難しいな。
結婚2年目に差し掛かった晩秋、私は人間の付き合いについて深く考えてはため息を逃した。
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