第9話

「それで、もう一度聞きますが水田さんには何か後ろめたいことがあるのですか?」

「まさか……なあ、それよりも……」


水田の言葉に誠は小さく笑う。


「確かに、それよりも俺の新しいマネージャーのほうが大事ですよね」

「斗真……」


「早く決めてください。引き継ぎとかもあるのでしょう?」

「頼むよ。このまま俺にお前のマネージャーを続けさせてくれないか?」


水田の言葉に誠はきょとんとする。


「なぜです?」

「なぜって、ずっと支えてきたのは俺じゃないか。考え直してくれよ」


水田は縋るような目を見た誠はにこりと笑う。

口元は緩くカーブを描いていたのに、その目はゾッとするほど冷たい。


「栄転ではありませんか」


一介のマネージャーが社の所有する音楽スタジオの所長になる。

平社員が突然幹部になるのだから栄転に間違いない。


給与面もマネージャー職よりもかなりいい。


「でも、これからは俺の名前で釣った新人タレントや新人女優を食い散らかすことはできなくなりますね」


水田の顔色が青くなる。


「夜遊びもほどほどにしたほうがいいですよ。静けさだけが売りの音楽スタジオですから周辺は雑木林、野生の獣もくるでしょうね。熊の被害もあったとか」

「なあ、頼むよ」


あははと誠は笑い声をあげる。


「事務所の株主の意向だって聞きましたよ。それなら俺にできることはありませんよ」


株主と言えば、と誠が冷たく笑う。


「俺の妻を『普通の会社員』だと馬鹿にしていましたが、水田さんもその『普通の会社員』なんですね」


黙り込んだ水田に誠は溜め息を吐き、控室に用意された雑誌を手に取る。

暇潰しで興味の湧きそうなページをぱらぱら捲って探すと―――。


「ひいいっ」


雑誌の間から桜が描かれた封筒が落ちた。

水田は悲鳴を上げ、控室を逃げるように出ていく。


「水田さん宛てとは限らないのに……でもあの慌てようは心当たりがあるのだろうね」


誠は落ちた封筒を拾い、中から便箋を取り出した。


【恨みをはらしにきました】

その文字は見覚えのある元妻のものだった。


「……俺には会いにきてくれないのか?」

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