嘘と真実
(喉が渇いた)
周りを見渡しても簡易な薄いベッドに、コンクリートの床くらいしかない。
机も用意されていない状態だ。
私、アントーリアは敵国に捕虜として捕まり拷問室にいた。
数日間、まともな水や食事を口にしていなかった。
だから、逃げ出しても、逃げ切れる自信がないので逃げようともしなかった。
私は何日前からここにいるのだろう。
きっと沢山の間違いが積み重なって今のようになった。
どうしてこうなってしまったんだろう。
どこで何を間違えたんだろう。
アントーリアは暗い部屋で何日も何日も考えて時間を潰していた。
一日中暗いので暗さには結構目が慣れてきた方だが、それでも部屋がぼんやりとしか見えない。
それが判断できたのは、この部屋には寝床以外に何も置いていなかったからだった。
辺り一面に凹凸がなかった。
最初は目の良いアントーリオでも目を凝らし、そう判断するのにも苦労したものだ。
こうなったきっかけは王、父は国民の意見を尊重した政策だった。
安定した資源確保のために他国に占領しようとして、戦争を始めたのだ。
初めは確実に勝てる小さな国から侵略していった。
そしてだんだんと国民の視線を集めていった。
父は戦争で勝ち続け、だんだん国が豊かになって行った。
一方で負けた国は黙って見ているわけがなかった。
周囲の国も私たちの国目をつけていた。
父は国のヒーロー的存在だった。
気づいた頃には取り返しがつかなかった。
いつしか王の欲望だけで政治が振り回され、私の幼馴染の親友の国にまで手を出してしまった。
唯一の娘である私がお願いしたら戦争を止めてくれる、そう信じていた。
だが...
キ、キィ...
扉が開き、その隙間から外の鋭い光が差し込む。
何日も光をまともに見ていないせいで目が痛い。
コツ、コツ...
誰かが入ってきてこちらに歩いてくる。
きっとこの国の人だろう。
(拷問でも始まるのだろうか。)
そう考え、大人しく従おうと考え、アントーリアは顔を伏せる。
「アントーリア?」
知っている声が聞こえた。
それは紛れもなく小さい頃から一緒にいた親友の声だった。
「カイ?!なんでこんなところにいらっしゃいますの?」
そこにいたのは正真正銘のアントーリオの幼馴染、カイだった。
鍛錬終わりなのか、袋を持ち、ラフな格好をしていて、首元に少し汗が滲んでいる。
「しっ、静かに。見回りの人が来てしまう。」
そう言って私の口を塞ぐ。
カイの手が私の顔に触れる。
もう何年も会えてなかった、大好きな人の手。
(いつのまにかこんなにも手も背もご立派に)
「今日僕がここにきたのは、アントーリオのためなんだ。とりあえず飯、持ってきた。」
そんなことを言うカイはアントーリアから見てとても頼もしく見えた。
(私のために、わざわざ?)
「本当にありがとうございます!大好き!」
そう言ってアントーリアはカイに抱きお礼を言う。
そしてご飯に手をつけ始めた。
それと同時にカイは安心したのか、アントーリアの真横に座った。
しばらく沈黙が続いていると、ふとカイが声を漏らした。
「なんでこんなふうになちゃったんだろう。僕たちはどこで間違えたのだろう。」
(ただ元の関係に戻りたい)
今のアントーリアはそう願うばかりで何もできない。
カイもきっと思っているはずだ。
2人は婚約していた。
このまま2人で幸せにいれるはずだった。
王がいなければ、みんないなければ、こんなふうにはならなかった。
全て、なくなればいいのに。
「アントーリアの父上は倒れられたって。なのに...なんで戦争は終わらないのだろう。もう僕の国が負けでもいいのに。」
戦争はなんて残酷なんだろう。
兵隊も捕虜も被害を受ける。
王だけが守られて、他の人は身代わりみたいなもの。
そんな1人が大事なの?
他の人の家族はどうなるの?
カイが戦争に行くことになったらどうなるのだろう。
カイは帰らぬ人になってしまうのだろうか。
「...全て無くなればいいんだ」
カイはそう呟き、袋から銃を取り出し、こめかみに銃口を当てる。
「ちょ、ちょっと?!カイ?!待って、待ってください!!落ち着いてください!」
「僕がいなくなれば、この国の王は精神を病み、戦争も終わるはずだ!!もうこんなのは嫌だよ!!疲れたよ。」
そう言ってカイの頬が濡れていく。
きっとカイは限界なのだ。
カイの言いたいことは喉から手が出るほど分かる。
けど今のカイは正気ではない。
そんなことは見れば明らかにわかるほど。
声を上げることもできないこの世の中。
声をあげたところで、同情されなければ、惨殺されるかもしれない。
声を上げるのは簡単ではない。
しかし言葉にしなければいつしか忘れられて、まるで泡沫のように消えゆく。
それを声ではなく行動で示す。
それがきっとカイの考えである。
「待って。私を殺して。私のお父様は弱ってるんでしょう。私を殺せば戦争は終わります。カイには死んでほしくないんです。せめて…せめて、一緒に死にましょう。」
戦争が終わったとしても、きっともう元のようには戻らない。
永遠に愛し合う予定だった。
こんなことがなければ、辛い思いもすることなかったのに。
死後の世界で2人きりになりたい。
カイにならどこまでだって付いていく。
カイは袋の中から短剣を取り出した。
「アントーリア、君が僕の腹に剣を刺して。そうしたら、君が苦しまないように一息に銃で打つから。」
カイはそう言い、アントーリアに短剣を手渡す。
怒りからなのか、はたまた恐怖からなのか、アントーリアは小刻みに震えていた。
真っ直ぐカイの方を見つめると、決心したように彼にゆっくり近づきいていく。
彼女は彼の考えを呑んだのだ。
「カイ、離れ離れになっても愛しています。」
そして、勢いよく剣を腹に刺した。
カイは少し顔を歪めた。
「おやすみ」
そう耳元で言い、若干笑みを浮かべた彼に彼女は驚いた表情を見せた。
その合図とともに、銃声が部屋中に響いた。
キィ...
カイとアントーリアがいた部屋のドアが開いた。
そこから彼、カイが現れた。
彼は彼女に腹部を刺されたはずなのに、彼の体から血は流れていない。
彼の服には切り裂かれた跡がある。
「きちんと殺ってきたわよね?」
ドレスを着たおしゃれな女性が彼に問いかける。
口元を扇子で隠しており、表情が見えにくく、声も聞こえにくい。
「勿論でございます、母上。彼女に脈がないのも確認いたしました。」
そう言って姿勢良く頭を下げる。
「そう。これでこの国の勝利は確定したのね。」
そう言って嬉しそうな表情も見せず、その女性は去っていった。
彼は自室に入り、着替え始めた。
切り裂けた服を脱いだ。
すると隠れていたものが露わになった。
なんと、彼は防刃服を着ていたのだ。
彼は自分の意思で彼女を殺す選択をしたのだった。
元婚約者であった彼女を亡くして、彼は今後どうやって生きてゆくのか。
あれは全て演技だったのか。
今までずっと彼女に気に入られるために演じていたのか。
命令されて仕方なく殺したのか。
この先の物語は誰にも言い伝えられていない。
短編集 白井ミコ @siraimiko1126
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