5・隠された本性

第11話


「香水…?」

「ここだけ、匂いする…」

「…?……あ、」

 思い当たる節はある。

 それはホストクラブで隣に着いてくれた人のもの、「良い香りですね」と世辞を言えばポケットから小瓶を出して1滴バレッタのリボンへ差してくれたのだ。

 動くたびにふわりと香って良い感じだったのだが、私の鼻は慣れてしまって忘れていた。

 おまけに台所はニンニクの香ばしい香りが充満していたから彼もやっと気付いたというところか。


「これ……誰の?」

「…女性用じゃないかな、友達が付けてくれたの」

 ホスト遊びをして来たと言えば仕返しは完了するのだ。夫にも私と同じ目に遭ってもらい溜飲が下がる。本当の意味で同等にはならないけれど私の気持ちは分からせることができる。

 けれど言い出せない。

 秘密が暴かれる危機感とやってしまった罪悪感、これでおあいこのはずなのに私は彼の悲しむ顔が見たいと思えなかった。

 そして「怒られたくない」という保身からくる嘘は私の顔色をみるみる土気色へ変えていく。


「千里、その友達に電話して」

「なんで、」

「ええ匂いやから、どこのんか知りたいねん」

「…もう遅いし…」

 彼は制汗剤以外の香りを纏う人じゃない。これは絶対嘘なのだ。

 でも拒めない、私のポケットからスマートフォンを出してかざして、勝手に強張る顔を認証にかける。

「さっきまで出歩いとったんならまだ起きてるやろ、ん、」

 そして「掛けろ」と差し出すのでメッセージアプリから友人へ電話を掛けた。


『もしもし、千里?どした?』

「遅くにごめんね、あ、あのさ、今日…香水付けてくれたじゃない?あれ、どこのやつだったかな」

『香水?』

「うん、あのー…旦那がね、気に入って…銘柄、知りたいんだって…」

 口調と語気から察してくれないかな、テレパシーが通じたのか友人は

「…あ、あー…千里に付けてあげてから容器は捨てちゃったから…品番とかは分かんないな。でもブランドは***だよ」

と有名かつ無難な香水ブランドの名を答えてくれる。

「そっか、ありがとう」

『いいよー…大丈夫?』

「うん、調べてみるね」

『ん…また連絡してね』


 これたぶんDVと疑われてるから後でフォローしなきゃな。


「***だって、詳しい銘柄は分かんないみたい」

と教えてあげると勇太は

「ほうか……残念やなぁ」

とバレッタをガリガリ爪で擦って外そうとする。


「なに、取るの?」

「うん…嫌や、他の男が居てるみたいや」

「そうかな……だったらどうするの?」

 私がそう言えば彼ははたと動きを止めて固まり、

「冗談はやめてくれや」

とひとり寝室へ下がってしまった。


 ヤキモチの感情はあるのだから私の気持ちを自分に置き換えられないものかしら。

 もしかしてそれを理解したのかな、だとしたらお金を払ってホストクラブに出向いたのも意味があったのだろう。


 しかし風呂に入ってなさそうだし明日も仕事だし、宥めてシャワーでもさせようかなと…寝室へ近付くと先に扉が開いて夫が出て来た。


「…!」

「千里、抱きたい…お願い」

「……ひとりで処理できるでしょ」

あぁまた可愛くないことを言ってしまった。

 マスターベーションとセックスの意味合いは違うのに、求められたのに拒んでしまう。


「千里とシたいねん…お願い」

「…私、興奮しないよ」

「くっ付くだけでもええ」

「お店の子みたいに可愛く喘いだりできない」

「比べるもんとちゃうやん…」

辛抱堪らないのか、夫はしゃがみ込んで背中を丸めてこちらを手の指の間から覗く。


「ッ勇太が先に裏切ったんじゃん‼︎もう…ずっと言うよ、思い出すよ、ずっと辛い…」

「悪かった、」

「ひどいよ、もっと…エッチな子と結婚すれば良かったのに、」

「千里をエッチにしたかってん」

「……気持ち悪い」

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