第18話


 季節はもう夏、冷房を掛けて半袖薄手のパジャマに衣替えしている。

 発覚から5ヶ月が経過して、私たちは相変わらず体を触ったり添い寝したりするだけのラブタイムを過ごしていた。


「千里、このパジャマ可愛い…手触り最高…エロい」

「そう?良かった」

「…俺を喜ばせるために買った?」

「違うよ、話題になってるから…買ったの」


 嘘である。『ついつい触りたくなる触感』が売りのこのパジャマは夫との関係修復のために買った物。

 あくまで彼の方からグイグイ来て欲しい私はもう相当に拗らせてきている。


「ふーん…気持ちええ…滑らか……こっちも触ってええ?」

「う、ん…」


 私のベッドに乗り込んで来た勇太は意気揚々と真ん中のファスナーを下げて、ナイトブラの胸に手を伸ばす。

「可愛いの着けてる…千里…」

「よしよし…」


 家電量販店は絶賛繁忙期、夏のボーナスで一気に増えた家電の配送工事は9月頃まで1日あたりの最大件数が連日続くのだそうだ。なので夫も毎日ヘトヘトで帰って来ては私の機嫌取りをしなくてはいけない。

 いたわりたい気持ちはもちろんあるので犬をあやすくらいの気で頭を撫でてやる。


「んー……なぁ千里、その…子供、さ、いつくらいって考えてるか?」

「え、………まぁ…30歳までに1人産めたらって思ってたけど」

思ってたけど、今は違うの。


 皆まで言わずとも勇太はうんうんと頷いて、膨らみにかぶり付いた。

「…もうな、スキンシップのためのエッチはできひんかもしれんやん、千里が辛いから…しやったら早めに子供の計画とかも考えんとなぁて…思うて」

「原因は勇太なんだけど」

「そうよ、もちろんそう……でも俺な、子供好きやから欲しいねん。産んでくれるならあともう家庭内別居でも無視でも受け入れるよ」

「なにそれ…」

まるで産む機械ね、なんて言っても否定されるだけか。

 子はかすがいと言うけれど確かにそれをきっかけに関係が良くなるかもしれない。

 なんせセックスという項目が無ければ、私たちは実に平和に家庭を運営していけるのだから。


「俺はもちろん性欲の発散とか抱きたいからスるけどや、千里はあんまりシたないんやろ?したらもう…割り切ってそん時だけ頑張ってもらうとか…それしか無いんかなと」

「んー…上手くいくかな」

「妊活ってやつよ、体調整えてさ…妊娠のためのエッチなら…抵抗も少ななったりせぇへんかな」

「ん……でも私のことだからさ、マタニティーブルーとかで当たり散らしたりするよ?」


 言葉も暴力もどちらもあるだろう。産前産後のメンタルは私の感情の暴走を後押しするに違いない。

 勇太は甘んじて耐えるだろうけど堪えきれなくなり逆ギレされるのも怖いし彼がメンタルを病んでしまうのも恐い。


「ええよ、逃げられるんは勘弁やけど刺されるくらいは我慢するわ」

「刺さないよ!」

「ははっ」

勇太は歯を見せて笑い、胸へと戻っていく。


「…俺、父ちゃんが早よう死んでひとりっ子やってん、母ちゃんも死んでもうて…もう千里しか家族おれへんからやぁ…家族増やしたいねん」

「うん…」

「マジで分からへんと思うけどな、ただの射精って排泄やねん、俺に言わせるとな。しやけど子作りのそれはちゃう気がすんのよ…気持ちええだけやのうて、『行け行け』言うて送り出すみたいな…少なくとも、俺は千里とスる時はゴムありでもそない思うて出しててん」


 なるほど排泄か、ならば勇太にとってお店の嬢はトイレか何かなの?

 分かり合えないし軽蔑するけれど彼はそれで私を持ち上げているつもりなようだ。


 ちゅぱちゅぱ吸いながら夫は

「千里…俺の子供、産んでくれる?」

と上目遣いで私を窺う。


 「勇太似の赤ちゃん、可愛いだろうなぁ」と絆された私は

「う、ん…」

と硬い髪を抱いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る