第22話 シルフィルス防衛隊
二人が道を進んでいくと、最後の障害が待ち受けていた。
巨大な倒木が道を塞ぐ場所だ。
「待って。倒木の向こうを見て、霧越しにあの斜面の形……道が続いてるわ」
レイラが指差した先に、ぼんやりとした輪郭が見える。
倒木の背後に、道らしき緩やかな傾斜が浮かび上がっていた。
「道って言うより、ただの土手じゃないのか?」
ヒッキーは眉をひそめながら目を凝らす。
しかし、霧が濃すぎて輪郭は不明瞭だった。
「違うわ。あれは間違いなく向こうに続いている道よ。私たちが進むべき場所に違いないわ」
レイラの自信に押され、ヒッキーは小さく息を吐いた。
「それにしても、どうやってこの倒木をどかすかだな。動かすにはでかすぎるし……」
「動かす必要なんてないわ」
レイラが倒木の根元をじっと見つめながら口を開いた。
「ヒッキー、覚えてる? あんたの得意技、『
ヒッキーは目を丸くしてレイラを見た。
「床ドン? ああ、そういえば……。ただ、こんな場面で使えるかどうか」
「床ドンで井戸に落ちた子供を助けたんでしょう。あんたが言ってたじゃない!」
レイラが冷静な目でヒッキーを見つめる。
「そんな事も言った気がする。でも適当に聞き流されているのかと思っていた」
ヒッキーは意外そうに眉を上げた。
「聞き流す? 馬鹿ね、全部ちゃんと覚えてるわよ」
ヒッキーは一瞬戸惑ったが、すぐに口元に小さな笑みを浮かべた。
「そうか。じゃあ、やるしかないな」
彼は深く息を吸い込み、倒木の根元に立ち位置を決めた。
そして、井戸に落ちた子供を救出した事を思い返しながら全身に力を込める。
「いくぞ!」
ヒッキーが大地を踏み抜くような勢いで「床ドン」を繰り出した瞬間、倒木がぐらりと揺れた。
根元に響いた振動が、内部の腐った部分に伝わり、木が大きく傾き始める。
「すごい、もう一押しよ!」
レイラが叫ぶ。
ヒッキーは再び床ドンを繰り出した。
倒木は地響きを立てながらずり落ち、道を塞いでいた大きな障害が一掃された。
「やったぞ!」
ヒッキーは拳を握りしめ、額の汗を拭った。
「ほら、言ったでしょ?」
レイラが微笑みながら倒木の先を指差す。
その向こうの霧の中にうっすらと続く道が姿を現していた。
「お前……本当に俺の話、よく憶えているんだな」
ヒッキーが不意に呟いた。
「そりゃそうよ。あんたの言ったこと、忘れるわけないじゃない!」
レイラの言葉に、ヒッキーは照れくさそうに頭をかいた。
「よし、行くぞ。この先にきっと出口があるはずだ」
二人は再び歩き出し、霧の中で次第に明るさを増す道を進んでいく。
そして、森の向こうには晴れ渡った空が広がっていた。
「やっと抜けられたな。あの森、もう二度と入りたくないよ」
「でも、試練を乗り越えたことで、あなたも少し成長したんじゃない?」
「そうかもな。でも、もうちょっと平和な試練にして欲しいもんだ」
二人は笑い合いながら道を進み、ルナリス村への帰路を再び歩き始めた。
アストレア王国の
防衛隊が反乱軍を
パルテシア王国の首都シルフィルスの広場。
防衛隊の兵士たちが整列し、中央にはパルテシアの王女、イリスが堂々と立っていた。
その姿には威厳とともに冷徹さが備わっていた。
セリアンが一歩前に出る。
「アストレア王国のセリアンです。反乱軍の引き渡しに感謝します」
イリスは微動だにせず、静かに答えた。
「パルテシア王国の王女、イリスです。これでアストレア王国の災厄の芽がつまれれば幸いです。しかし、あなた方が追いかけてきた者たちは国境を越えたとはいえ、パルテシア王国に危害を加えたわけではありません」
セリアンはその冷たい声に、少しだけ眉を動かした。
協力したのはあくまでも好意に過ぎないという事か、と思いつつも無言で頭を深く下げた。
その時だった。
反乱軍の1人が、引き立てられる途中でふとニヤリと笑みを浮かべたのだ。
その視線がシルフィルス防衛隊の中の1人に向けられているのをセリアンは見逃さなかった。
その兵士は周囲の者とは明らかに様子が違っていた。
肩はわずかに
視線は落ち着かず、挙動不審だ。
セリアンは
「おい、やめろ!」
セリアンの怒鳴り声に驚いて兵士が動きを止める。
一瞬だけセリアンを泣きそうな目で見たが、その視線を振り払うように素早く手を動かした。
その瞬間、セリアンは剣を抜き放ち、一閃で兵士を斬り倒した。
周囲は一瞬、静まり返った。
イリス王女が鋭い声で問いただす。
「他国で剣を抜くとは何のつもりか! ましてや防衛隊の兵士を斬るなど!」
シルフィルス防衛隊の兵士たちは緊張感を高め、一斉に剣を構えた。
セリアンはそれにも動じることなく指示を出す。
「その者の衣服を改めよ」
防衛隊長が近づき、倒れた兵士の服を調べると、
驚きの声があがる。
そして、先ほど発射された矢が、広場にあった木の幹に刺さっているのが見つかった。
「この矢が証拠だ。この者は反乱軍と通じていた。
セリアンの言葉に、周囲の兵士たちが顔を見合わせ、剣を下ろした。
イリスは衝撃を受け、唇を噛みしめる。
「防衛隊の中に裏切り者がいたなんて……私が未熟だった」
防衛隊長は怒りを
「こいつの死体を河原に
しかし、イリスは
「待て、
隊長が不満そうな表情を浮かべる中、イリスは続ける。
「上に立つものが
イリスが命じる。
「今一度、衣服を改めよ」
兵士の懐から赤い✕印のついた写真が見つかった。
写真には彼の妻子が映っており、何かを暗示するかのように深い傷が刻まれている。
「妻子に危害を加えると脅迫されていたのか……」
セリアンはしばらく写真を見つめた後、小さくため息をついた。
「あの一瞬、私を見た悲しそうな顔が忘れられない」
イリスがポツリと呟く。
「何故ひとこと言ってくれなかったのだ……」
彼女は深く考え込むように目を閉じた後、決然と口を開いた。
「王国に弓を引いた以上、名誉戦死とは認められない。だが、この者の亡骸を妻子の元に
防衛隊長が困惑した顔で問う。
「どのように遺族に死因を説明するのですか?」
「写真とともにありのままを伝えよ。その者の死を乗り越えるのは
隊長は短く
イリスは防衛隊全員を見渡し、声を高めた。
「聞け、防衛隊の者たちよ! もし妻子に危害を加えると脅されたなら即座に申し出よ。何があろうとも、王国はお前たちの家族を守る!」
その言葉に、防衛隊員たちは一斉に胸に手を当て、深く頭を下げた。
セリアンは静かにその光景を見つめていたが、ふと目線を上げ、イリスを見つめてつぶやいた。
「お見事!」
その場に一瞬だけ訪れた静寂が、再びパルテシアの空に広がる風に溶けていった。
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